第141話・枯死とのこと


 ジンリンには、建前上秘密裏にしておくと言ってはいたが、やはり同じくセーフティーロングと関わりのあるビコウとボースさんにはNOD運営で起きていることを説明しておいた方がいいだろうな。

 ボースさんとは星天遊戯からじゃないと連絡が取れないが、ビコウはどちらでもというよりは携帯のメアドを知っているので、そちらで星天遊戯にログインしてほしいと連絡をしておいた。

 こうすれば、NOD側の運営スタッフであるジンリンに知られることなく話し合いができるっていう寸法。



 時間は現在午後八時。大学のレポートに手をつけていると、机の上に置いていたスマホから、メール受信の着信音が流れ、それを手に取ってみると、



【それ普通にバレますよ?】



 星藍からそのような件名のメールが届いていた。



『そういうことでしたら話を聞きますけど、星天のほうで話しても多分ログ管理でなにかしらNODのほうにアクションがあると思います。

 それならPCのボイスチャットで話したほうがいいと思いますよ。

 いちおうわたしのアカウント教えておきます。

 【BiKou】 ユーザー画像は金毛の猿。』



 その本文にはボイスチャットソフトのアカウントが記入されている。


「ボイスチャットソフトって……、まだPCの中に入れてたかなぁ」


 最近はVRMMORPGが盛んだし、そもそもボイスチャットするほどの人もいないのだけど。


「お、あったあった」


 ボイスチャットソフトを起動させて、星藍のアカウントをユーザー検索してみる。いくらか出てきたが、ユーザー画像は金毛の猿と教えてもらったので、それを選択し、フレンド申請。

 ……ログインしていたのか、ものの数秒で登録された。



 ◇ビコウ:こんばんわ。



 ポンと、電子音とともに、星藍からチャットメッセージがポップされた。

 っていうか、もしかして素でハンドルネームがビコウなのか? 星藍って……



 §



 ◇ビコウ:音声チャットにします?

 ◇シャミセン:いや、ログ残したいからこのままで。

 ◇ビコウ:了解。

 ◇ビコウ:兄にもいちおう連絡しておきましたから、仕事が終わったらこちらにログインすると思います。

 ◇シャミセン:それは助かる。

 ◇ビコウ:それにしても今回の事件については、話を聞いただけのわたしが言うのもあれですけど、フチンが作ったプログラミングとはあまり関係がないんじゃないでしょうか。

 ◇シャミセン:どういうこと?

 ◇ビコウ:わたしが植物人間状態でも星天にログインできたのって、フチンが作った人の脳波を読み込んでゲームに反映させる技術によるものなんですよ。

 ◇ビコウ:その被験者だったので言えることですけど、人の脳波にギアから直接関与するということはしていないと思います。

 ◇ビコウ:実際恋華が寝落ちした時だって、脳波が睡眠状態になりますから、ギアがそれを判断すればログアウトというかたちと、PK対策ということでフレンド以外には見えないようになりますし、そういった状態だと不注意ということですこしペナルティーはありますけど、モンスターからの攻撃は通じないように設定されています。

 ◇ビコウ:まぁ、一種のMMORPG初心者に対する保護機能ですね。

 ◇ビコウ:長々とすみません。

 ◇シャミセン:いやいいよ。それじゃぁやっぱり脳波に直接ってのはありえない話か。

 ◇ビコウ:ゲームのシステム上、プレイヤーに臨場感を与えるために脳波に刺激を与えるということはありますけど、だからといって人を殺せるほどのことはできないと思います。

 ◇ビコウ:メールでも読みましたけど、NODで起きてる事件っていうのは、脳に異常をではなく、心不全ですよね? 死因って。

 ◇シャミセン:まぁジンリンの話を聞く限りそうみたいだけど。

 ◇ビコウ:それならなにかしら視覚による催眠ってのは考えられないでしょうか?



 視覚による催眠?



 ◇シャミセン:それはちょっと非現実的過ぎないか?

 ◇ビコウ:自分でも無理があるかなとちょっと思いましたけどね。

 ◇ビコウ:昔アニメの光で痙攣して病院に運ばれた子どもがいたみたいで、それを懸念してあまり激しい光の演出はできないようになっているんです。

 ◇シャミセン:VRって直接目で見るようなものだから、余計に演出に厳しそうだな。



 そういえば、炎系の魔法とか、光の演出って結構コントラストで柔らかい印象があったんだよなぁ。

 なるほど、そういう理由だったのか。



 ◇ビコウ:ただギア自体から催眠を促す電波を送り込んでということはできないと思います。フチンからギア製作の話を聞いた時、人の神経はすべて脳につながっているから、それを外部から刺激すれば盲や聾唖の人がゲームの中では画面や音を認識できたり、話したりできるみたいな技能をつくろうとしたらしいですけど。

