第232話・譴責とのこと
目の前に現れたティーガーマハトに対し、オレは警戒心を剥き出しにする。
それもそうだろう。あの大鎌で利き腕を切り落とされたのだ。
「そんなに怖い顔をしないでくださいませ。とりあえずお茶でもどうぞ」
ティーガーマハトの手元にはティーセットが乗せられた丸いお盆。
「アバ茶とかじゃないだろうな?」
「そんなことはしません。深窓で育てられた茶葉で作られた最高級玉露です」
いや、そこは紅茶とかじゃないの?
「残念ながらあっちは緑茶派でな。そこだけは譲れん」
「あとは『通○もん』か『博○ぶら○ら』とかあればよいのですが、残念ながら味覚データ以外にも口当たりとかそういう複雑な刺激もありますから、作れないといったところでしょうか」
「前者はとにかく、後者は結構マイナーな気がしますけど」
「五○焼きカステラのほうがよいかのぅ。甘いものに渋めのお茶は合わんようで結構合う気がするがなぁ」
主従のボケとツッコミに付き合いきれんのだけど。
「まぁ、ここでちょっとな……すこし気になることがあったんじゃが――」
ケツバはなにもないところからテーブルを出すと、丸椅子に座り、
「とりあえず座るがよい。こちらとてお前さんに話したいことがあるのでな」
オレに、椅子に座るよううながした。
「話したいこと?」
ケツバと対面するかたちで椅子に座る。
「うむ、本来ならばお前さんが従えているテイムモンスターの変身スキルをもってしても、スィームルグのようなものはそもそもデータはなかったはずなんじゃよ」
「あれ? でもたしかこのゲームって『サイレント・ノーツ』のシステムが入ってるから、てっきりそれで紛れ込んでいたとばかり」
見当違いだったかな?
「いや、ゲームシステムはそれで間違ってはおらん。なにせこのゲームのスタッフの大半はそれに関わっておったからな」
「つまり、もともとPCでのMMORPGだった『サイレント・ノーツ』を、VRMMORPGとして再構築したのが『
ジンリンの問いかけに、ケツバとティーガーマハトはうなずいた。
「ただ、問題はあなたの知り合いである宝生漣さんや数人のプレイヤーに『セーフティーロング』社製のVRギアのテストプレイに招待したのですが、その時に不具合が起きたんです」
「ちょ、ちょっと待て? いま漣のことを言ってるけど、NGワードに引っかかってないぞ?」
「こちらは運営ですからね。NGワードはあくまでクエストの情報をズルして得ようとするプレイヤーに対しての規制ですから」
ティーガーマハトが、オレに落ち着くようなだめた。
「……ということは、漣がおかしくなったのはあんたたちのせいってことか?」
「大まかに言えばそうなります。しかし私たちスタッフは参加プレイヤーの監視とテストプレイのデバッグのみしかやっていませんし、そもそもこのVRギアのシステムはご存知でしょう」
「プレイヤーの脳波に関与して臨場感を与える」
下手したら廃人とか作れそうなシステムだものな。
「そういったシステムですから、自己責任ではありますがこちらも細心の注意を払っています。一種のBMIでもありますからね」
「小脳麻痺で身体が動かせないプレイヤーも中にはいますから」
「ビコウがまだ植物人間だったときも、普通にゲームしていたのはそれのおかげだった部分もあるからな」
しかし便利な反面、狙われやすかったということでもあるのか。
「それで漣がどうして狙われたのか、それはあんたたちからはわからなかったのか? いや、それ以前にそれを未然に防げなかったのか?」
「巧妙なというしかないだろう。なにせ漣さんの脳波に不審な点がなかったからだ」
「ふ、不審な点がなかった?」
ケツバの言葉に、ジンリンの顔が青褪めていく。
「ま、待ってください。それじゃぁなんですか? ボクがそれからこうやって***の前に姿を見せるまでっ! そちらが感知していたボクの脳波はまったく? なんの違和感もなく、まったく平常だったってことですか?」
ジンリンが言葉をまくし立てていく中、
「ちょ、ちょっと待ってジンリン……、あなたがなにを言いたかったの?」
