第225話・呉下の阿蒙とのこと
ダラダラダラダラ……
そんな擬音が聞こえそうなほどに延々と湿気臭い森の中を彷徨い続ける。
「月は正面より左に出ているか?」
向かっているのはあくまで南の方角。
システム上、月は南南東に出ているはずだ。
正面が南を向いているなら、月は左の方角に昇っているはず。
「さっき木の隙間があったから確認したけど、大丈夫ちゃんと左にあった」
「それとちょっと休んだほうがいいかも。煌兄ちゃんもそうだけど私もちょっと魔法の効力がなくなってきてる」
んっ? 言われてみればたしかにHTが減ってきている。
「凍らせていた切り傷が運動したことで溶けたんでしょうか?」
「そういうことだね。お互いに【流血】のバッドステータスが出ているはずだよ」
腕を切り落としているから感覚なんてほとんどないんだよな。
「魔法盤展開ッ!」
右手に魔法盤を取り出し、スタッフを口に加える。
【NIF】
氷系の魔法文字を展開させ、スタッフの先を左腕の切り傷に向ける。
凍てついた
これで【流血】もある程度は防げたし、また出てきたらその都度応急処置していけばいいか。
「あれだな、前にアレクサンドラさんにも言われことだけど、足の小指は意識がむけられていないからタンスにぶつけるとか言ってたし」
洗練された
「っていうか【流血】だけでとどまっていたのがすごいんですけど。結構HTの消費量が半端じゃない気がしますよ。あれから一時間以上は経っているはずですから」
浮揚していたジンリンがオレの右肩に腰を下ろす。
「最悪【流血】の回復方法がわからないで死ぬプレイヤーもいるくらいだからね。魔獣演武の時はモンスターから噛み切られるなんてことよくあったし」
あれ? スプラッター嫌いじゃなかった?
「百獣の王は仔ウサギでも全力で狩るのは自然の摂理だと思うんだけど? それで気持ち悪がっていたらまずリアル志向の動物番組なんて見れないからね」
オレが疑問を持った表情をみせていたからか、ハウルがそんなことを言ってきた。
「あれか、ヤラセとかじゃなくて本当に写っていたりするのは気付かないけど、気付ける人にとっては茶飯事的なことってやつか」
「わたし、あぁ言うのは好きじゃない」
セイエイが頬をふくらませる。
「いや、あくまでテレビの演出なんだから気にするな」
さすがにやり過ぎな部分もあったりするけど、そもそも怖い話なんてのは尾鰭がついてなんぼってやつだぞ。
「あぁ怖い話ならちょっとあるかなぁ」
「うわぁ、ここで怖い話が嫌いなはずのハウルさまが口火を切ってきた?」
たしかにハウルって怖い話は極端に嫌いなんだよな。
ジンリンがおどろくのは無理ないけど……っていうか、あれ? なんでジンリンはハウルが怖い話嫌いなの知ってるんだっけ?
さすがにまだわからないけど、
「まだ私が小学二年生の頃に、お祖父ちゃんのご先祖様の墓参りに行ったんだよ。ちょうど秋のお彼岸くらいでさ、行き道の河川敷には赤い彼岸花が咲いていてね。お祖父ちゃんがふと立ち止まって、河川敷の方に手を合わせて拝んでいたんだよ」
ハウルが凄みのある笑みを浮かべながら、昔話を語っていく。
「すると近くを飛んでいた赤とんぼがお祖父ちゃんの眼の前にある彼岸花に止まって……その羽根にお祖父ちゃんのお父さん……私や煌兄ちゃんからいって曾祖父ちゃんの顔が浮かんだんだよ」
「んっ? ハウルが小二の時って、たしかばあちゃんと一緒に家でおはぎ作ってなかったか? オレと一緒に」
うちは代々農家だったからだろうけど、仏壇の近くにはご先祖様の写真が残っている。皆顔は違えど雰囲気が似ている。まぁ一族だからそうなんだけど。
「それでトンボはあきつと言って、彼岸花に止まったトンボは『
そのオチはまぁ知っているので今はあえて言わないが、
「それで、それのどこが怖いの?」
と、セイエイが片眉をしかめながら、困惑した表情で聞き返していた。
だよな。怖いかって言うと全然怖くないんだよ。
「えっ? いきなり拝んだらまるで呼ばれたかのようにトンボが、目の前の彼岸花に止まったら怖いでしょ?」
「別に目の前で止まるくらい怖くないけど」
「あぁっとセイエイや……、この話にはちゃんとしたオチがあってな、祖父ちゃん世代の人ってのは言葉遊びが好きな世代っていうか言霊を重んじている部分があって、たとえば茶菓子として羊羹が三切れとか四切れで出ないのはどうしてだと思う?」
セイエイはオレの言葉に首をかしげ、
「えっとキリが悪いから? ムチンはよくお客さんが来た時は手作りの羊羹を二切れで出すけど」
と応えた。っていうか羊羹も手作りかあの人。まぁ難しくはないだろうけど。
「そうじゃなくて、そういうふうにすると『忌み
「そういう意味なら、結婚式で『あくび』をするのはダメになるんですかね?」
