第5話 ボッチイーター

「神狩り?」


 人類3人の声が揃う。

 神狩りって言ったら……アレか?モン○ンに並ぶ狩りゲーとして有名な、あのゴッドイートするゲームのことか?ちなみに俺はア○サ大好きです。どん引きです。

 たしかに、ネットゲームの世界でプレイヤーが3人も揃えば、「じゃあ適当にボス狩りに行こうぜ!どの素材欲しい?」みたいな話になるのは自然の摂理なのだが。この3人で何度フル○ル狩りに行ったことか。

 ジェイペグはどこから出してきたのか、薄型のノートPCをカチカチ操作して、何やらぶつぶつと独り言を言っている。肉球がついたかわいらしい手で、意識高い系大学生顔負けのブラインドタッチをしている姿は、若干シュールだ。


「ねぇキーピー。ジェイペグは何してんの?」

「お主らの現時点でのステータスをもとに、ギリギリ倒せるくらいのボスモンスターを設定しているんじゃよ」

「やっぱ狩りか。おい世葉、先に言っとくけど逆鱗出したらマジでキレるからな」

「何よ、ゲームごときでそんな必死にならないでよね。……あ、でも怜斗、私より先に宝玉出したら殺すわよ」

「ほとんど俺に狩らせといて何様だお前ら!誰のおかげで武器コンプできたと思ってやがる!?」

「静かにしろ。そろそろ設定が終わって……来るぞ」


 ナウドのその声と共に、ジェイペグが最後のエンターキーを叩く。

 俺たちはしょせん、全員レベル4程度。

 なぁに、神狩りとか大層なこと言っているが、始めたての低レベルプレイヤー3人でも狩れるような相手だ。そんなめちゃくちゃな奴は来ないだろう。

 と、タカをくくっていたのだが。


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


 カラクリ仕掛ケノ巨塔が動いた時にも、ドスンと腹に重く響くような轟音が鳴ったものだが、これはそれとは比べものにならない、轟音を通り越した爆音。

 あっちの轟音が体を揺さぶるものなら、この爆音は、大地をも揺さぶる超振動。ベニヤ板を膝蹴りで割るような容易さで地面がひび割れ、隆起し、断層……大規模で致命的な地割れを形作る。

 大地がこの音を呼んでいるのか、この音が大地を呼んでいるのか。これだけの音の中、一切の天変地異が起こっていないのが逆に恐怖である。

 そしてその割れた大地から、大きな影がのろのろと、低血圧の目覚めのようにのんびりと……起き上がった。


「このチュートリアルのボス、『ダイダラボッチ』だよ」


 ずんぐりむっくりで歪な3頭身。左目だけギョロリと飛び出した目玉。虫を思わせるような黒光りしたギトギトの肌。それはまるで黒一色のクレヨンで子供が描いた落書きのような、一つ一つの要素を上げていけばキリがないくらい不気味で嫌悪感をかきたてる造形。

 そしてなによりも言葉を失ったのは、そのサイズ。

 俺を1、巨塔を30という具合の比で表すならば、この怪物は100以上。数秒見上げているだけで首が疲れてきそうだ。某電波塔の高さを優に超えているであろう、もはや『頭悪い』としか形容できないサイズ設定。


「…………って、無理があるだろォォォォォォォォォォォ!!」

「おいこらジェイペグ!!絶対設定ミスだろこれ!!」

「やだなぁトヅキ、見た目だけで強さを判別しようだなんて。大丈夫大丈夫、見た目ほど強くもないゆるめな敵だよ」

「怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪怪」

「ヒィィィィィィィィィィィィ!聞いたこともないような声で叫んでる!!文字化できない感じのデスボイス!!」

「ち、ちょっと、マジで無理!キモイ!!攻撃受ける前から死んじゃうぅぅぅ!!」


 ダイダラボッチのサイズやビジュアルや明らかな強キャラ臭に、すでに戦々恐々の俺たちだが、すでに戦闘は始まっているわけで。嫌だと言っても無理だと嘆いても、『殺らなきゃ殺られる』状況がすでにそこには構築されているわけで。

 知性のある俺たちと違って、プログラムと乱数で動く怪物に、『待った』は通用しない。

 ――何か、迫っている。ヤバイ。

 脳内で途切れ気味にガンガンと、警鐘が鳴り響く。何かが迫っている、あと数秒で取り返しのつかないことになる、とてつもなく強力な何かが。

 いつになく集中し、目を凝らして周囲を見回す。


「なっ…………!?」


 夏矢ちゃんの足元からすぐそばの地面が、ボコボコと沸騰する熱湯の水面のように、不規則に揺れ動いているのを目視する。

 危機感の正体はこれか…………!

