第238話・亢金龍とのこと
ビコウが持っている転移魔法とも言うべき縮地法を使って、レベル制限30から入れる睡蓮の洞窟の奥地へと連れてこられる。
「ここならよほどのバカじゃない限りは邪魔しませんよ」
ビコウは軽くストレッチをしながら、
「それでルールはどうします? とりあえず仕事があるのでデスペナはなしにしてほしいんですけど」
と聞いてきた。
「オレとしては負けても特に支障がないというか、こっちでやりたいイベントがあるわけじゃないからどっちでもいいけど」
「わかりました。それじゃ所持金全賭けにしましょう」
そういうや、ビコウは虚空にウインドゥを展開させ、なにやら作業を始める。
◇[ビコウ]から決闘の申請が来ました。
*決闘システム【賭勝負】
*決闘を受理しますか?
システムからのインフォメッセージが表記される。
はて、賭け勝負ってどういうこと?
「わたしとシャミセンさんの勝負をライブ映像で流して、それを観ているほかのプレイヤーにどちらが勝つかを予想してもらうんですよ。見事的中できれば、オッズ分のお金が入りますね」
「えっと、オレは別にいいけど、ビコウの場合はどうするのよ?」
たしかほとんどのスキルって、お前のオリジナルじゃなかった?
「別にばれたところで気にはしませんけどね。あれですよ、対処法がわからなければさほど怖いものでもなし」
逆に言えば対処されたらちょっと困るって部分もある気がするけどね。
でもまぁ面白そうだし、やってみますか。
選択画面から【はい】を選択。
◇決闘の受理が行われました。
◇ただいまオッズの集計をしております。
◇…………【勝敗予想終了まで残り五十五秒】
◇…………【勝敗予想参加人数六五名】
決闘の受理を済ますと、現在オレとビコウにかけられているオッズ……つまり勝利した時に換金される金額の倍率が表記され始めた。
「ってか、いきなり多すぎません?」
開始数秒でいきなり参加数が六十人以上だったことに、ビコウが慌てふためいている。
「いや最初は軽く十人とかそれくらいかなぁと思ったのに?」
「待て、賭けに参加しているプレイヤーでこれなら観覧しているのってかなりいるぞ」
「あわわわわ……最近実装されたシステムだからそんなに利用している人もいないと思ったんだけどなぁ」
言い出しっぺがあまりに予想していなかったことだからっててんぱるなよ。
とりあえず、オレはこのままで行こう。
◇集計が終了しました。
◇勝敗予想参加人数【一三六名】
◇シャミセン……6.62倍
◇ビコウ…………8.04倍
若干オレに人気があったのか、換金率がオレに寄っている。
たしか人気があると賭ける人が多くなるから倍率も低くなるんだっけか。
「ちなみに負けた場合は相手に全額分の換金率が入りますからね」
ということは、全財産かけた分が戻ってくるって事か。
「ルールは特に変更はないのか?」
「ありませんよ。ちなみにワンシアの使用はやめてくださいね。さすがにレベルマックスとはいえワンシアも一緒だとやりにくいですし」
あ、やっぱり? 召喚アイテムをストレージから取り出しているのが見えたか。
「とりあえず、わたしはフル装備でいきますからそのつもりで」
フル装備っていえば、以前ロクジビコウが見せたビコウの装備だっけか。
「まぁ一度やってみたかったからな。どうせ負けるつもりで」
「あれ? てっきり勝つつもりで来ると思ったんですけど」
「勝てる見込みがあればだけどね。レベル的にも負ける要素のほうが多いだろ」
オレあんまりゲームうまくないし。
「まぁいいや、その高鼻圧し折ってあげますから」
別に天狗になってないけどなぁ。
◇決闘開始
アナウンスと同時に試合開始のゴングが鳴り響く。
「まずは先手必勝っ! スキル【地形隆道】っ!」
両手を地面に叩きつけ、ビコウ目掛けて地面を隆起させていく。
その高さは二メートル近く。
「よっと」
ビコウはそれを蜘蛛の糸をすり抜けるようにいともたやすく、それこそサーファーみたいに波に乗りながら
「【
瞬時にして彼女の姿がオレの視界から消えた。
当然死界から襲ってくるだろうと予感したオレは、その攻撃を警戒するように、地面に両手をそわせ、円を描くようにからだを回転させる。
「スキル【安身窟】っ!」
手で撫でた部分の地面から土を盛り上がらせ、オレがかがんで入るくらいの土壁を作る。
「んぐっ!」
ガキンッ……と、土と金属がぶつかり合う音が頭上で響き渡った。
おそらく如意棒を振りかざしたビコウが勢いそのままに土壁を叩きつけたのだろう。
顔を覗かせてみると少しばかり涙目になって両手を振っているビコウの姿があり、
「手がしびれた」
とないている始末。
「あぁっと、大丈夫か?」
どっちかといえば即興で作った土壁だから壊されると思ったんだけどなぁ。
「土にも性質がありますからね」
そういいながらも如意棒を構えるビコウの姿に隙はなく、
「それじゃためしにこんなのはどうですかね」
言うや、「んっ」と自分の髪を一本抜き取り、それを口に含んだ。
「まぁまだあまり試したことがないんですけどね。ためしても恋華やナツカくらいですし」
口にものを含んだ状態で喋るなよ。はしたないから。
しばらくしてビコウは口に含んだ自分の髪の毛をぶっと噴出し、
「【
一尺ほどのちびビコウを数人ほど作り出した。
ビコウのユニークスキルは基本的に孫悟空の術がベースになっている。なので分身の術とはいっても自分の髪を媒体にしているのと、一度使うと七時間は使えなくなるそうだ。
「それってありなのか?」
人には召喚獣使うなとか言っておいて、自分は手数増やしてない?
