第262話・破邪顕正とのこと
「状況は?」
「メールで聞いただけだからなんともいえないけど、そのことでフチンかなり頭にきているみたい」
そりゃぁそうだろう。自分が作ったゲーム機を通して自殺紛いなことをされているのだ。
これで鶏冠に来ないとは思えん。
「今回もやっぱりギアのデータは消去されているのか?」
「警察の話ではそうみたい。だから本当にギアが原因なのかって話になってるし、最悪ゲームどころかVRギアが関与しているサービス自体を懸念されている。NODもそうだけど星天遊戯でもメンテナンスでログイン不能にしているって」
懸命な判断だろうな。その原因がわかっているが手の内どころがない。
「それとクリーズの件だけど、やっぱりあいつが使っていたVRギアの中にあったデータも全部消されているし、プレイヤーアカウントも何もかもが消えていた」
「……ちょっと待て、やっぱりってことは今までのやつも?」
「警察がフチンに事件内容を話しているのを、ちょうど会社に日本支部に用事があったときに偶然耳にしたんだよ。本来ならこっちもプレイヤー情報が観覧できるはずなのに、それができなくなっているってことは、アカウントが消されていると思ってもおかしくないでしょ?」
星藍の話を聞き終えた後、すこしだけ考え、
「はて、たしかVRギアのアカウント変更は有料だったはず」
と疑問がでてきた。
「それはあくまでプレイヤーがギアの所有者を変更するための処置。アカウントを消すことは別に問題はないんだよ。他のプレイヤーにたいして悪質な行動をすればだけど」
星藍はオレに視線を向けなおす。
「そうじゃなかったら、まず煌乃くんは星天遊戯どころかNODだってプレイできなくなっていたんだよ」
言われて納得してしまった。
「あれはそもそもオレが原因じゃないってわかっているから一時的にアカウントを停止していたってことだったものな」
オレの無実を証明するために、躍起になって行動してくれていたのは目の前のトッププレイヤーや、その姪っ子。そしてオレのフレンドだ。
オレはただただジッと耐えることくらいだったからな。
「そういうこと。執行猶予を与えるみたいな感じでさ。アカウント削除っていうのは言ってしまえば死刑執行でしょ?」
「そうなると、今回の事故も」
「証明ができないってところかな。警察も納得できないだろうけど、証拠がない以上はVRギアが原因だなんて誰も思わないだろうし」
星藍が
「レム睡眠とかそういう
「それこそ突発的な事故じゃないかな。ほら寝返りを打つ人もいれば、まったくしない人もいるじゃない」
事故に遭っていた犠牲者の中には寝相のいい人もいただろうし、そもそも飛び降り事故と聞いただけで、ギアが原因とは思われないだろう。
やっぱり催眠とかかね――そっちのほうがなんか納得いかないけど。
「ケツバがオレにした実験だって、そもそもひとりにしかできないみたいだしな」
「あぁ、軽い催眠をかけて、ベッドから落としたってやつ? まぁ確かに不特定多数のプレイヤーにするってのはちょっと無理があるかな。ソファにすわってプレイしている人だっているわけだし」
もしその催眠で記憶を――。
ふと、妙な考えが思い浮かんだ。
「まぁ違うだろうなぁ」
「どうかしたの?」
「いや、前にクリーズと
「つまり、その時点で死んでいたってこと?」
「それでひとつ訊きたいんだけど、星藍が病院で星天遊戯をプレイしていたときって、脳が生きているけど身体が動かない状態だったわけだよな?」
「まぁ今も五体満足ってわけじゃないけどね」
そういいながら、星藍は両手を開閉させる。
「でもそれがどうかした?」
「確認なんだけど、身体が動かないってどんな感じだ?」
