第2章 電脳世界の呼び声

第7話 津森ろんこの麻雀部

「あ、あのー……。門衛くーん……」


 お前すげーな、さっきの計算どうやったんだよ、とクラスメートから質問攻めを受けていた俺だったが、集団に一歩離れた所から控え目に俺を呼ぶ声に気付いた。女子の声だ。

 数学に関しての質問から性癖などの質問にシフトしやがったアホどもを押し退け、俺はその声の元を探る。

 そこには、えらい黒髪ロングの美少女がいた。

 気持ちを落ち着かせるように黒縁眼鏡をさすりながら、手や足をモジモジとさせている。あんまりこういう頭悪い表現は使いたくないがあえて言おう。ありえん良さみが深い。

 確か……名前は津森論子ツモリ ロンコとか言ったか。上はともかく、下の名前はうろ覚えだが。


「んー?どうかした?」


 俺なりに考えに考えての返答だ。

 いつも男友達にやってるみたいな「あん?なんだよ?」では怖がられてしまうかもしれんし、だからってイケメン優男風に「やあ津森さん、何か用かい?」は、俺がやってもキモイだけだろう。

 俺は女子のいる『会』には参加できても、女子と二人きりの『デート』には持ち込めない、典型的な『周りがリア充ばかりだけど一人だけいる非リア充』だからな。好かれも嫌われもせんのがまた余計悲しい。どうせずっと、これから先も一生いい人止まりなんだよ……ちくしょう…………。


「ど、どうしたん!?急に卑屈なこと言い出して!?」

「ああ、悪い悪い。考えてることを無意識に口から出してしまう病気なんだ」

「そ、そうなん…?」


 今年初めて一緒のクラスになったし、あんまり目立たない子なので喋ったこと無かったが……。意外や意外、関西弁だな。

 方言フェチという言葉があるが、なるほど。小柄で可愛らしい子がか細い声で関西弁喋ると、なんかすごい癒されるぞ。


「あ!そうそう、門衛くん!本題で……お願い事があるんやけど……」

「お、なんだ?」


 あまり正面から近距離で話すことはなかったが…。こうして見るとこの子、クラスでも1、2を争う可愛さじゃないか?

 そんな子に『お願い事』を頼まれて、男として悪い気はしない。するわけがない。

 さぁ、どーんと俺に任せんしゃい。


「さっきの、数学の計算の早さを見込んでのことやねんけど……。お願い!うちの麻雀部に来てくれへんかな!?」

「……え」


 麻雀?今この子、麻雀部っつった?

