第53話・協力とのこと


 イベント開始から、かれこれ二時間が経った。

 と言っても、イベントステージでの話なので、実際はそんなに経っていないと思う。

 二時間は百二十分。秒数にして七千二百秒。

 それをセイエイが言っていた十秒で四分、一秒につき二十四秒の経過という計算を入れると、三百秒になるから、まだ現実世界では五分くらいしか経っていないということになる。


 セイエイは……もうなかったことにしよう。

 というかレベルの差をハッキリと見せつけられた気がする。

 そりゃぁオレや双子とは半分以上の差がありますから。――うん。



「さてどうしようか」


 あらかた水晶宮の中を見て回ったが、モンスターは先の四匹以外は特に出てこなかった。

 フィールドマップもほとんどうめつくされて、入れない場所を除くと残り三部屋になった。


「特定のモンスターしか出ないんでしょうか?」


 いちおうセイエイにもレイドボス以外のモンスターについてたずねたが、ジアオシュア、ズヌイシュア、フェオンシュア、シアンシュアの四匹以外は見ていないようだ。


「けっこう戦ったけど、レベルは上がらないしなぁ」


「レベルは……忘れたころに上がってることが多いですよね」


 メイゲツが苦笑をうかべる。


「もうさ、レベルアップのことは忘れよう」


 セイフウがその場に坐った。


「はしたないよ」


 メイゲツが注意する。


「あ、ひんやりして気持ちいい」


 水晶宮の床は大理石なのか、手で触れてみるとひんやりとしている。

 おそらくステージ特有の冷たい風で冷えていたのだろう。

 セイフウはそのままうしろへと倒れこむ。



「もう、背中汚れるよ」


 頬をふくらませながらセイフウを叱るメイゲツ。

 同じ顔の双子でも性格がぜんぜん違うな。


「…………」


 セイフウが黙って指を天井へと向ける。

 その表情は、どこか震えていた。


「んっ? どうかし――」


 オレとメイゲツが天井を仰いだ瞬間だった。



 [ジアオシュア]Lv18 属性・水

 [ジアオシュア]Lv24 属性・水

 [ジアオシュア]Lv20 属性・水

 [ジアオシュア]Lv22 属性・水

 [ジアオシュア]Lv22 属性・水

 [ジアオシュア]Lv11 属性・水



 大量のジアオシュアが天井のシャンデリアや装飾品にぶら下がっていた。

 器用に尻尾を絡ませていたりして、見ようによっては枯れた蔓のように見えなくもない。


「ひっ……」


 オレは咄嗟に、悲鳴をあげようとしたメイゲツの口をふさいだ。


「静かに……」


 セイフウのほうにも視線でうったえる。

 セイフウは、目をオレに向け、ちいさくうなずいてみせた。

 ジアオシュアのほうは、まだオレたちに気付いていない様子だ。

 どうやらシステム上、プレイヤーとの間合いがグリーン以上にならない限りはモンスターが感付くことはないらしい。



「セイフウ、ゆっくりこっちにこい」


 オレは小声で呼びかける。

 セイフウは仰向けにしていた身体をうつ伏せにし、ゆっくりと立ち上がった。それこそ音を立てずに。

 さいわい、ジアオシュアの群れはまだオレたちに気付いていないようだ。


「シャミセンさん、モンスターとの間合いがグリーンになってます」


 オレたちがジアオシュアの存在に気付いたことで、システムがモンスターとの間合いを感知したのだろう。



「セイフウ、メイゲツ。オレがライトニングをチャージして放つ。その時、逃げた奴がいたら、耳をふさいでくれ」


 地面に落ちた瞬間、あの騒音を出さないとは思えない。

 オレは弓を引く構えを取り、魔法の詠唱を始めた。

 魔法発動のゲージは青から緑、緑から赤へと変化していく。


「……っ! シャミセンさん、一匹がこっちに気付きました」


 セイフウが教えてくれた。

 その瞬間、オレはライトニングの矢を放つ。

 一本だったライトニングの矢は、瞬時に六本の矢へと変化する。



 六本のうち、五本が命中。

 まったく動いていないジアオシュアにしか通らなかった。

 どうやら既のところで、オレたちに気付いたジアオシュアが落ちて、狙いに逸れたようだ。

 オレはそっちに視線を向けようとしたが、それよりも、他のジアオシュアに対してのクリティカルの判定は?

 あったようだが、一撃で倒せるまでのダメージを与えられなかったようだ。

 残りのジアオシュアも、ボトボトと落ちていく。

 床に叩きつけられたジアオシュアはピクピクと動いている。



 くそっ!