「あぁ起きたくても起き上がれないもどかしさとかかなぁ。ほら金縛りとかって結局は筋肉の緊張が原因だとか言われてるじゃない。それみたいな感じでさ、意識は覚醒しているし、周りの声も聞こえていたりするんだけど、結局生き物って言うのは実際に動かないと生きているかどうかもわからないじゃない」
星藍はそこまで言ってから、
「川で気を失った後、病院で意識だけが目を覚ました時にさ、誰かの泣き声が聞こえたんだよね。恋華がわたしの手を握って『ごめんなさい、ごめんなさい』って謝ってるの……別にあの子のせいじゃないし、わたしが自分でまいた種だから」
チェアに座り、買ってきたホットドックを頬張った。
「その時に思ったんだ。なんで自分の手なのに動いてくれないんだって。恋華の頭を撫でてさ――大丈夫だって安心させたかった。あの時以上に自分をぶん殴りたいって思ったことはないよ」
「心臓が動いていたから星藍はまだ生きていたって判断がされたんだよな?」
「細かく言えば、頭を強く打ったことが原因だったんだけど、MBI検査を受けた時に脳波が生きていたからってところもあるだろうね」
「脳が生きているからこそ、身体が動くんだよな?」
「そもそも脳が死んでいたら動けないでしょ? 言ってしまえば動脈のハイウェイを動かすのが心臓だけど、筋肉を動かすのは結局脳からの電波信号なんだからさ」
オレが首をかしげ、星藍が「そうじゃないの?」といった顔で答える。
「「でも、そもそも脳から筋肉に動かす信号を、人工的にプログラミングできたら――」」
オレと星藍は互いに目を見張った。たぶん偶然だろう。ふたりの台詞が綺麗に重なった。
「いや、さすがにありえなくないかな?」
「でも筋肉に電気を流しただけでも身体が動くって言われているし、実際実験とかで成功もしているからな」
「つまりVRギアが発している、本来はプレイヤーに痛みとかの緊迫感を与えている微弱な電磁波を使って、脳から伝わる筋肉の回線を刺激しているってこと?」
それならまだ仮説でしかないけど、無理ではないのかもしれない。
「人の記憶も結局、電子と電子の集合体みたいなものだからな」
パソコンの記憶回路だって、最終的にはそれに行き着く。
「それでも特定の記憶を消すなんてことはできないんじゃ?」
「そこなんだよなぁ。やっぱり玉帝に聞くか――」
オレは頭を抱えながらも、ある人物の名前が思い浮かんでいた。
「なぁ星藍、今から言う人の連絡先とか知っているか?」
「わたしが知っている人だったら、答えられるけどあまり期待しないでよ」
星藍がけげんな顔でオレを見据える。
オレはゆっくりと言葉を発した。
「VRギアのプログラミング設定を玉帝と一緒にしたといわれている夢都雅也に、直接会いたいってコンタクトを取ってくれないか」
† † † † †
「おや、玉帝」
【星天遊戯】、ならびに【ナイトメア・オフ・ダークネスウィッチーズ】といった、VRMMORPGを配信し、なおかつそれをプレイするためのVRギアを開発販売をしているセーフティー・ロングの日本支部でのこと。
博士が着ているような白衣をまとった、連日の仕事でストレスがたまってできた白髪と、お風呂にろくすっぽ入っていないことがわかるほどにフケが零れ落ちている、やつれた男が、玉帝ごと会社の社長である孫五龍に軽く会釈をする。
「風呂くらい入れ。好い加減、精密機械の中で作業していることを自覚せんか。お前は学生のころから変わらんな」
玉帝は、苦笑を浮かべながら白衣の男性に苦言を述べる。
「風呂に入っていないことは否定しませんがね、どうも何度洗ってもフケが取れんのですよ」
「皮膚科に行ってこい。もしくはチューリップハットかなんか
玉帝は、白衣の男性をあきれた口調で注意する。
「わたしは推理力なんて持ち合わせておりませんし、そういった知り合いもいませんよ」
