第14話 昼休み

 そして、何事もなく午前中の授業が終わった。

 あれから騒ぎが起きなかったのを物足りなく思ってはいけない。平常なのが一番だ。光輝は何も好き好んで騒動に巻き込まれたいと思っているわけでは無かった。

 これから訪れるのは昼休みだ。光輝が先生の気にしたことに気付いたのはその時のことだった。

 賑やかな教室で光輝はいつものように一人で弁当を食べようと思った。郁子も隣で黙々と一人で弁当を食べている。

 食べ始めるの早っとは思ったが、どうりで今まで気にならなかったわけだ。彼女は影のように人と関わらない存在だった。

 静かに味噌汁を啜っている。

 弁当に味噌汁? とは思ったが、突っ込むのは止めておこう。自分には自分の弁当がある。流儀や好みもあるだろう。

 光輝も静かに自分の弁当と向き合うことにした。

 そこに妹の希美がやってきた。教室の入り口から元気に顔を覗かせて、自分の弁当の入った包みを見せながら宣言する。

「お兄ちゃーーーん、一緒にご飯食べよーーー」

「何で!?」

 いつもは自分の教室で食べているのに珍しいことだ。どうでもいいけど大声で宣言するのは止めて欲しい。恥ずかしいから。

 隣を見ると、郁子の静かな瞳と目が合ってしまった。いつから見られていたのだろう。

 気恥ずかしく思いながら、光輝はとりあえず紹介することにした。

「妹です」

「知ってる」

「だよね」

 悪魔が現れた時に、郁子は教室にやってきた希美を目撃していた。だから知っているのは当然だった。郁子が呟く。当然のことのように真顔で。

「闇の王の妹なのね」

「そういう言い方止めて」

「闇の王の現世での妹なのね」

「そういう言い方、希美の前ではしないでよ」

「分かったわ」

 希美は前世とか現世とかそういう言い方が好きなのだ。あまり調子付かせるような発言はして欲しくはなかった。

 郁子は素直に頷いて自分の食事を再開した。

 そんなことを話し合っている間に、希美は上級生のたむろする教室だということを全く気にしない足取りで乗り込んできて、光輝の前の席に陣取った。

 たいした胆力だと思う。自分なら上級生のいる階の廊下を歩くだけでも緊張するのに。

 そう言ってやると、希美はあっけらかんとして言った。

「だって悪魔の顛末が気になってさ。ん?」

「なんだよ」

 希美の明るい瞳が光輝を見る。その純粋な興味を持った視線に光輝は気圧されてしまう。

 妹は立ち上がってとても喜んだ顔をして言った。

「何それ、かっこいいーーーー!」

「何が? 隣の囲いがか?」

 つい焦ってつまらない冗談を言ってしまう。

 隣でもくもくと自分の弁当を食べていた郁子が箸を止めて、

「プッ」

 ご飯を吹き出していた。悪い、そんなつもりは無かったんだ。こんな冗談で笑ってくれる人がいるのも予想外だった。光輝は彼女とご飯に心の中で謝った。

 さて、今の現実と向き合わねばなるまい。

 正面では天真爛漫な顔で妹が迫っている。好奇心に欄々と瞳を輝かせながら希美は言った。

「その目だよ!」

「目?」

 どの目だろう。サイコロ? 畳? チャンス? よく分からない。

 希美はさらに調子を弾ませて言った。

「気づいてないの? ほら見てよ」

 身だしなみに気を遣う年頃の女の子らしく、彼女は小さな鏡を持っていた。

 言いながら差し出してきたそれを受け取って、光輝は促されるままに自分の目を見た。

「なんじゃこりゃあああ!」

 つい素っ頓狂な声が出てしまった。それも仕方がないことだ。

 光輝の目が片方、金色になっていたのだから。

「何でこんなことに……」

 全く気が付かなかった。だから先生も気にしたのか。みんなも言ってくれればいいのに。関わりたくない気持ちは分かるけど。

 そんな光輝の目の疑問に答えたのは隣の席に座っている郁子だった。

「さっき付けたコンタクトよ」

「あれか」

 鏡の中では黄色いのに視界が黄色くないから全く気が付かなかった。黒板とか普通に見える。

「視界の妨げになるようじゃ戦場では使えないからね」

 郁子は少し自慢げに笑みを浮かべている。スマホでは負けたが、今度は自分の道具が優れていると自慢できて嬉しいのだろう。

「とにかく、早く取らなくちゃ」

「不用意に触っては危険よ」

 指を目に近づけようとすると、語気を強めた郁子の声が止めた。

 言われるまでもない。目に触る度胸なんてあるわけが無かった。ちょっと離れたところで指を止めて揺らしてしまう。

「でも、どうすれば……」

「微弱な闇の力を使って取るんだけど、あなたはまだ闇の世界に踏み込んだばかり。しばらくは付けておくことをお勧めするわ」

「そうするか……」

 確かに郁子の言う通り、悪魔がまた来るのなら、魔の力が計れるらしいこのコンタクトをまだ付けておく方が安心なのかもしれない。

 それを実際に計ったことはまだ無かったが。それよりも問題は別にある。

「こんな目じゃ授業を受けられないだろう」

 問題はそこなのだ。先生からの注意は避けられないだろう。

 今はスルーされていても、いつまでも続けていたら呼び出されてしまう。

 別に遊んでいるわけでもないのに。

「わたしの剣のように許可を取れば」

「僕は騒ぎを広げたくないんだよ」

「そうね。奴らに居場所を気づかれるきっかけになるかもしれない」

 二人して悩んでしまう。

 そこに助け舟を出してきたのは希美だった。

「お兄ちゃん、とりあえずこれを付けて目を隠しておいたら」

「これか」

 妹から受け取ったのは黒い眼帯だった。確かにこれなら黄色いコンタクトよりは目立たないかもしれない。

 妹がなぜこんな物を持っていたのかは知らないが、とりあえず付けてみることにした。

 片方の視界が黒くなって見にくくなった。

「見にくいなあ」

 上にずらすと何故か希美が猿のように手を叩いて喜んでいた。何が面白いんだろうか。光輝にはよく分からない。

 付けるか外すかどちらがいいだろう。考えているうちにチャイムが鳴った。

「大変、教室に戻らなくちゃ。お兄ちゃん、またね」

 希美が急いで自分の教室に戻っていく。

 眼帯を返す機会を逸してしまった。ならばしばらく付けてみるか。

 そう思いながら、次の授業が始まった。

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