第20話 日曜日は魔界へ行く
日曜日は思ったよりすぐにやってきた。
光輝はリティシアとゼネルを連れて魔界へと来ていた。
郁子と希美は置いてきた。郁子は今日という日が待ち遠しいと修業をしすぎたあげく寝不足で体調を崩して寝込んでしまったらしい。そう連絡してきた。遠足前の子供だろうか。
戦力としても旅の仲間としても一緒に行きたかったが、しょうがなかった。
今日のところは偵察ぐらいで済ませて、本格的な戦いは彼女のいる時にしようと思った。
光輝の手にはシャドウレクイエムがある。竜や悪魔もこれで退けてきた。自分のことはあまり心配していなかった。
希美の方は、何が起こるか分からない魔界に純粋な人間の彼女を連れてくるわけにはいかなかった。騙すようなことを言って置いてきてしまった。
考えを振り切り、光輝は荒野を見渡す。自分がここの王だったと言われても思い出せる物はない。知らない土地だった。
だが、どこか懐かしい空気を感じた。
これからどこへ向かうのだろうか。ゼネルとリティシアに訊こうと思ったが、その前に不意に背後から声を掛けられて、光輝はびっくりしてその場を飛び退いてしまった。
「道に迷っているようだな、少年よ」
「うわっ」
そこにいたのは黒いローブを身に纏い、水晶玉を持った謎の人物だった。首には髑髏のペンダントを下げている。
フードを目深に被っているので顔は見えなかった。
ゼネルとリティシアの知り合いかと思ったが、二人は知らないと首を横に振った。
怪しく見える人物だが、そこから聞こえたのは少女の声だった。
「良ければ、わたしがお前を占ってやるぞ。闇の王よ」
「お兄ちゃんが闇の王だと知っている!?」
「このような者は知りませんが」
リティシアとゼネルが少し浮足立つ中で、光輝だけが冷静になっていた。
居住まいを正して相手に向かい合って言った。
「じゃあ、せっかくだから占ってもらおうかな」
「お兄ちゃん、せっかくだから占ってもらうんけ」
「ああ、せっかくだからな」
「では、せっかくなのでお金はわしが払いましょう」
ゼネルが財布を出そうとする。それをそっと手を出して占い師が静止させた。
「お代は結構。今度妹を遊園地に連れていくことで、今回のお代とさせていただきましょう」
「ほえー、遊園地行くんけー」
リティシアは遊園地を夢に描いているようだ。
「また今度ね」
光輝はもうすっかり行く気分になっている妹に一言断りを入れて本題に向き合った。
占い師が占いを始めた。
「では、占いますぞ。ウヌヌ!」
水晶玉をかざして念を送っているようだ。
光輝達は見守った。
三人の観衆達が見守る前で占い師は占いを進めていく。
「闇の星ダークネススターよ、お兄ちゃんの運命を指し示せ! ほにゃあああ! ………………出たよ」
「占いはなんと?」
ゼネルが興味津々で訊ねる。リティシアも興奮して見ている。光輝は冷静だ。占い師は堂々と頷いて答えた。
「うむ、今すぐ家に帰れと出ました。妹に詫びを入れ、お菓子もたくさんやって、一緒に連れてくるように。これが占いの示した運命の結果です」
「なんと、連れてきた方が良かったのですか」
「危険やと置いてきたのはお兄ちゃんの判断やけど」
ゼネルとリティシアがひそひそと話し合う。
光輝は冷めた口調で占い師に向かって言った。
「それでもう気は済んだか? 希美」
希美と呼ばれた占い師はビクッと反応して後ずさった。
「ななな、何を言っているのか分からないな、お兄ちゃん!」
「ずっと一緒に暮らしてきたんだぞ。誤魔化そうとしても無駄だ!」
「ひゃう!」
光輝は手を伸ばし、彼女のフードを取ってしまった。現れたのは案の定、希美の顔だった。
彼女はびっくりしていたが、すぐにその頬を不満そうに膨らませた。
「だって、お兄ちゃん。あたしを置いていくから」
「危険かもしれないだろ」
「リティシアちゃんは一緒なのに?」
「リティシアはこの国のお姫様じゃないか」
「お姫様……」
リティシアはぽっと頬を赤らめていた。視野に入れず、光輝は希美の顔だけを見て話しを続けた。
「まったく、そんな怪しい道具まで持ち出して」
「怪しくないよ! 魔術の道具だよ!」
黒いローブに髑髏のペンダントに水晶玉に……こんな物を持っている妹がどこにいると言うのだろう。
ここにいた。