「というかあれだな、今でもそうだが推理小説の作者というのは自分の名前とかを|反映させたキャラを出すよな。それで大半が記録者だ」
白衣の男性は、苦笑いを見せつつ、
「それで、さきほど警察が来てましたが」
「うむ。また弊社のVRギアを所有しているユーザーが飛び降り自殺をしたらしい」
玉帝は「はぁ」と、ため息をはく。
「やはりなにか不具合が?」
「いや、私とお前のプログラミングはしっかりとしている。セキュリティーも、いやそもそもそれを改変するためのパスワードは私たちしか知らないはずだ」
玉帝は白衣の男性を一瞥する。
「よもや、お前が外部にプログラムソースを漏らしたのではないか」
「それはそっくりそのまま返させていただきます」
白衣の男性は、しっかりと玉帝の眼を見て答える。
「うむ、どちらもできることであるし……そもそもそれをしてなんのメリットがある?」
「人を意のままに操ることができるかと」
「人が感情を抱くとき、わずかに生じる脳波を研究し、それをゲームに反映できればと考えたのだがな……」
「脳というのは云わば制御回路のようなもの。今もまだ研究の域でしかありませんが、動かす場所がわかればVRギアから発せられる微弱な電気でも動かすことが可能です」
玉帝はそれを聞きながら、
星藍が星天遊戯をプレイできていたのは、今までも語ってきたとおり、B・M・Iを介してプレイしていた。
脳の神経ネットワークに流れる微弱な電流から出る脳波や脳活動における血流量変化などといった脳の活動に伴う信号を機械が読み取り、それをモニターや、筋肉の異常で動かなくなった腕の補助用として備えられたアームなどに反映させるというのがB・M・Iの特徴なのだが、それはあくまで人の思考から動作を読み込んでいるに過ぎず、機械から人の脳に直接影響を与えるというところまでは達していない。
「そもそもそのようなものは国際的に禁止されている」
「臨場感を与えるために、痛感の刺激はしているが結局はプレイヤーの自己責任だからな」
「そもそも、VRギアの
「そうなると、ゲームを介して……ということか」
白衣の男性は玉帝の顔色をうかがう。
「しかしNODにそのようなプログラミングはしていないはずだ」
「ジンリン――宝生漣に関してはどう考えられます?」
「VRギアのテストプレイ中になにかがあった。ゲーム中の管理をしていたのは
「そして夢都真海――わたしの娘が関わっております」
白衣の男性――夢都雅也は夢都真海の名を口にするや顔を俯かせた。
自分の娘があわや犯罪に手を染めている。それは星天遊戯における犯行を耳にしていたからの事だ。
「人の記憶をデータ化する。これに関してはどうだ?」
「可能といえば可能でしょうね。ですが星藍さんが玉帝に話していたことはどうも納得がいかない」
「シャミセンさんの話では、よもや生前の宝生漣は抜け殻だったようだ」
「本来、そのように人の脳に蓄積されたデータを残すことができるとすれば安全面を考えて思考や記憶をコピーしデータ化するものですが、そのような反応からすれば」
「脳の記憶領域をデータとして移行されていたと考えるべきだろうな」
玉帝はそれを考えながら、ジンリンがVRギアのテストプレイに参加していたころまでの記憶しか持っていなかったことを懸念していた。
「しかし、なにゆえそのようなことをお前の娘は考えたのだろうか? 特に不自由ない生活をしていたはずだ」
「玉帝、お恥ずかしい話ですが、プライベートではそうもいきませんでね」
夢都雅也は苦虫を噛んだような顔で口を挟んだ。
「どうかしたのかね?」
「その原因が私にあるんですよ」
玉帝はけげんな顔で、「お前に?」と聞き返す。
「実は――ちょっと酒を飲みすぎたせいというのは言い訳に過ぎませんが、娘を――」
それを聴いて、玉帝はどう反応すればよかったのか、今でも苦悶する。
