第4話 繰り返される悪夢
綾野がアパートに着いて、部屋に入ろうと
ドアを開けたときだった。
「綾野先生ですね。」
1年前、その台詞でクトゥルーを復活させ
ようとする事件に関わってしまった。また繰
り返すのだろうか。前回と違うのは女性の声
なのと、すでに何らかの事件に巻き込まれて
いる可能性がある、ということだった。どち
らも良いこととは思えない。綾野の頭を不吉
な予感が過ぎった。
「そうですけど、あなたは。」
「突然お邪魔をしまして申し訳ございません。
今朝からお宅と大学のほうに何回かご連絡を
させていただいたのですが、ご不在だったも
のですから。」
「そうですか、確かにずっと外に出でいまし
たから。それで?」
「はじめまして、私は鈴貴産業の拝藤ともう
します。」
「ちょっと待ってください、鈴貴産業と云え
ば、ダゴン秘密教団の。」
「そうです、そのとおりです。でも勘違いし
ないで下さい。我が主は数十年の間復活する
機会を失ってしまいましたが、今回あなたに
お話があることは、直接我が主と関係のある
ことではないので、あなたと敵対するつもり
はありません。ここでは詳しい話でできませ
んから、中へ通していただけませんでしょう
か。」
日本人には見えるが、整いすぎた顔立ちは
美しいというより妖艶という表現のほうが当
てはまるような二十歳そこそこの女性だった。
もしかしたら新たなる厄災を運んできたのか
も知れない。私を何に利用しようと云うのだ
ろうか。田胡氏には一瞥以来遭っていない。
勿論今は田胡氏ではないかも知れない。名実
共に、だ。
ある程度覚悟を決めて彼女を部屋に通した。
「綾野先生には初めてお目にかかります。私
は田胡氏の同僚とでもいいましょうか、先程
も名乗りましたが、拝藤と申します。先生に
は正体を隠すつもりはありませんが、多分ご
想像される通りです。」
「あなたは、あなたの主の復活という一大事
の時になぜ居なかったのです。」
「疑問に思われるのは当然です。田胡と私が
居れば先生達の活動も無駄に終ったかも知れ
ませんものね。でもあの時私は丁度冬眠の時
期に当っていたのです。数百年周期に一度十
年間は目覚めないのです。私が目覚めた時に
は全ては終っておりました。本当に残念なこ
とです。」
何か他人事を話しているように見えるのだ
が、本当は怒り心頭に発しているのではない
だろうか。穏やかな顔からは想像できない。
「貴女にとっては残念でしょうが、人類にと
っては幸いでした。」
「今日はそんな話を蒸し返しに参った訳では
ないのです。今日先生が眼になさった事に関
してある申し出をもって参ったのです。」
拝藤女史の言葉には人を騙そうとか、何と
か説得しようといった気負いや衒いは無い。
ある意味、田胡氏や彼女には、その眷属であ
り手下とも言うべき深き者どもやインスマス
面の人間達より信頼が置けるのかも知れない。
その彼女の話とはいったいどんなことなの
だろうか。
「私が見たものとは?」
「綾野先生が今日ご覧になった縦穴のことで
す。あの穴の更に深いところには何があると
お思いですか。」
私は、正直な感想を述べた。
「今得ている情報からは、どんな結論も推論
も建ててはいません。ただ、貴女がいらっし
ゃったこと、地の底深くに存在するかもしれ
ないもの、そう考えていくと自ずと想像はつ
きます。それが正確なのでしょう。」
「さすが、ご明察、とでもいいましょうか。
その通りでございます。彼の者は我が主とは
全く別者なのですが、人類から見ればおなじ
『旧支配者』の範疇に入れられているのでし
ょう。」
「そうでしょうね、私達にとっては強大な力
を持っている点であなた達の主と遥かなる地
下世界に封印されているものとの違いはあり
ません。共に封印を解くわけにはいかない存
在としては全く同じですから。」
拝藤女史の話は先が見えなかった。地の精
として分類され、ハイパーボリアのヴーアミ
タドレス山の麓にある深淵に閉じ込められて
いる筈の『ツァトゥグア』について、彼女が
一体どんな話があるというのだろうか。
「しかし、なぜあんなところに穴が繋がって
いたのでしょう。」
「そのことについては、私どもでも情報は掴
んでおりません。彼の者については他の星か
らやってきたことも含めて謎が多いのです。
我が主も他の天体からやってきた事はおなじ
なのですが。」
「なるほど、それで私に一体どうしろと仰る
のですか?」
「先生には今の調査を直ぐに止めていただき
たいのです。信じていただけないのかも知れ
ませんが、それが先生達にとって最善の選択
となることでしょう。」
「どういう意味ですか。なぜ、調査を止める
ことが最善の選択になるのです。それはあな
た達にとってどんな影響を及ぼすと言うので
すか。」
彼女の申し出は全く以って納得のいくもの
ではなかった。単純にツァトゥグアの開放を
助けるためだけに私達の調査を止めさせたい
のなら、そんな話は利ける訳が無い。ただ、
そんな一方的な話で態々出向いてくるとも思
えなかった。何か裏がある筈だ。
「私達にとっては主の復活が全てであって、
他の神々、敢えて神々と呼ばせていただきま
すが、その神々の封印を解くことについて積
極的に手助けをするつもりはないのです。む
しろ、他の神々が復活して我が主が封印され
たままとすれば、私達は他の神々に滅ぼされ
てしまうかも知れないのです。ツァトゥグア
やクトゥグアについては、特に気を付けなけ
ればならないと思っております。ナイアーラ
トホテップは全ての味方であり全ての敵でも
ありますので。もともとナイアーラトホテッ
プは封印されているようには見えないかもし
れませんが。」
「そんな風に名前を呼んでも大丈夫なのです
か?私達が言葉にすれば大変なことになって
しまうでしょうに。」
拝藤女史は落ち着いている。何を畏れてい
るのか、理解できない風だった。
「ああ、私やあなたが口にしても多分大丈夫
ですよ。あなたたちはとても気にしておられ
るようですが、元々彼の者達の名前は人間に
発音できない部分が必ず含まれていますので、
ナイアーラトホテップなどが聞き耳を立てて
いない限り大丈夫です。ただ、この部屋はナ
イアーラトテップにとっても興味がある人間
が住んでいるので聞かれているかも知れませ
んね。」
「おっ、驚かすつもりですか。でも大体の話
は判りました。つまり、貴女の主に敵対する
ような旧支配者の復活は望んでいない、と言
うことですね。でもそれなら調査を続けるほ
うが、貴女の意向に沿うのではないのです
か。」
「そう結論を急がないで下さい。その辺りを
これからお話するつもりなのですから。」
それから、拝藤女史が話した内容は全くも
って驚くべき内容であった。
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