光輝はため息を吐くが、ゼネルとリティシアは感心しているようだった。
「ほう、希美殿は魔術をたしなむのですな」
「何か凄いなあ」
魔術を使える人達から見ても、魔術を使えると自称する人間は凄いのだろうか。
面倒なことを確かめるつもりは光輝には無かった。希美の趣味を調子づかせてしまうことは避けたい。もう遅いかもしれないが。
「そうよ。凄いでしょー」
希美は元気にくるくる回っている。
結局、希美に帰る気は無かったので一緒に連れていくことになったのだった。
「こっちやでー」
リティシアの案内で行き先に向かうことになった。
まずは光輝が王として君臨していた城に行くことになった。
「ここが前世のお兄ちゃんが暮らしていた世界なのね」
「そうみたいだね」
希美に訊かれても光輝にはっきりと答えられる記憶があるわけではなかった。
でも、なんとなく覚えている。そう思わせる景色だった。
しばらく歩いていると、向こうから人影が行列となって近づいてくるのが見えた。
次第に距離が縮まっていく。
異世界の事をよく知らないのにここの住人とエンカウントして大丈夫なのだろうか。
光輝は気になったが、案内をするリティシアが歩みを止めようとしないので、一行が足を止めることはなかった。
はっきりと見える距離まで近づいた。
相手は人ではなく悪魔の軍勢だった。槍や剣を持って武装までしている。
光輝はやばい逃げたいと思ったが、ゼネルとリティシアが動じなかったので動く機会を失ってしまった。
「ご安心ください。彼らは味方です」
「お兄ちゃんの親衛隊長のアクバンさんや」
「へえ、親衛隊長」
その悪魔達を引きつれた隊長は大柄で背の高い恐そうな悪魔だった。彼はぎろりとした目で光輝を見て、続いてゼネルに話しかけた。
「司祭殿、リティシア様を連れてどこへ行かれていたのですかな? あなた方がいない間に我が国には竜が現れて大変だったのですぞ」
「竜が相手ではシャドウレクイエムが無ければ太刀打ちできまい。転生された王を迎えに行っていたのだ」
ゼネルは本当はリティシアを王として君臨させるために王の炎を手に入れに行っていたのだが、いけしゃあしゃあと誤魔化した。
親衛隊長はまじまじと光輝を見た。光輝は背筋をぴんとさせて緊張してしまった。
「その黒と金の瞳はまさしく王。だが、本当に王なのですかな」
言われて光輝は自分がカラコンをしたままだったのを思い出した。眼帯は邪魔だったので風呂に入った時に外していたのだ。
朝に鏡を見た時にも気づいていたが、郁子が家に来たら外してもらおうと思っていた。
結局彼女は来なかったし、希美を誤魔化したり出かける準備をしたり、いろいろあってすっかり忘れてしまっていた。
ゼネルとアクバンの話し合いは続く。相手は折れなかったようだ。ゼネルは少し苦し気だった。
「相変わらず疑り深い奴だ。やはり闇の炎を見せねば分からんか」
「あのおっちゃんのせいであたしも認められんかったんや。お兄ちゃん、あれを見せてびびらせたって」
「うん」
リティシアの言いたいことは分かっている。どうにも避けられそうになかったので、光輝は右腕の包帯を取ることにした。
みんなが見ていることに緊張しながら、精神を集中する。
そして、呼び覚ます。
「闇の炎よ出でよ。シャドウレクイエム」
「おお!!」
呼べば炎はすぐに湧いて出た。元より出たがっていたのに包帯で封印していた炎だ。精神を集中する必要も無かったのかもしれない。
光輝の腕から吹き上がり続ける漆黒の炎に、みんなが驚嘆の眼差しを向けていた。
希美が目をキラキラと輝かせ、ゼネルとリティシアも久しぶりに見るそれにやはり尊敬の念を抱いていた。アクバンはひざまづいて頭を下げた。
「その炎はまさしく王! 疑ってすみませんでした!」
「分かればええんや」
「では、我らの城へ向かいましょう」
「うん」
威張っていた相手を屈服させられて、リティシアとゼネルはとても気分良さそうに勝ち誇っている。
光輝は右腕の包帯を巻こうと
「今度はあたしが巻いたるわ」
したらリティシアが寄ってきて巻いてくれた。
やはり光輝は照れくさくなって目を逸らしてしまった。
準備が出来てから城へ向かうことにした。
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