夢都雅也は酒で酔ってしまった勢いで、娘を犯したのである。
もちろんすんでのところで理性を取り戻し、一線は越えなかった。
しかし、実の親に犯されるという恐怖は夢都真海の精神に深く傷を抉る理由にはなるのだが、
「それがなぜ星藍や恋華を忌み嫌う理由になる?」
玉帝は怒りを通り越して、愕然としていた。
「今は理由もわかりませんが、うらやましかったのではないかと」
「うらやましい? 仕事が忙しいとろくに家には帰れなかったからな、星藍と梓と会えたのも月に何度かくらいしかなかったからな」
そんな生活を今までしてきたせいもあり、同じ会社で一緒に仕事をしている夢都
「ましてや恋華とは旧正月で休みになっても、ゲーム開発の締め切りとかで缶詰状態で会えなかったからな」
今は落ち着いて……はいないにしても、星天遊戯やNODの中ではNPCに扮して会うことができている。
「しかしやはりちゃんと実際に会って、お話がしたいぞ|おじいちゃんは!」
おいおいと、突然涙目になる玉帝。
それを見て、またいつもの発作か……と、夢都雅也は肩をすくめる。
「最近はあれだな。わが愚息が愚痴をこぼしていたが思春期特有に父親を忌み嫌っているようでな。ゲームもNODにほとんどログインしているからまったくイベントに参加もしておらん」
「お、おーい、玉帝?」
「うぉおおおっ! わが愛しの恋華ちゃんやぁ! おじいちゃんはなぁ、別に誰かを好きになるのはかまわんがなぁ、まだ早いと思うんじゃ!」
「あぁ、たしかシャミセンさんでしたっけ? まぁ人見知りがつよい恋華ちゃんがすぐに素を見せているあたり、信頼はしていると思いますよ」
夢都雅也は玉帝をなだめようとしたが、
「まぁ最近の様子だと、その気になればキスくらいはするんじゃないですかねぇ。それくらい好感度ある態度のようですし」
「ゴフゥ!」
玉帝が血を吐いた。
もちろん、実際にはいたわけではないが、それくらいショックを与えるのに充分の言葉であった。
「あ、でもその前に星藍さんが先攻を仕掛けるかも。あの二人好きなものに対しては結構にたような部分がありますからな。しかもお互いに負けず嫌いだけど、相手を思って先に進まないあたりあれですがね」
「ゴフォゥハァッ!」
夢都雅也の連続口撃。玉帝はその場でひざまずき、肩を震わせる。
「あぁ、また玉帝が星藍さんと恋華ちゃんのことで胃にダメージを与えられているぞ」
「この人仕事はちゃんとするくせに、娘と孫娘のこととなるとほんとダメになるな」
「まぁ最近の子は進んでいるし、恋華ちゃんが誰かとキスするくらいあるんじゃないか?」
「よし、それじゃぁオレは恋華ちゃんが先にシャミセンさんとキスするほうに賭けるぜ」
「ならばオレは星藍さんが先と予想する」
「いやいや、そこは他の人が先にってのはどうだ?」
「それじゃぁ賭けにならんだろ。シャミセンさんに好意を持ってるのどれくらいいると思ってんだ? まぁほとんど水面下の争いみたいだけどな」
……等々、星天遊戯、ならびにNODの、廊下で孫五龍社長と夢都雅也が会話していたのを、たまたま聞いていたスタッフたちが、あれやこれやと(当人たちの気持ちなど関係なしに)盛り上がっているのだが、
「キ、キスだとぉっ? おじいちゃんはそんなこと許さんぞ。こうなったらシャミセンさんは二人から十メートル以上近づかないように設定してやる」
パッと立ち上がった玉帝がドスドスと音を立てるように廊下を去っていく。
それを目で追いながら、夢都雅也とスタッフたちは
『そういうことをするからあんたたち親子は娘からうざがられるんだよ』
と、心の中でツッコミを入れた。
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