唖然とした表情で恐怖に震えているサポートフェアリーを見つめるケツバとティーガーマハト。
「いや、それよりも今は運営権限でNGワードは解消されているはず。それなのになぜ――」
ケツバは顔を険しくし、
「ザンリの怨恨はあっちたちが思っている以上に根深いということか」
と
「なぁ、一概のプレイヤーでしかないオレが首を突っ込むべきことじゃないのはわかってるけど、……その、ザンリってやつはどうしてプレイヤーを実際に殺すなんて、そんなことをしているんだ? すくなくともただのプレイヤーじゃないのはたしかだ。そうじゃなかったらまずNGワードにならないはずだし、プレイヤーの数分間の記憶を消すなんて、そんなことができるのは運営……しかもVRギアの設計に関わっている人間くらいしかできないはずだろ?」
オレがそうケツバに問いかけると、彼女はすこしだけ黙ってから、
「実はな、孫社長のほかにVRギアのシステム設定に関わっていた人物がおったんじゃよ。――まぁもっともギアが一般的に発売される前に大まかなシステム変更はあったがな」
「大まかな?」
鸚鵡返しをするように、オレはケツバの言葉を繰り返した。
「孫社長は人間が持つ喜怒哀楽といった基本的な感情からなる微弱な脳波を読み込んでゲームに臨場感を与えるといったシステムにしようとした。もちろんそれに関しても痛みを感じさせることはあったが、だが実例があるとしてあまりすすめはしなかったのだ」
「実例?」
「プラシーボ効果のことを懸念してのことですわね。実際にはそんなに怪我をしていないにも関わらず、『出欠が致死量に達した』と脳が判断すれば、脳は機能を停止し人は死にいたる。話に聞いたことはありませんか? 手首を切って自殺した人間もいれば、手首そのものが切り落ちていても生きている人がいるということが」
ティーガーマハトが答えると同時に、逆に問いかけてきた。
「つまり、前者は死にたいと思っているから手首の動脈を切ったことによる出血多量で死に至る。逆に事故で手首を切り落としてしまった人でも、死にたくないという気持ちがあったから一命を取り留めた……みたいなものか?」
「後者はあくまで最善の手を尽くしてでしょうけど、こちらが言いたいことがなんとなくお分かりになられますね」
「あぁ、要するにこの痛みが現実ではなく虚像のものでしかないと大半のプレイヤーが思っている。だからあくまで自己責任ではあるけど人が死に至るようなことはしていないということか」
「表向きは――そうでなければ私の攻撃は規制されていますわ」
たしかに放り投げられた大鎌をアポートで引き寄せて油断したプレイヤーを切断なんてことしないものな。
「つまりザンリっていうのは孫社長と一緒にこのVRギアを設計していた女性ってことか」
「……なにを言っておる。このゲームの設定者は『
ケツバがけげんな視線をオレに向ける。
「む……つ……?」
聞き覚えのある名前に、オレは物言わぬ悪寒の苛まれていく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ?」
たしかビコウの話では彼女は死んでいるはずだぞ?
いやキャラメイクで声色を変えるなんてことは簡単にできる。
それじゃぁ別の人間が? それともまったく関係のないやつが関わっているってことになるのか?
「どうかしましたか? シャミセンさま」
ジンリンが心配そうにオレの顔を覗き込む。
「――ケツバ、これをオレの知り合いの……孫星監に教えることはできないのか?」
「星監に? 彼女もうちの会社の社員ではあるから別にかまいはしないが……なにを聞くんだい?」
「その夢都雅也ってプログラマーの家族がオレが星天遊戯でちょっと困ったことをされたことがあってさ」
オレがそういうや、「もしやマミマミのことか」とケツバは聞き返してきた。
「知っていたのか?」
「これでも同じゲームを運営している会社のスタッフじゃ。
「……どういうことだ?」
「
ケツバははっきりと口にした。
「た、たしかに時期的にはそうなるかもしれない。でもあいつがやったことは――」
あれ? ちょっとまて?