 ◇シャミセン:それだと脳に影響を与えてしまう可能性もあるから中止にしたってことか。



 少しもったいない気がするけど。



 ◇ビコウ:わたし個人としては、誰でもVRができるって意味ではやって欲しかったなって思いましたけど、逆にそれを悪用する人もいるだろうって言われて。

 ◇シャミセン:便利なものほど悪用されやすいってことか。

 ◇ビコウ:そういうことになりますね。

 ◇ビコウ:ただ、いくらベータテストの不具合だったとしても、特定のプレイヤーのVRギアシステムが壊れるということは考えにくいですね。

 ◇ビコウ:ハッキングできたとしても、それはまず無理だと思いますし。



 星藍って、現実オフで話す時は結構タメ口に近いものがあるんだけど、こうやって顔が見えなかったり、ゲームの中だと敬語なんだよなぁ。

 だからなのか、すごい説明口調に思える。



 ◇シャミセン:ジンリンの話だと、運営の誰かがやっているらしいんだよなぁ。

 ◇ビコウ:運営がアカウント管理できないプレイヤーが居ること自体が疑問ですけどね。



 たしかにまだ話を聞いただけで、実際にそういう名前のプレイヤーがいるのかと言われると、返答に困る。



 ◇ビコウ:VRギアどうしによるものならわからなくもありませんけど、ゲームを通じてそういうことが起きていたということは、サーバーを通してですから運営がそれに気付かないということはないと思います。

 ◇ビコウ:それにサーバーからハッキングしていたとすれば、そもそも特定のプレイヤーどころか、まずベータサーバーの中でそんなことをするよりは正規サービスをしている星天のほうで事件があるならわかりますけど。

 ◇ビコウ:いちおう知り合いのスタッフに、シャミセンさんがジンリンに聞いたっていうプレイヤーの名前を調べてもらいます。

 ◇シャミセン:そうしてもらえると、すごい助かる。

 ◇シャミセン:っていうか、こういうのって普通他言無用なんだけど。

 ◇ビコウ:別にいいですよ。多分シャミセンさん一人が抱え込んだくらいでどうにもなりませんから。

 ◇ビコウ:一人で悩むよりは誰かに吐露したほうが解決の糸口がすぐに見つかる場合もありますし。

 ◇ビコウ:吐き気がするくらいだったらいっその事吐いたほうがスッキリするのと同じですよ。

 ◇ビコウ:ほら、日本のことわざで、三人寄れば文殊の知恵っていうじゃないですか。

 ◇ビコウ:ということで、ちょっとお花摘みにでも行ってきます。ノシ。



 それを最後に、すこしばかり待ってみたが、ビコウからのチャット応対はなかった。


「お花摘みって……たしかトイレに行くだっけ?」


 もしかして、話がヒートアップしてたのと、話を途中で切り上げられなかったから、一区切りはいるまで我慢してたのかね?



 §



 しばらくして……、



 ◇ビコウ:(ノ´∀`*)



 戻ってきた星藍からのチャットログが表示された。

 顔文字をみるかぎり、嬉しいことでもあったのだろう。

 ただ、今日の恋華もそうだったけど、感情を顔文字だけで表現をするなとツッコんだほうがいいんだろうか。



 ◇シャミセン:なにがあったし?

 ◇ビコウ:いや、さっきコーヒー作ろうかなと思ってリビングに下りたら、珠海さんが冷たい白玉ぜんざい作ったって言うから、今食べてるんですよ。



 今ってことは、チャットしながらってことか?



 ◇シャミセン:食べるのは別にいいけど、こぼすなよぉ。ふりじゃないぞぉ。

 ◇ビコウ:あんこの甘みと白玉の柔らかさがなんとも。

 ◇ビコウ:あと付け合せはたくあんです(*^^)v

 ◇ビコウ:あ、そんな簡単にこぼしませんよ。

 ◇シャミセン:美味しそうでなにより。オレもつくろうかなぁ。



 ぜんざいくらいなら、あんこと白玉粉を買ってくれば作れるし。



 ◇ビコウ:作るのはいいですけど、今日のぜんざいのあずきは昨日から仕込んでおいたみたいですけどね。

 ◇ビコウ:珠海さんって、料理に物を云わせぬこだわりがありますから。



 さすが珠海さん。食に関しては徹底的に、並々ならぬこだわりを持っておられる。

 オレは時間に余裕がないし、たぶん作れなさそうだな。



 ◇シャミセン:ビコウって、つぶとこしどっち派?

 ◇ビコウ:ぜんざいはつぶ派。まんじゅうはこし派ですね。



 あら? 食べるもので変える人っているんだな。

 ちなみにオレはつぶ派だったりする。



 ◇ビコウ:ぜんざいは白玉や焼いた餅に絡まった甘い汁と小豆のつぶつぶ感を楽しみたいですし、まんじゅうの時は舌触りがいいと嬉しいですね。

 ◇シャミセン:そういえばボースさんはまだ仕事?

 ◇ビコウ:いちおう家にいて、一緒に夕食を食べましたけど、星天のイベントとか会議での資料をまとめているので、今は書斎にこもって仕事モードです。

 ◇ビコウ:いちおう今回のことは教えていますのでがjtコア打つぁghけたいおrた魚パghkぁwqrjw



 うぉっ? なんかめちゃくちゃなの来た。



 ◇シャミセン:なんかあったの?

 ◇ビコウ:( ;∀;)コーボーシーター。



 嫌な予感的中。星藍って意外に抜けてるところあるからなぁ。



 ◇ビコウ:紙巾っ! 紙巾どこぉっ?



 ご愁傷さまです。って、紙巾?

 あ、たしかティッシュって中国だと【紙巾】っていうんだっけ?



 ◇ビコウ:t4:おげjご:げrjめ3:」え」tjうぇおあ:げじょい9:w3rとぇryつyいおう・。、mんbほれ:@ー;0とぁおpt:x34a5gtrfvstulekyhu6j7ntbedm;lamag:。



 それからしばらく、キーボードの上をティッシュで拭いているせいもあって、星藍からめちゃくちゃな文章が四スレくらいポップされた。


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