 なんだか雲行きが怪しくなってきたトークに笑顔をひきつらせつつ、聞き返す。


「えっと……麻雀部?だったっけ?失礼だけど、そんな部あったっけ……?」

「あ、あれー……?一応、部活紹介のプリントには書かれてたと思うんやけどなぁ」

「……さらに失礼を重ねるけど…部員数は?」

「…………わ、私と、あと二人……だけ」

「四人打ちすら出来ねえじゃねーか!?」

「さ、三人打ちのお店もあるし!四人打ちだけが正式ルールってワケじゃないし!」

「はぁ……で、俺が入ったら四人打ちが出来る、ってことか?」

「う、うん……あと、点数計算とかやってくれたらうれしいんやけどな、って……」

「俺は電卓か何かと思われてんですか!?」

「……まあ実際、今の部費じゃあ電卓買われへんし……」

「電卓も買えねぇ部費とか、それ本当に部として認められてんのか?」

「いや、新しい卓を買うのに使っちゃって……」

「部員三人しかいないのに何やってんの!?2卓もいらねーだろ!」


 メチャクチャだ。

 話を聞く限りこの子が部長っぽいが、計画性の欠片もない。

 ……はあ。というか、俺は……。


「悪いけどさ、俺、帰宅部のエースだから。部活やって青春することを許されていない人種だから。ごめんな?」

「そ、そう言わんと!そ、そうや、一回、うちの部に来てくれたら……。今日暇?」

「あいにく、約束がある。じゃーな、お前ならもっといい男を見つけられるさ」

「なんでウチふられたみたいになってるん!?ちょ、ちょっと待ってってー!」


 やれやれ、しつこいなこの子も。

 俺はため息を吐きながら、もう一度お断りの意思を伝えようと振り向いたが……。

 結果として、それは言えなかった。


「お願いやてぇ……」

「うっ!?」


 涙目で、上から目線で、手を組んでお願いしてくる少女の頼みを、健全な高校生男子が断れるハズもなく…。


「はぁーあ……」


 俺はチャイムをため息で掻き消し、昼休みに、アイツらに謝りに行くことを決めたのだった。



「麻雀部ぅ?」

「ああ。本当に悪いんだが、今日のトゥエスタは夜にしてくれないか?」


 昼休み、俺と斗月と夏矢ちゃんは、コンビニで買ったパン食を、わざわざ1テーブルを陣取ってまで学食に食いに来る。

 今日の放課後、先にしていた約束……例のゲーム世界に今日も三人で行ってみようという約束を、夜にずらしてほしい旨を伝える。


「いや、別にいいけどさ。いつもゲームは夜やってるし」

「私もいいわよ。怜斗の都合に合わせるのはシャクだけど」

「悪いな、サンキュー」

「でもなんで麻雀部?ルール知ってたっけ、お前?」

「『〇-s○ki-』読んで、ゲームもやった。あとはたまにネットで暇潰しとしてやってる程度」

「まあ、あんたは確かに得意そうよね、ああいう頭使うの」

「そうか?俺、麻雀ってほぼ運だと思うんだけど……」


 人が安い役でコツコツと積み上げてきたトップを数え役満でボコボコに叩き潰すのはどうかと思うんスよ。いや、それが本来の麻雀の面白さなんだろうけど。


「まあそんなワケだから、今日は夜に各自で鍵を使うってことで頼むわ」

「おう。麻雀頑張れよ、というか津森さんをオトせるよう頑張れよ」


 余計なお世話だチャラ男。


「せいぜい『怜斗は大変な役でハコにされました』なんてことにならないように頑張りなさいよ」

 ……どんなに運が悪くても、役満以上はされないように頑張ろう。これは、負けたらそのフレーズで馬鹿にするぞという予告だろうからな。

 俺は苦笑しながら、ふと思い立って、スマホの星占いアプリを見た。

 双子座は……一位。

 しかもラッキーアイテムは、今ちょうど頬張っている、この『エクレア』だった。



 学活、そして終わりの挨拶を済ますと、津森さんは大急ぎでこちらへ走ってきた。

 そして腕をがっちりと鷲掴みにすると、また例の上目遣いである。

 ……率直に感想を述べると、『もう麻雀とかゲームとかどうでもいいからこのままデート行きたい』である。

 正直、たまりません。


「さっ、行くで!麻雀部!」

「やれやれ……行き先を映画館とかにしてくれないかな……」

「え?何て?」

「いいや。こっちの話」


 残念ながらこの子の頭は今、麻雀牌でいっぱいのようだ。

 ヒューヒュー、と何やら古めかしい囃し立てから逃げるように、俺たちは麻雀部の部室を目指して歩き出した。


 輪通学園旧館三階、別称文化部の部室棟の、階段に近い方から五番目。

 麻雀部は、ドアに『まーじゃん』と書かれた看板がぶらさげられているだけの、お粗末な外観だった。

 他の部が『初心者歓迎!』やら『文学部!読み専の人も来てね!』など、比較的近付きやすい看板なのに比べ、ここの無愛想でやる気のない看板は、前を通りすぎることすら躊躇われる。


「……部員が少ないのはこういう所のせいだと思うんだが」

「ぶ、部費がなくて……」

「部費がないなら自腹ででも、自腹切りたくないなら画用紙に可愛い絵を書いて看板代わりにするでもした方がいいぞ。じゃないと、いつまでも部員が増えなくて部費が少ないままだ」

「く、詳しいんやね……?」

「まあな。マネージャー的知識についてはけっこう明るい方だ」


 まあ、も○ドラに影響受けて、マ○ジメントとか経営学とかの本を少し読んだだけなんだが……。

 ……なんてことは、今は言わぬが花だろう。


「じゃあ、入ろ!」

「ああ」


 俺が放課後に部室に赴くことを了承して以来、津森さんはめっちゃ機嫌がいい。

 ……俺の「見学に行くだけだぞ?別に入部するとは言ってないからな?」という台詞、聞こえてたんだろうか……?