 手遅れかもしれないという疑念、もっと早く気付いていればという後悔を振り払って、大地を蹴って全速力で走る。敏捷性ステータスの上限を超えたスピードが出ることを祈って。


「夏矢ちゃん!!危ねぇ!!」

「えっ?」


 ボコボコという地面の揺れはしだいに大きくなり、直径1メートルくらいの円を描くように、そこだけが周りの地面から隔絶される。

 強く踏み切って、夏矢ちゃんに向かって大きく跳ぶ。

 地面から黒い何かが一部だけ顔を覗かせたのが見えた瞬間、俺の体と夏矢ちゃんの体がぶつかった。


「きゃあっ!?」

「伏せてろ!」


 夏矢ちゃんの体の上に覆いかぶさって丸くなった背中の上を、熱を持った何かがすごい速さで掠めていく。

 恐る恐る顔を上げると、遥か遠くの地面にペットボトルロケットの親玉みたいな黒い鉄塊が墜落して、ギャグマンガみたいに爆発するのが見えた。そのギャグマンガみたいな爆撃を生身で喰らったらどんだけ痛いかなんて、想像したくもない。

 このまま寝てても危険なだけだ。俺は何故か顔を赤くしている夏矢ちゃんの手を掴んで起こし上げた。ファイト一発。


「大丈夫か?」

「ゆ、油断してたわ……その、ありがとって言っとく」

「イチャイチャしてねーでお前らも戦え!」

『誰がこんな奴と!!』


 斗月はすでにダイダラボッチの足元に喰らいついて、バシバシとヨーヨー攻撃を続けている。しかし、ダイダラボッチにとっては足の親指ほどの大きさしかない斗月の攻撃は、全く効いている様子はない。

 それどころか……。


「偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶偶」

「ぐっはぁぁっ!?」


 今まで完全静止を決め込んでいたダイダラボッチの本体が、突然地団太を踏むように動き出し、斗月が大きく後方へ蹴り飛ばされる。

 ゴロンゴロンとじゃがいものようにこちらへ転がってきたかと思うと、ケツを突き出したうつ伏せ状態という、なんとも間抜けな姿勢で止まった。これだけ乱れ転がってもメガネが取れていないのがちょっと笑える。


