第133話・差異とのこと


「このゲームって、ちょっとめんどくさくないですか?」


 ワンシアにモンスター探知スキルを使わせながら町から北の方へと歩いている時だった。

 メイゲツがオレとテンポウのあいだを割って入るように駆け寄り、そう言ったのだ。


「ステータス見るのだって、魔法盤使わないといけませんし」


 あ、それはオレも思った。


「もしかして、魔法文字消費とか……」


「それはありませんよ」


 オレの頭の上で飛び回っていたジンリンが、メイゲツとハウルの前に顔を覗かせる。


「ステータス(STATUS)とマップ(MAP)は基本コードなのでJT消費対象外なんです」


「ショートカットできれば結構楽な気がするんだけど」


「あ、でも五十代くらいのプレイヤーにはこういうコマンド入力しないと命令ができないってのが懐かしいみたいなアンケートもあったみたいですよ」


 それを聞いて、オレは目を点にした。懐かしいってどういうこと?


「昔のパソコンというのは、今みたいにマウスでクリックしたり、スマホみたいに指からの静電気で反応するってわけじゃないんです。パソコンを起動させるとAUTOEXEC.batの設定にもよりますけど、コマンドプロンプトからソフトをキーボード入力で起動させたりするのが基本だったんですよ。ファイルをコピーするのだって、[copy ファイル名]みたいにしないといけませんでしたから」


 あ、つまりそれが魔法文字の原典になっているってわけね。

 たしかに今は慣れ始めたからいいけど、単語を知ってるのと知らないのじゃ攻略スピードも違うみたいだ。

 最初に感じた他のプレイヤーが魔法盤を使っていないというのは、ほとんどがそれに慣れていなかったからってことだろう。


「うわぁ、今の私たちじゃ面倒くさいことやってるなぁって思うけど」


「たしかに……、DOS時代のパソコンは命令文を入れないと反応してくれませんでしたからね。Windowsの標準仕様となっているGUIがなければ、ここまでPCが普及されていなかったんじゃないでしょうか。もちろんソフトを起動させればマウスが使えたりしていましたけど、今みたいにUSB接続すれば自動的にデバイスがインストールされますけど、DOS時代のはまず周辺機器のシステムファイルを手に入れて、さらには[config.sys]に命令文を作らないといけないんですよ」


 そこまで言って、ジンリンはキッと、険しい目でオレたちを見据えた。


「いいですか? いちいちコマンド入力しないといけないという面倒くさい時代背景があったからこそ、みなさんが普段使われているPCやスマホ、携帯などがより使いやすくなっているんです」


「「わ、わかりました」」


 テンポウとメイゲツが、ジンリンの饒舌と気迫に押し負かされ唖然としていた。



「それはいいとして、さっきからモンスター出てますけど?」

 先頭に出ていたワンシアがそう伝えてくれた時だった。



 ◇エアー・ラビット/Xb2/属性【風】

 ◇エアー・ラビット/Xb4/属性【風】

 ◇エアー・ラビット/Xb1/属性【風】

 ◇エアー・ラビット/Xb5/属性【風】



 このゲームでは、スライム扱いらしい野ウサギが四匹、のんびりと草を食べているのが視界に入った。

 ただしモンスターなので、プレイヤーには名前とレベル、属性がポップされている。


「な、なんか、倒すのかわいそうな気が」


 メイゲツが困却した目でオレを見る。

 たしかに傍から見るとただ単に草を食べているようにしか見えないから、なんか倒す気になれない。

 でもあくまでモンスターだからなぁ。倒さないといけないんだよ。


「あれ? ウサギでXb5って初めて見た」


 テンポウが首をかしげるようにウサギの群れを見据えた。

 たしかにオレも、第二フィールドにも同じモンスターが出るし、Xb5はよく見かけるけど、こっちではあまり見たという記憶がない。

 もしかしてレア?



「いちおうこのフィールドのモンスターはXb1~5までなので、シャミセンさまがよく苦戦されるワームなんかもそれに入ります。ただ割合がことなるんですよ。エアー・ラビットは基本的に1~3が多いですね」


 ジンリンはそう説明し終えると、オレのフードへと隠れこんだ。



「魔法盤展開っ!」


 テンポウが左手に魔法盤を展開させ、



 【MNVE】



 と魔法文字を展開させていくと、テンポウのスタッフは歯の根元がノコギリ状になった短剣へと変わる。

 そして目の前のウサギ目掛けて攻撃を仕掛けた。

 あれ? テンポウのMFUって低いんだけど……。


「前にビコウさまが魔法武器はMFUが多いほどいいと言っていましたが、プレイヤー自身が武器のイメージをはっきりとしていれば低いパラメーターでも出すことは可能です。ただしMFUが低い分1ターン使えませんし、与えるダメージも期待はできません」


 首元でジンリンがそう説明してくれた。


「ワンシア、[火槍かそう]ッ!」


 オレの命令とともに、ワンシアは口を開き、火の矢を放つ。

 目標は? テンポウが攻撃したウサギよりひとつうしろにいるXb2の方。

 クリティカル判定が入ったのか、ダメージが結構あった。


「ワンシアは[火槍]で応戦しながらメイゲツの援護。テンポウはヒット&アウェイ。いきなりレベルの高いモンスターが攻撃してくる場合があるからな」


「シャミセンさんは?」


 オレに言われたとおり、攻撃を仕掛けるや最初の場所へと戻ってきたテンポウがオレを見る。


「魔法盤展開っ!」


 オレは右手に魔法盤を出して、



 【MFCFVWKDCW】



 と魔法文字を展開させる。

 オレのスタッフから砂嵐が巻き起こり、ウサギたちを飲み込んだ。

 四匹のうち、Xb1は消滅。Xb2は辛うじてHT一割残していたが、追加攻撃が入り、ゆっくりと全壊。Xb4は二割、Xb5にいたっては離れすぎていたせいもあって、あまりダメージを与えられていなかった。

 昨日、烏に使ったさい失敗してしまったやつだけど、セイエイに指摘された部分を修正して再びやってみたが、結構強いね、これ……。

 もしかして、魔法盤のレベルのおかげ?