 思わず舌打ちしてしまう。


「[チャージ]ッ! [フリーズ]ッ!」


 メイゲツが錫杖を構え、氷の渦を落ちたジアオシュアに向けて放つ。


「ギィギィギィ?」


 凍っていっているのか、徐々にジアオシュアの動きが鈍くなっていく。

 そのスキに、セイフウが弓矢で攻撃。

 その矢がジアオシュアの額に命中する。クリティカルの判定あり。

 HPが0になり、そのジアオシュアは光の粒子となって散っていく。



 オレも負けじと、もう一度ライトニングでジアオシュアを狙った。

 ライトニングの矢はジアオシュアの身体を縦に、真っ二つにするように割いていく。


「「うわっ、グロッ」」


 双子が同じことを言う。

 狙ったわけじゃないからね。偶然そうなっただけだから。

 当然ジアオシュアのHPは0になり、光の粒子となって散っていった。



 他のジアオシュアも、フリーズの冷気にやられ、その場で氷漬けになっていた。


「動かないってことは、倒したってことでいいのかね?」


 いちおうモンスターのHPゲージに目をやると紫に変わっていた。

 緑、黄色、赤の順番にHPの残量がゲージとともに変わるので、おそらく状態異常とおなじ判定だろうが、動けるようになる前に仕留める。

 錫杖の先で、動けないジアオシュアの額を穿うがつ。

 一匹一匹確実に。

 双子とはパーティーを組んでいるから、経験値は彼女たちにも平等に分けられた。



「メイゲツ、セイフウ、周りにモンスターの反応や姿は?」


「今のところありませんね」


 オレも周囲を見渡してみたが、モンスターの姿はなかった。

 ただ建物の中ということもあってか、壁や隙間に潜んでいる可能性もある。


「警戒しないといけませんね。突然飛び出してくることだってありますし」


 なんかすごくフラグっぽい言い回しです。

 よりいっそう警戒心を怠らないでおこう。



 フィールドマップを見ると、今いるのは水晶宮の中心だった。


「とりあえず今は探索するしかないですね」


「それにしても闇雲に歩いているだけじゃなぁ」


 ほとんどの部屋は見ているが……。


「ここは王道……真ん中奥地の部屋に行ってみるか」


「なんかすごく安直な」


 双子が飽きれた声をあげた。

 オレだってこれが正解だとは思っていないから。



「[チャージ]ッ! [フィジカルベイレ]ッ!」


 メイゲツが魔法で、彼女とセイフウ、オレのVITを増加させる。


「とりあえずこれでしばらくは大丈夫だとは思います」


「ここからだとシャミセンさんが言っている場所は、だいぶ離れてますね」


 セイフウはフィールドマップを広げながら、現在地と目的地までを指でなぞっている。


「まっすぐ行けばいいんじゃないか?」


「水晶宮の中なんですから、遠回りに決まってるじゃないですか?」


 なんか目印でも付けておけばよかった。

 ダンジョンだからというわけではないけど、さすがにイベントクエストだけあって、構図が複雑だ。


「そこに行けるようになる転移アイテムってのはないのかね?」


「「そんな便利なものがあったらみんな使ってますよ」」


 と双子からツッコまれた。



「――っ? ふたりとも、ちょっと」


 セイフウがオレとメイゲツを壁際にいる自分のところへと手招きをした。


「どうかしたの?」


「……あそこ」


 セイフウは柱の影に隠れながら、なにかを指さした。

 そこには赤い鎧を着た金髪の戦士が歩いていた。


「あ、あの人……」


 ハッとした表情――というよりは怯えた表情でメイゲツがつぶやく。

 逆にセイフウは嫌悪剥き出しの表情で睨みつけている。

 ただことではないことがすぐにわかった。


「――あの人が……どうかしたのか?」


「以前、[はじまりの町の裏山]にあるレベル制限10の山道で私たちを襲い殺そうとしていたプレイヤーです。名前はクレマシオン。レベルは変わっていなかったらですけど、私たちを襲った時は34でした」


 あの時か……たしかオレがセイエイやハウルと一緒に魔光鳥を探索した日だ。

 双子はその時のことを思い出したのか、まだ幼いその身体を震わせていた。



 オレは双子の頭を、ポンッと撫でた。


「「…………」」


 双子はキョトンとした目でオレを見る。

 オレはただ二人を見るだけでなにも言わなかった。

 目の前のプレイヤーキラーに勝てる自信はない。

 だけど、不安そうな二人を安心させるくらいの、そんな痩せ細った態度くらいは見せたかった。



 そのクレマシオンはうしろを振り返り、奥へと向かっていた。

 ちょうど、オレたちが行こうとした方角だ。

 天井の方に目をやる。

 きらびやかなシャンデリアがあった。

 だいたい一メートルくらいの大きさ。

 天井に鎖は頑丈にできているようで、大人がぶら下がっても、まぁまぁ大丈夫だろう。



「触らぬ神に祟りなしってね。レベルの差を考えると関わらないほうがいい」


 双子も、それは理解していたようだ。


「でも、まだ探索中だということはレイドボスを倒していないってことでしょうか?」


 クレマシオンの様子からして、キョロキョロとしているようだったからそうなのだろう。

 もしくは、例のルールを実行しようと、レイドボスを倒したプレイヤーを狙っている場合もある。


「モンスターのほかにも注意しないといけないものが多すぎますね」


 全部のプレイヤーがそうというわけではないが、奪取することが許されている以上、モンスター以上に警戒した方がいいだろう。

 それこそプレイヤーキラーはハイエナのように攻撃をしてくるかもしれない。


「……行ったな」


 クレマシオンが別のフロアへと消えていったのを確認すると、オレは双子と一緒に、それとは逆の方向から目的の場所へと向かうことにした。


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