「スキルのひとつですから、まぁそんなに強くないですよ」
「きぃききききききぃ、轢殺圧殺屠殺暗殺謀殺故殺毒殺薬殺他殺鏖殺射殺銃殺」
見た目は本人と同様に幼くかわいらしいのだが、いっている言葉が殺伐としている。
「きゃきゃきゃきゃ殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺」
一斉に襲い掛かってきたミニビコウを、
「アクアショットッ!」
水の波動で押し返す。
「「「「「のわぁああああああ」」」」」
だいぶ数は減らせたと思うが、
「うしろの正面だぁれ?」
奇襲はあまり好まないんだろうなぁ、対人だと大体合図的に声をかけて攻撃を仕掛けてくる分、まだやさしい対応をしてくれる。
「んっ?」
オレに攻撃が当たろうとしていた寸でのところでビコウは攻撃を止め、一、二歩ほどバク転しながらうしろへと間合いを広げる。
「んっ? どうかしたか?」
「え? っと……いまなんか妙なことをしようとしませんでした?」
疑問に満ちたこえで聞いてきた。別に何もする気はなかったけどね。
「絶対なんかいやな予感がしたんだけどなぁ」
首をかしげながらビコウがうしろに視線を向けた一瞬を狙って、指を銃の形にする。
『【極め】』
いちおう命中率も上昇させる。ビコウも結構幸運値高いからなぁ。
女の勘とかそういうの油断できんのよ。
「あぁそういえばすこし聞きたいんですけど、『騒』ぐの漢字の由来って知ってます?」
なんでいきなりそんなこと……。
チラリと自分の股に視線を落とすと、
「けけ……見つかっちまったなぁ」
なんか糸鋸もった眼が赤いミニビコウがにんまりとおぞましい笑みでオレのズボンにしがみ付いてるんだけど?
あぁそうだった。騒ぐの漢字の語源って、馬の股に虫がいて暴れ騒いだことが由来されているんだよ。
「見た目は小さくてもわたしの分身ですからね、基本的に同じスキルが使えるんですよ」
あれかぁっ! 【隠身の術】で姿を消してやがったかぁ!
「けけけけいいのかぁ? オレをこんなところまで近づけちまってよぉ? お前の立派な魔羅が惨めな姿に」
「ライトニング」
指先から光の矢を放ち、ミニビコウを打ち落とす。あぁもうもったいない。
「と、油断している隙に……よっと!」
ビコウはパッと飛び出すように突撃してくるや、如意棒の先を、それこそ棒高跳びの要領で地面に突き刺し、それを軸にして、
「【天翔回し蹴り】っ!」
オレの頭を狙うかのように蹴りを繰り出したが、
「よっと」
流しうけるようにして、そのまま彼女の足を掴む。
「ふぁっ……と?」
そして、勢いそのままに地面に叩きつける。
「あうぅくぅ」
ダメージはそんなにないだろうけど、食らっていないわけじゃない。
ビコウが倒れこんでいる隙に間合いをあけておこう。
「ところでビコウ」
「な、なんですか?」
ふらふらと頭を抱えながらふらふらと立ち上がるビコウがオレに目を向けた一瞬、
「【
「中世系RPGの属性でしたっけ?」
本来は星天遊戯の属性である【木火土金水】といった五行と一緒で、万物の基礎となる元素のことなんだけど、そこでゲームの話をだしてくるあたりビコウらしいな。
「それがいったい……んっ?」
自分の足元が変にぬかるんでいることに違和感を覚えたんだろうけど、
「あぁそういうことですか?」
背中に感じるやわらかい土がビコウのからだを地面に貼り付けるかのように固まり出す。
「そういうことだ。さすがに相手の動きを止めないと命中しないだろ?」
「シャミセンさんの場合、そういうことをしなくても命中しそうな気がするんですけどね。現に器用値はとにかくそれを補えるくらい幸運値がカンストしてますし」
うん、状況が悪いのにずいぶん余裕綽々な口調なんだけど。
「あ……」
なんでそうなのか納得した。というかもうちょっとこういう即興じゃなくてしっかりしたやつで縛っておいたほうがよかったか?