 そんな俺の懸念にも全く気付いていないであろう元気100倍津森さんは、意気揚々と部室の扉を開いた。

 ……が、部室の中には。


「ん?あ、ロンっちおはよー」

「あ、部長……と、その隣の人は……?」


 麻雀の卓の上には、だらしなくスナック菓子が広げられていた。

 部員の一人、活発そうな方は、いかにも『短パン履いてるから大丈夫!』って感じで、無防備にあぐらをかいて座り、マ〇ジンを読んでいる。

 もう一人、マスクをしている暗そうな方は、椅子の上に正座して携帯ゲームをしている。

 ……麻雀部、ねぇ。

 俺は横を向き、天使の笑顔をひきつらせている津森さんに爽やかなスマイルを投げ掛けた。

「じゃあな」

「待ってぇぇぇー!」



「もう!チーちゃん、卓をテーブル代わりに使うのはやめてって言ってるやろ!?」

「サーセン(笑)」

「反省が見られへん!……ていうか、ポンちゃんも!ゲームばっかりしてたらあかんやろー?」

「大丈夫です。麻雀に全く関係のない、アクションRPGなので」

「何一つ大丈夫ちゃうしっ!」


 へらへらと笑うダメ部員、チー子(名前不明)とポン子(名前不明パート2)に、プンスカと可愛く怒りながら説教する津森さん。

 さては新入生の部活見学の時もこんな感じだったな?……いや、そもそもこの部に見学に来るような奇特な生徒がいたかどうかも怪しいけど。

 津森さんに見つからないように、卓に広げられてた菓子をこっそりとつまむ。


「ご、ごめんな門衛くん?こんなやる気のない部活で……」

「……まあ予想はしてたけどな」

「ねーロンっち、その人誰ってば?彼氏?」

「ち、違うわ!……えーと。入部希望者?」


 …………………………。

 切れ味抜群の微笑みで津森さんを睨み付ける。可愛い女の子とはいえ、嘘はよろしくないなぁ。


「ご、ごめんて……。えっと、スカウトしてきたんよ。得点計算係として」


 ………………………………………。

 無言で津森さんの髪をいじくる。可愛い女の子とはいえ、客を電卓呼ばわりはよろしくないなぁ。

「ちょ、勝手に人の髪でお団子作らんといて!?ちょっ、ちょ……。…………なんでそんな上手いん!?」

「ポニーテールも出来るぞ。髪フェチを1%でも持つ男なら、自分の好きな髪型タイプは結えるようにならんとな」

「……今まであんまり親しくもなかった女子に、そういうんは暴露せん方がええんちゃう……?」

「割と引きました……」


 えーいやかましい。従妹が家にいるから髪が結えるって正直に言うのがなんか恥ずかしかったんだよ、察せ。

 俺がせっかくキレイに結ったお団子は、即効で解除されてしまった。

 ちょっと拗ねながら自己紹介する。


「俺は門衛怜斗。津森さんに無理矢理見学に連れてこられただけの、ごく一般的な暇人だ」

「へー。私には名乗るような名はないんで、適当にハリケーン右大臣とかチー子とか呼んでね」

「右に同じく、最終兵器老婆とかポン子とか呼んで下さい」

「ああ、よろしくな。ハリケーン右大臣、最終兵器老婆」

『なんでそっち選んだの!?』

「はいはい、はよお菓子片付けてなー。麻雀やんでー」


 チー子とポン子は納得いかなげに首を傾げながら麻雀の準備を始めた。

 菓子の袋が取り除かれ全貌が露になった卓は、リサイクルショップに売れば結構な値がつきそうな、本格的な物だった。


「さ、やるで!」


 津森さんはそう言うと、囚人が自分に繋がれた足枷を引きちぎるように、眼鏡を外した。……拘束具か何かなんだろうか。

 カッ!というどこぞのハイカラRPG的なカットイン効果音が入りそうな気迫が、津森さんから溢れ出す。

 さて、俺もちょっとは頑張るかね…。