「……めちゃくちゃ痛ぇ。たぶんもう一発同じの喰らったら死ぬ」


 げっそりと絶望した斗月の手を取って起こし、ダイダラボッチから距離を取る。

 突然の攻撃に警戒しながら、この状況を打開する案を練る。


「どーすんだこれ……ジリ貧ってレベルじゃねーぞ」

「通常攻撃じゃどうしたって無理よね……まだスキルとか使えないっぽいし」

「サポートゲージは……ダメだ、まだ半分も溜まってない」

「だーっ、クソ!!なんか一撃必殺奥義みたいなのがあればなー!!」


 バリバリと頭を掻きむしる斗月の言葉に、俺はハッとして指を鳴らした。


「それだ」

『は?』

「悪いけど2人とも、ちょっとの間ダイダラボッチを引き付けててくれ」


 俺は一方的にそう言うと、パン、と1つ手を叩いた。

 メニューを開き、その中から『マニュアル』を表示させる。


「ジェイペグ!何かサポートコンボ以外に、使える奥義みたいなのってないか!?あと、そのコマンドとかも!」

「……悪いけど、それを今答えるのは禁止されてるかな。ただ言えるのは、たしかにサポートコンボ以上の『奥義』はあるよ」

「それだけで十分だ。……マニュアル読んで、まだチュートリアルじゃ教えてもらってない強力なコマンドがないか調べてみる!」

『ええええええええええええええ!!』

「たぶん何かあるはずなんだ!アイテム消費によって放つ究極固有魔法とか、自分の体力全てを消費してラスボスを『大いなる封印』するとか!」

「ひ……ひっでぇ作戦」

「最初のボスの攻略法が『説明書を読む』とか、カクヨムのMMOモノで最低の小説なんじゃないの!?」

「文句ならあとで聞くから、とりあえずマニュアル読んでる間は俺を守ってくれ!」


 厚かましい指示を2人に出して、目の前に浮かぶメニュー画面のマニュアルをめくる。どうやら、通常マニュアルから俺たち用のマニュアルに変換する際に膨大な情報量が増えてしまったようで、ジャンプの仕方なんかまで馬鹿真面目に書いている。

 おまけに、目次がないのがとても厄介だ。本来のマニュアルなら、そんなのもいらないくらいページ数が少ないんだろうが……これは時間がかかりそうだ。


「怜斗!おい、ヤバいって!」

「静かに、気が散る!」


 やたら焦って肩を叩いてくる斗月に対し、俺はマニュアルから目を離すことなく、素っ気ない答えを返す。

 しかし、夏矢ちゃんにも腕を引っ張られる。

 いっつも悪態をつく夏矢ちゃんが俺の腕を握って振り回すなんて、どうやら事態はけっこう深刻みたいだが……。

 ……ん?

 マニュアルの文言の中に、『一部スキルなどの特殊コマンド』というワードを発見する。もしかして、この中に奥義コマンドのことが書かれていたりしないだろうか。


「んなこと言ってる場合じゃないって!隕石みたいな大きい弾がこっちに落ちてきてんのよ!?」

「もうちょいで見つかりそうなんだよ。悪いけど、撃ち落としてくれ」

『はあああああああああああああああ!?』

「マニュアルによると、だいたい戦闘で5分が経過するとサポートコンボ1発ぶんのゲージが溜まるらしい。んで、夏矢ちゃんのサポートコンボならアレを撃ち落とせるだろ?」

「知らないっての!あんな敵弾、当たり判定とか相殺判定とかあるわけ!?」

「おわああああ!!めっちゃ迫ってきてるって!!どうでもいいから世葉、とっとと撃てよぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「もう、どうなっても知らないからね!」


 ヤケクソ気味に、涙目で口角を釣り上げた歪な表情で、夏矢ちゃんは自分のパートナーキャラをんだ。


「どうにかして、キーピー!!」

「任された。……フリードリヒ、召喚に応じよ」


 夏矢ちゃんがキーピーを召喚し、キーピーはさらに、強力な戦力である使い魔を召喚する。キーピーの落ち着いた声を引き金として、大地に巨大な『射手座の魔法陣』が描かれる。

 海に沈んだ鉄塊が、ゆっくりと持ち上げられるように。その戦艦は、力強くもあり同時に幽霊船のような虚ろさも感じる、紫黒しこくの船体をあらわにした。

 ……いつから艦隊こ○くしょんが始まったのですか。ニワトリが戦艦を引き連れてどの海域に出撃しようというのですか。ニワトリが大破したところでどこの誰が喜ぶというのですか。

 俺がマニュアルを読む片手間にしていた失礼な空想をビリビリに破くように、さっきの落ち着いた声とは全く違う大音声が響く。


「全砲門、ファイアーーーーーーッ!!」


 金○デース!

 現実の戦艦ならば構造的にあり得ないのだろうし、もしガッチガチのミリオタがこのゲームをプレイしたら憤るのだろうが、戦艦にごつごつと備え付けられた数十もの大砲・連装砲・ミサイル(?)などなどが一気に発射される。

 バラバラの軌道を描いたそれぞれは、ファン○ルの如く、信じられない急な方向転換で隕石に向かっていき、バッコンバッコンと花火をあげた。

 最後にミサイルが着弾したとき、すでに隕石は跡形もなく爆散しており、いてっ、頭上に欠片の小石が降ってきた。痛い痛い、これダメージ判定あるの?