「ジンリン、お前はVRギアのテストプレイ中に起きた事故の時から、NODでオレに会うまでのあいだの記憶がなかったんだよな?」
「えっ? ……あっ!」
ジンリンが驚懼の声を上げる。
「ケツバ、オレは星天遊戯でマミマミからオレしか持っていないユニークアイテムを盗まれたことがある。オレはそれを取り返すためにビコウや孫社長の手を借りて、中国サーバーにいたあいつを騙してアイテムを取り返すことができた。――あいつが死んだっていう時期はたしかはじまりの町の裏山にある隠し洞窟で遭遇したその日だって聞いている。オレが取り返したのはそれよりもけっこう経っているはずだ」
「つまり、お前さんがいいたいのは、マミマミはジンリンと似たようなことをしたということか」
「それが実現していたとすれば、そもそもボクの中にシャミセンさまのことなんて覚えているわけがありませんし、第一ただのサポートフェアリーでしかないはずです」
オレやジンリンの言葉を吟味していくケツバはすこし億劫なためいきをついた。
「ですがシャミセンさまの言葉を信じない訳にはいきません。現に私たち運営スタッフはマミマミのデータを完全に削除したはずなのに、星天遊戯の中国サーバーにはしっかりと彼女のデータが残っていた。ということは彼女は自分の脳をデータ化し、日本サーバーのスタッフである私たちの目を潜り抜けて中国サーバーに紛れ込んでいた。そしてそのデータが……」
「このNODにも紛れ込んでいたってことか」
オレの言葉に同意するかのように、周りの三人はちいさく首をうつむかせた。
「にわかには信じられんがな。しかし彼女はどうしてそんなことを? 星天遊戯のときもそうじゃったが――」
「なぁ、ひとつ聞いていいか? マミマミはセイエイが学校でいじめられていたことをネタにして、セイエイを精神的に苦しめようとしたが、それってそんなすぐに分かるようなことか?」
いくらなんでも彼女自身が口にしていない限りは無理じゃないか?
「セイエイさんの場合は本当に信頼している人の前で自分を曝け出すような性格ではありませんからね。そうなるとどこからか彼女の私生活が漏れてしまったということでしょう」
ティーガーマハトがそう答えていく中、
「あ、あの……VRギアを作成したのが孫社長と、その夢都雅也っていう人ってことは――あまり言いたくないことですけど、セイエイさまのことを漏洩していたのは孫社長ではないでしょうか? その父親である孫丑仁さんや叔母であるビコウさんは彼女のことを気にかけていますし」
ジンリンがそう口を開いた。
「もしそうだとしても、可愛い孫の傷を抉るようなことをしないだろ?」
「たとえばの話ですよ。そのボクも学校でイジメられていたとき、祖母が近所の人に漏らしていたことがありましたから」
「そうだとしても、マミマミがビコウやセイエイに執着している理由にはならないだろ? たしかに二人は混血児ってだけでいじめの対象になっていたけども」
「いや……その考えは意外に的を得ているかもしれん」
オレとジンリンが言い合っている中、ケツバがわってはいるように口を入れてきた。
「どういうことですか?」
逆にジンリンがキョトンとした顔でケツバを見据えていた。
「これは確信を得ているわけではないし、そもそも確認の術がないのでななんとも言えんのだが……マミマミも昔ある理由でいじめを受けていたそうなんじゃよ」
「いじめ?」
「遺伝による原爆被害じゃな。曾祖父が放射能事故に当たった事があったそうでな」
「でも、そういうのって見た目でわかるものじゃないだろ? 言わなきゃ誰も気づかないわけだし」
「逆に言えば、ビコウさんやセイエイさんも言わなければ誰も気にしませんけどね」
「ただ……そのマミマミっていう人の気持ちが、なんとなくわかる気がします」
ジンリンが苦しそうな表情を浮かべ、
「ボクもいじめられていたからこそ言えることですけど、自分の苦しみを誰かに理解してほしいと思ってしまうのが人間の業だと思います。でもビコウさんもセイエイさんもそれを今は苦にしていない。それが逆にマミマミの逆鱗に触れてしまっていたんじゃないでしょうか?」
そう答弁したが、オレはちいさくためいきをついた。
「あのなぁジンリン、ちょっとばっかし勘違いしてるぞ」
「勘違い?」
「あぁ、たしかにふたりとも日本人と中国人の
「……っ!」
オレの言い分に、ジンリンははっきりとした焦りを見せた。
「オレはお前がまだ漣だって確信を持っているわけじゃない。でもな……お前だって自分が感じた理不尽ないじめを誰かに知ってもらったところでそれは過去のことだろ? 過去は過去。オレはお前をからかってしまっていたことで周りがそれに調子に乗ってしまった。原因があるとすればそれはオレにある」
その独白を、ジンリンは否定するように首を振った。
「違う……***が悪いんじゃない。***はなにも悪いことなんてしてない。だって***がボクにやっていたことなんて子供のいたずらレベルのかわいいものだった。でもあいつらがやっていたのはそんな優しいものじゃなかった。それを誰にも相談できなかったボクが――」
妖精はそのちいさな肩を震わせ、オレの額に自分の顔を当てる。
「違うから……ボクがいじめられていたのは***のせいじゃないから。これだけははっきり言える。ボクは――***を責めたりなんてしないから」
ジンリンはゆっくりと謳う。オレを慰めるようにゆっくりと罪を赦していく。
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