 結果から言うと、星座占いは正しかった。

 眼鏡を外してリミットオフしたかと思われた津森さんはどうも今日はヒキがよくなかったらしく、東風戦八回目の今でも最高得点は跳満1万2000点である。

 チー子も、初っぱなから国士無双ぶちかましたのには驚いたが、そのあとはたまに安い手でアガったり3巡目でリーチかけたのに最後までアガれなかったり、後半戦はパッとしなかった。

 ポン子は……。意味もなく英語で言うとすれば、『オールウェイズハコ』だ。どんだけ運が悪かったらあんなに負けられるのだろうか、甚だ疑問である。

 さて、東風戦八回目もオーラスなのだが……。


「あ、それロンな。しかもハイテイ」

「うにゃああああ!?」

「安心しろ、あれとそれとこれとドラ二枚と……。えー、占めて8000点だ」

「がああああ!逆転ドベ!?」


 最後の最後に俺がチー子にロンしたことにより、ポン子が三位浮上。

 結果は俺一位、津森さん二位、ポン子三位、チー子四位だ。

 へへへへへ、へへ、へへへへへへへへ。流石俺。天才雀士怜斗とは俺のことよ!

 え?麻雀は運とか言ってなかったかって?知りませんねそんな言語。ンデゥルガコロバッカル語ですか?是非サジと友達になってあげて下さい。


「いやー、ホンマ強いなぁ門衛くん」

「まあなまあな!」

「ほんと流石だよ、マジかっけー」

「まあなまあな!」

「本当、プロ雀士並みの才能ですよ」

「まあなまあな!」

「そんなわけで、入部してくれへん?」

「まあなまあな!」

「じゃあ、この入部届にサインしてな」

「まあなまあ……あん?」


 ヨイショされたり調子がよかったりで気分が高まって、正常な判断が出来なくなっていたようだが……。

 よく考えたら、今回の調子のよさは不自然すぎた。

 まるで、そう。

 俺の『当たり牌を知っててわざと振り込んでいる』ような……。


「…………いや、気のせいか」


 このポンコツども(残念ながら津森さんも込みである)に、そんな手の込んだ工作ができるとは思えん。

 きっと俺の運がよかっただけだろう。

 沢山勝てていい気分になれたんだし、余計な詮索をするのはよしておこう。


「まあいいや。津森さん、俺、バイトとかもやる予定あるから参加できる日は限られてくるけど……それでもいいか?」


 もちろんバイトは嘘だ。『オンラインゲームの世界に入って冒険するので忙しい』とか言えるわけがないしな。


「う、うん!……助かったわぁ……。今月中に新しく部員が入ってこんかったら、廃部になってたかもしれんかってん」

「そうなのか?」

「そなの?」

「そうなんですか?」

「そうやねん……って、チーちゃんとポンちゃんには説明したやろ!?」

『そうだっけ?』

「も、もぉぉぉーっ!」

「やれやれ……」

 こうして俺は、あれだけ嫌がっていた部活を、ノリと気分だけで始めることにしてしまったのだった。



 その後、怜斗が退室したあとの麻雀部部室。

 女子三人は、密かにガッツポーズしていた。


「いやあ、うまいこといったなぁ……」

「卓の角にミラーをつけることで、レイっちの当たり牌が分かるトリックねぇ……」

「よくこんなの考えつきましたね」

「ふふふ、門衛くんには何としてもうちの部に入ってもらわなあかんかったからな。騙すようなことをしたのは心苦しいけど……」

「まあ、仕方ないですかね……必要悪ってよく言うし」

「だねー」


 その会話は三人以外の誰にも知られることなく、春の夕暮れの校舎の窓に解けていった。

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