「すげえ!マジで撃墜できた!」

「ふ、ふふん、当然よ!日本で最もPAC3に近い女とは私のことよ!!」

「それは良い肩書きなんだろうか」


 半泣きになっていた夏矢ちゃんも、この功績を上げたことで調子づいてきたみたいだ。なんとかなりそう、そんな希望を持った笑顔で、ダイダラボッチに向かって銃を連射する。

 いや、希望を持った笑顔というよりは……えっと。


「ふっふふははははは!!何よビビらせてくれちゃって、全然大したことないじゃないのよ!!ばーかばーか死ね死ね!!」

「……ハーブか何かやっておられる……?」

「よくもまぁ、そんな小学生みたいな煽りができるよな……」


 と、とにかく、マニュアル読みに集中だ。

 一刻も早く強力な対策手段を講じなければ……えーと、特殊コマンドの欄には残念ながらそれらしき記述がなかったな。となると、他にそういうことが書いてそうなところと言ったら……。

 全神経を集中して考える。やみくもに無限な文字の海を泳いでいるだけでは、この状況を打開しうる何かを見つけられない。

 断片的な単語を追いながら、次のページへ次のページへ、パラパラとマニュアルを飛ばし続ける。

 『必殺』『コマンド』『妙技』『逆転』『強力』……。

 だめだ、このページでもない。だめだだめだ、ここにも書いてない!

 だんだんと焦ってくる。肩とか目が熱い。なんだか、一秒ごとに自分が無能のバカになっていってる気分だ。

 そんなとき。


「怜斗そこどけ!!」

「うえっ!?」


 後ろから思い切りヨーヨーで弾き飛ばされる。

 尻もちをついた瞬間、俺の立っていた座標にまた黒い隕石のようなものが落ちてクレーターを作った。

 斗月に助けられたことを自覚し、また、望む成果が得られない現在の作業状況に苛立ちを覚えて、ギリリと歯噛みする。俺を守れなんて偉そうに命令しておいて……なにをやってるんだ、俺は。


「悪い、こうでもしなきゃ間に合わなかった」

「分かってる、ありがとよ」

「怜斗、俺らは割と回避にも慣れてきたから、焦らずとっとと、奥義の出し方とか見つけてくれよな!」

「……………………」

「お前が危なくなったら今みたいに殴り飛ばしてでも回避させるから、安心してマニュアルに集中しろ」

「……おう。任せたよ」


 少し安心し、口元が綻ぶ。

 そうだ、弱気になっている場合じゃない。とっとと必殺奥義の使い方を見つけて、2人の負担を和らげなくては。

 夏矢ちゃんは遠距離から銃で攻撃し、斗月は俺の周りで隕石を攻撃するなどして弾き、ブロックしてくれている。この布陣もいつまでもつか分からない……俺が頑張らなくては。

 マニュアルを何十ページくらいめくっただろうか。俺はついに、それらしき単語を目に留めることができた。


「『スタージョーカー』……!これは……来たんじゃないか……!?」


 このゲームの名前は『トゥエルブスターオンライン』。さっき見た公式ホームページの中の宣伝アナウンスでも、『星の物語』などとうたわれていた。

 その大きなひとつのテーマである『スター』と、トランプを使った多くのカードゲームにおいて切り札として扱われることの多い『ジョーカー』……。

 このゲーム内の『奥義』として、この上なくフィットしたネーミングだ。

 さっそく説明を読もうとしたところで、斗月は今度は手のひらで、俺の背中をバンバンと叩いた。


「痛っ、何すんだよ!もうちょいでいけそうなのに!」

「違うって、見ろよアレ!!」

「あ?…………おわあああああ!?」


 一瞬俺はそれを、カラスの大群か何かだと思った。

 しかしそれは、すごい速さで大きくなっていく。

 違う、これは大きくなっていってるんじゃない、近づいてきてるんだ。そう気付いた瞬間、もうひとつひどいことに気が付いた。

 …………これ全部、隕石なの?