 【ANQM】



 という魔法文字がXb5のウサギの頭上で展開されていく。

 ほかのXbが低いウサギとは違い、風の威力が若干ではあるが強く、先頭のテンポウやオレにダメージが入ったのと同時に、彼女のスカートが捲れ、黄櫨染こうろぜん色のショーツが見えた。


「見ました?」


 慌てておしりを押さえながら、さも人を殺めかねないと言った殺気を放ちながらテンポウが聞いてきた。


「不可抗力」


 それは見たと言っているようなものだけど、見たくて見たわけじゃないしね。


「……ならいいです」


 意外にもすんなり許してくれた。



「テンポウさんっ! 前っ!」


 攻撃範囲外にいたメイゲツが叫んだ瞬間、テンポウのうしろにはXb4のウサギが爪を立てて攻撃を仕掛けていた。


「くっ?」


 すんでのところで、テンポウは前転し攻撃を回避する。


「なぁらっ!」


 手をバネにしての低空ドロップキック。

 それがウサギの顎にヒットし、ウサギは脳挫傷を起こしたのかふらふらしてる。


「メイゲツっ! 魔法盤で[EARTH GUN]って入れてみなさい。攻撃範囲外だから、ワンシアに援護してもらいながら近付きつつ、ゆっくりでいいから魔法文字を展開させて」


「あ、はいっ!」


 パーティーを組んでいるとはいえ、一度も攻撃しないで経験値もらっても嬉しくなかろう。

 メイゲツはワンシアに援護されながらゆっくりと魔法文字を展開させつつ、こちらへと来る。



 【FYVWH KDQ】



 魔法文字が完成されると、メイゲツのワンドが銃へと変わる。


「メイゲツさま、慌てないでください。魔法武器は攻撃を終えるまでは持続されますので」


 あ、それは嬉しい設定。

 ただ銃を構えているメイゲツの双眸に翳りがあった。

 自分の攻撃が命中するのか、それとも外してしまわないかという不安に満ちていた。



『表示されているステータスの数値を信じる前に、まずPCを……ううん、自分を信じてあげることが大事じゃないかな』


 ふと、漣がMMORPGの中でオレに言ったことを思い出した。

 あの時もこんな状況だったな。

 あまりにもMMORPGに不慣れだったオレに、漣はそう言ってくれた。

 その時の、オレのPCのステータスはお世辞にも強かったとはいえなかった。

 でも漣はそう言ってくれたんだ。

 低い命中率でも、もしかしたら当たってくれるかもしれないって。



「メイゲツッ! お前の命中率がこの中では一番高いんだ。それに与えられる魔法攻撃のダメージも上回っている」


 オレは左手の人差し指と中指を立て、示すようにXb5のウサギの額を指さした。


「……っ!」


 メイゲツが、ゴクリと喉を鳴らしたのが聞こえずとも気配として感じ取れた。

 緊張と……失敗してしまったらという不安感。

 それがヒシヒシと彼女から伝わってくる。


「負けると思うな、思えば負けよ……ワンシアッ! [咆哮ハウリング]ッ!」


 そう命令すると、ワンシアがパッと前に出て口を大きく開く。

 その口から大気を揺らすほどの超音波が発せられ、Xb4と5のウサギの動きを鈍らせた。



 バンッ!

 空気を劈く銃声が響き渡る。

 地属性を孕んだ弾丸がXb5のパンダに命中する。

 クリティカル判定は?


「HTが四割減少したっ!」


 テンポウが大声でおどろく。入ったという証拠だ。

 しかもクリティカルによる恩恵で、スタン状態になっている。


「一気に責めるっ!」


 オレは右手で魔法盤を展開させ、



 【NINIXF】



 と魔法文字を記入していく。

 スタッフから氷柱が吐出し、Xb4のウサギの喉仏を穿つ。

 クリティカルの判定。一気に全壊した。



 【XNKHWQNQK】



 オレの攻撃よりも手前、テンポウが魔法文字を展開させる。

 光の矢がXb5の目を射抜いた。

 目の損傷により、攻撃が鈍くなっている。



 【HFYWJYVCH】



 メイゲツの頭上に、そういった魔法文字が展開され、Xb5のウサギの足元から煙が出る。


「ぎゅぎゅぎゅぎゅ」


 じわり、じわりとダメージが入っている。


熱の沼HEATMARSH?」


 なんでそんな難しいの知ってるのかね?

 後で聞くとして、身動きが取れない今がチャンス。



 【FYVWH CTFYV】



 魔法文字を展開させ、地属性の槍を残ったウサギに投擲する。

 身体を貫き、ウサギのHTが全壊した。



 ◇経験値[8]を手に入れました。

 ◇プレイヤーのXbが上昇しました。次のXbまで【0/80】

 ◇Xb上昇によりポイントが加算されました。ポイント残高……5

 ◇魔法盤の熟練値が上がりました。



 レベルが上がった。しかもジャストで。


「私も上がりました」


「私もです」


 オレだけではなく、テンポウとメイゲツもレベルが上がってたようだ。


「やっぱりパーティーで戦闘したほうがいいってことか」


 経験値の入り具合を考えると、こっちのほうが効率がいい。

 うし、このまま夕方あたりまでレベル上げしましょうか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る