ジンリンが含み笑いを浮かべる。
「えっと……」
困惑しているセイエイを見ながら、
「結婚式をおこなうのは吉日が一番最適ですよね。ですがそんな日に
「ちなみに悪日の時に『あくびを噛み砕く』のはいいみたいにな」
とセイエイに説明していく。
「へぇ……」
興味が有るのか、それとも話として面白いのか。
まぁ科学が発展している世代からしてみれば眉唾ものだけども。
「あれぇ? 私の怖い話より煌兄ちゃんたちの方に興味を唆られている気が」
なんか置いてけ堀を食らっている感を否めないハウルが、睨むようにオレやジンリンを見据えた。
「あのなぁ、そもそもお彼岸に出すぼた餅とお萩だって日本人特有の言葉遊びだろうが」
「春のお彼岸に出すから『
あれだな。きつねそばとかうどんなんて、そもそも狐が好きな油揚げが入っているからで、ちからうどんに餅が入ってるのも『力
「よく海外のなぞなぞにあるで、『騎士は夜にしか働かない』ってのと一緒?」
「『
あれもあっちの人には難しくないけど、知らない人には難しい謎かけだよな。
それは日本語をあまり知らない海外の人にも言えることだけど。
「それなら働くって漢字は中国じゃ通じないってのと同じかな。むこうだと『労働』は『勞動』って書くから」
「えっ? そうなの?」
セイエイからの、言葉という名の牽制球に、ハウルはギョッとする。
「中国だと『動』という文字自体に仕事をするっていう意味も入っていて、人編を加えた『働』という文字は日本だけだって、前にビコウから教えてもらったことあったぞ」
そういう、日本独自に作られた漢字のことを『和製漢字』っていうらしいし。
「そうなんだ。ちょっと使いどころを間違えると結構あぶないね」
まぁ基本的には文字よりはコミュニケーション云々じゃないか?
日本の学生のほとんどが試験くらいにしか勉強せんからなぁ。
ビコウも母親が日本の人で、そもそも本人自身が日本のサブカル系好きだったみたいだし。
「しかしまぁ、結構歩いているけどまったく出口という出口が見当たらないな」
いちおう南に向かって歩いているはずだし、月を見つけては軌道修正しているはず。
それなのになぜあれから三〇分くらい歩いているというのにまったく出口がみつからんのだ?
「もしかして狐に摘まれたか?」
チラリとオレの足元に寄り添っていたワンシアを見下ろす。
「風評被害で訴えますよ? いくら妾が
涙目で訴えなさんな。
「あぁっと、今何時だ?」
「っと、そろそろ二十三時半になるね……まさかここまで長丁場になるとは思ってなかったけど――ダンジョンだから脱出しないとログアウトもできないし」
ハウルはあくびをひとつ浮かべる。
「ふぅふぁぁ……っ」
それに釣られてか、セイエイもちいさくあくびを浮かべていた。
ふたりとももはや寝ていても可笑しくない時間……んっ?
今聞き逃したい言葉があった気がするんだが、さすがにそれは逃れられないよな。
「な、なぁ……ハウル、お前今なんて言った?」
オレは焦燥とした笑みを浮かべながらハウルを見据えた。
「んぅ? ダンジョンだから脱出しないとログアウトもできないって」
「その前だよッ! その前ェェえええっ! お前今何時だって言った?」
「えっ? っと……二十三時半くらい――あっ?」
ハウルもなんでオレが慌てているのかを察したようだ。
「今の時間って、月が南に出ている?」
セイエイも察したようだ。
「まさか
「あうぅ……」
「みゃぅ」
それぞれのテイムモンスターから哀憐される。
「だぁかぁらぁ、月が昇っている方角は時間で変わるって説明したんだから、小忠実に時間の確認をしなさいよぉっ! ***ってそういうちいさいミスしてみんなに迷惑かけたりするよね? 本当にッ!」
ジンリンからも怒られた。
ジンリンが漣だという確信が持てないのでなんともいえないのだけど、たしかにあいつと『サイレント・ノーツ』をやってた時って、結構ちいさいミスとかしていたんだよなぁ。
あいつは笑ってゆるしてくれてたけど、内心かなり激おこだったってことか――。
「面目ない……」
完全にオレが悪いのでなにも言い返せない。
「で、でも今の時間帯は南に月が出ているってことだよね? だったら一番わかり易い時間帯ってことでもあるんじゃないかな?」
ゆいいつ味方をしてくれたのはセイエイだけだった。
「それにモンスターと遭遇して戦闘したりしていたし、休み休みで歩いていたようなものだから……時間を確認してなかったシャミセンが一番悪いけど」
セイエイもセイエイで、早くログアウトしたいのに、オレのせいで更に迷っているとわかったとたん、冷淡とした反応ですよ。
うん、取り付く島もないってこのことを言うのね。
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