 斗月が思い切りヨーヨーをぶち当てることでようやく弾き飛ばせていた隕石弾が、あんなめちゃくちゃな数一気に落ちて来たら、今度こそ回避は……いや、それどころか…………。


「兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆兆」


 ダイダラボッチの言語は相変わらず解読不能だが、なんとなく、俺たちの十数秒後の結末を想像して嘲笑っているようにも見えた。

 急いでマニュアルを読んで、着弾する前に勝負を決めようともしたが、ものの数秒で、自分が焦りすぎてろくに意味を追えていないことに気付いた。文字の上を摩擦係数ゼロで視線が上滑りしていく。

 頭を掻き毟る。クソ、せっかくここまで来たってのに……!


「そ、そうだ!斗月、お前俺に『安心してマニュアルに集中しろ』って言ってくれたよな!?」

「無理!前言撤回!!」

「はーキレそう!そりゃねーわお前!!」

「こっちのがねーよボケ!!あんな流星群止めれるワケねーっての!!つか、『りゅうせいぐん』の扱いならお前のが得意だろ!?」

「いつまで俺の厨パにボコられたこと根に持ってんだよ!ていうかたった5話までで何回○ケモンネタ使ってんだ、あぁん!?」

「知るか!あーもう知らね!!みんなゲームオーバーだバーカ!!」


 夏矢ちゃんに助けを求めようとするも、遠くの方で片手で銃をパンパン鳴らしながら、「アロハ~♪」と笑顔で手を振っていた。や女糞。

 ここさえ乗り切れば勝てるんだよクソッ!ロイヤルが初手で低コスト兵士でガンガン殴れば勝てるみたいに、ここで死にさえしなければ、必勝パターンに入れるんだよクソ!!

 さっきから探してばっかりだ。この絶望的な戦況を打開するためにマニュアルから奥義コマンドを探したり、ピンチを切り抜けるために何か手段がないか必死に脳内を検索したり。

 ふと上を見ると、無数の隕石は等加速度的に落下し、どんどんと迫ってきていた。


「あああああああ、間に合わねえ!斗月、サポートコンボ使え!!」

「あの技じゃこの状況は切り抜けられねぇと思うんだけど……」

「いーから!死ぬなら出せるモン全部使ってからだ!」

「クソが!MMOものなのに全然『俺TUEEEEE』できねえじゃねーか!!」

「メタいこと言ってねーで早く!!」


 閑話休題。

 余談ですが、ネット小説で俺TUEEEEEな作品が一般化しすぎて、作品を読む前の注意書きに『この作品には、主人公たちがピンチになる描写が含まれています』なんて書かれてたりしたらしいですね。困りものです。

 閑話休題終了。


「ナウド!ナウド!助けてナウド!」

「仕方がねぇな……ハインライン!!」


 斗月の頭上に蒼い龍が舞い降りたかと思うと、突如、斗月の装備しているヨーヨーが七色の光を帯びて輝きだす。両手合わせて2つだったヨーヨーは、龍のもたらす輝きによって、次々と分裂し、最終的に計8つに増えた。