「【解鎖法】」
そう唱えるや、バリンッとビコウの背中にこびりついていた土がガラスのように破裂する。
「チャージッ! フレアッ!」
「あまいっ! 【
印を唱えたビコウにオレが放った大火が飲み込む……が、
「ほのほのほいっ!」
そんなダメージはまったくなく、ビコウは
「おかくごぉ!」
至近距離からの一撃。
「【極め】」
【刹那の見切り】の発動条件は相手の敏捷性が自分よりもうわまっていなければいけない。
ビコウのほうが勝っているので発動条件は達しているのだが、
「よいしょと」
間髪いれずに攻撃を仕掛けてくるから、【刹那の見切り】を連続で使えないのがネックだな。
「…………っ?」
ビコウが放つ縦横無尽の突きがひとつ、オレの肩に触れる。
「…………」
一瞬動きが鈍くなり、オレはそれこそ蝋人形のように身動きが取れなくなっていた。
口も動かず、なにも口にできない。
「うん、もうちょっとこの技も考え物ですかねぇ。相手に触れないと術が発動しないってのはどうかと思いますし」
まるで遠くで話をしているかのように、ビコウの声がかすかにしかきこえない。
「あぁ、今なにをしたのかって聞きたそうなのでお答えしますけど、今シャミセンさんがかかったのは【
ビコウはうしろへと間合いをあけ、腰を下ろして如意棒を構える。
「それじゃワンマンショーになってしまいますけど……」
ふと疑問に満ちた目でオレを見るビコウ。
「おかしいなぁ、さっきから妙に術が決まりすぎているというか、なんか変にわたしが有利になりすぎているというべきか」
攻撃するのかしないのかどっちだよ。
「…………っ!」
自分の足元に妙な気配を感じたのか、そちらへと視線を落とすや、
「そういう……あぁそうだった。なんでシャミセンさんをみんなが畏怖するのか」
ふぅ……とためいき混じりに愚痴を弄するビコウは、オレに笑みを浮かべる。
「シャミセンさんの場合、運を味方にするんじゃなくて、運が味方になるんでしたね」
あきらめたような目で言うな。まぁそのとおりだけど。
ドンとビコウの足元から彼女を覆うのにじゅうぶんな土人形が飛び出す。
「くっ!」
それを振り払おうとしたが、突然のことで体勢が崩れてしまい、さらにビコウは押さえ込まれるかのように地面に平伏した。
そのチャンスを逃がさないほど、莫迦じゃないんでね。
「脱身の……っ!」
ビコウは言葉を途中で止め、次第に焦燥とした笑みを浮かべた。
身代わりの術を使おうとしたのだろうが、それって自分自身の身が自由じゃないと使えないよね。
「相手を縛っていないから【解鎖法】の発動条件にはならないよな?」
土人形はあくまでビコウを押さえ込んでいるだけで、縛り付けているわけではない。
【定身法】のデバフが解けたようで口が動くようになった。
「[ワンチュエン]ッ! [ライティング・ブラスト]ォッ!」
光の矢がビコウの急所をえぐる。
「くぅっ!」
クリティカルダメージ発動ッ! 光の矢はふたたび形を整形し、相手にダメージを与えていく。
「はぁ……まったく、ちょっと油断すると一瞬でダメになりますね」
ビコウはあきらめともとれるちいさな笑みを浮かべると、ライティング・ブラストの効果に身を任せ、HPが全壊させた。
「あぁもう負けたまけたぁ」
ゴロンと地面に寝転がり、大の字になってじたばたするビコウ。
負けてもなんとも後腐れなく明るいのはビコウのいいところだよなぁ。
「いや悔しいですよ。悔しいですけどあそこであぁすればよかったって思うじゃないですかっ! そもそもシャミセンさんの職業ってつかみどころがないというか、やりにくいというか、あぁもうそういうことです」
「どういうこっちゃ?」
トッププレイヤーが慌てふためくって、どんだけ厄いのオレの職業って。
「いや、自然の摂理をフルに使えるのって魔道師以外はあまりいないんですよ。しかもそれをMP消費があるとはいえ無条件で使える職業って言うのが風術師くらいなもので……あぁもうなんで元にしたゲームのドット絵がかわいいから入れようとしたかなぁわたし」
おまえかぁ! 自分が入れたんだから文句言うなよ!
「で、でも今覚えてるのってまだ【地】と【水】くらいだからね。よくてビコウを押さえ込むくらいの土人形しか作れないし」
それも玉龍の髪飾りの効果でステータス上昇しているだけで、元のステータスなんて風前の灯ともいえるし。
「あぁもぅっ! こうなったら今日はとことんデバッグしてやるぅ! 明日は大学? 知らんがなっ!」
「いや、一応学費払ってるんだし、大学はちゃんと行こうよ」
もうなんか見た目もそうだけど、駄々を捏ねている子供を宥めている気がしてならない。
◇決闘の結果が集計されました。
◇勝 者・シャミセン……6.62倍
◇掛 金・510,157N
◇払戻金・3,377,239N
「一気にお金が増えてるっ!」
そりゃぁおおむね六倍だからそうなるんだけど、あまりログインしないのにこんなに大量に持ってていいのかね?
「もう自棄酒というか自棄食いというか、わたしからお金取ったんですからなんか奢ってください」
それくらいいいけど、なんか今日は疲れたからビコウに食事を奢ったら、そのままログアウトしよう。
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