 本物のネコみたいに斗月の肩に飛び乗ったナウドが解説をする。


「天秤座のサポートコンボは『武器の強化』……。単にヨーヨーが増えて一撃あたりのヒット数が増えているだけでなく、パワー自体も強化されている」

「お、おおおおお!!これならいけそうな気がしてきたぜ!!」

「え」

「フゥーハハハハハハハ!!フゥーハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


 斗月は俺の前に立つと、落ちてくる流星群を、パワーアップしたヨーヨーをめちゃくちゃに振り回して、ひとつ残らず粉々に砕いてゆく。

 黒い塊がヨーヨーの射程距離を境にバラバラと弾け飛ぶ。その欠片が俺たちを避けて後方へと飛んでいき、まるで真っ暗なトンネルに迷い込んだように視界が黒く染まる。

 ……いや、たしかに助かったんだけどさ。お前らはいちいち発狂しなきゃ必殺技が使えんのかと。


「怜斗!とっとと決めちまえ!!」

「ああ、言われなくてもな!」


 マニュアルには、こう書かれていた。

 『スタージョーカーの発動は、それぞれ次の言葉を詠唱することで可能です。』

 いかにも厨二らしい詠唱文が、各星座ごとに設定されているらしい。

 2秒、3秒、4秒……。双子座のスタージョーカーを発動するための詠唱文を完璧に暗記し、パン、と手を叩いてメニューを閉じる。

 夏矢ちゃんと斗月の視線を感じながら……そして、最後に物言わぬダイダラボッチを睨みつけ、目を閉じる。瞼の裏に浮かぶ詠唱文を、口でなぞる。


「……十二の星座の三番目、神話の導きにより『ジェミニ』の真の力を発せよ……」


 目を見開き、俺はその奥義の名を……。

 ずっと探し求めていた奥義の名を、叫んだ。


「『星の十二人兄弟トゥエルブスタージェミニ』!!」


 俺の影から、11人の『真っ黒な俺』が生まれる。

 身長も、シルエットも完全一致しているのだが、そのどれもがのっぺらぼうで、唯一、不気味なほど端を釣り上げた口だけが視認できる顔のパーツであった。

 全ての俺が、明らかに自分の体に見合っていないサイズの武器を軽々と振り回している。日本刀、釘バット、鎌、ハンマー、バズーカ砲、ライフル、鉤爪、爆弾、モーニングスター、鉄骨、弓矢。

 ウケケケケケケケケケケケケケ、と、背筋が凍るような奇妙な笑い声を飛ばしてくるのに。不思議と、何故か、たくさんの自分がいることに安心を覚えた。


「税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税税」


 ダイダラボッチが、急に地面を殴り始める。敵AIにも、危機感というものがあるのかもしれない。

 反撃とかの妙なアクションを起こされる前に、勝負を決めてやる。


「突撃ィィィィィィィィィッ!!」


 俺がダイダラボッチに向かって走り出すと、それに並行して11人の俺もついてくる。それこそまさに、俺の影であるかのように、正確に。

 正面を見ているだけでは、ダイダラボッチの足元しか見えない。

 ……脳天に集中攻撃を叩き込んで、確実に仕留めるには、どうすればいいか。


「箆箆箆箆箆箆箆箆箆箆箆箆箆箆箆箆箆箆箆箆箆箆箆箆」


 ダイダラボッチの右足が上がり、12人まとめて仕留めるつもりなのか、集団のど真ん中を走る俺に向かって振り下ろされる。

 しかし――。


「片足がガラ空きなんだよ!『影よ、敵の体勢を崩せ』!」

『ウケェェェェェェェッ!!』

「外外外外外外外外外外外外外外外外外外外外外外外外外外外外外外外外」


 釘バットの『俺』とハンマーの『俺』を使い、右足を上げたせいで1本だけの支えになっているもう片方、左足を思い切り殴って掬い上げる。

 やがり奥義パワーというべきか、ドォォォンッと音が響いて空気が震え上がり、とてつもない重量を持つはずのダイダラボッチの左足は、コントみたくバナナの皮で滑ったかのように地面から離れた。

 だが、体勢を崩したということはつまり、この巨体が地面の上に倒れるということでもある。


「ひぃぃぃぃぃぃぃ!?」

「怜斗!ちょっ……倒れてくるってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「『影よ、仲間を避難させろ』!」


 鷹匠のように腕を払うと、その方向へ向かって弓矢の『俺』とボウガンの『俺』が半ばワープじみた動きで飛んでいく。


『ウケケッ、ウケケケケッ!!』

「ぐえっ!」

「きゃっ!」


 斗月と夏矢ちゃんを、ダイダラボッチの影から外れたところへと乱暴に投げ飛ばすと、またもや光の速さを使って帰ってきた。

 ゆっくりと体勢を崩してスローモーションで倒れたダイダラボッチは、圧倒的な重量と巨体を思い切り地面にぶつけ、俺たちの体をはるか上空へと跳ね上げるほどの大地震を起こした。

 落ちていく体が風を切る。風圧に顔が歪んで目を閉じようとするのを、なんとか我慢しながら……だけど、これがゲームの世界だとは到底思えないくらい、底抜けに気持ちいい。最高の気分だ。

 上から見ると、とんでもなくイカれた光景が見えた。ダイダラボッチの巨体を中心として、地面に、水面のような波紋が広がっていっているのだ。

 しかし……わざわざ、脳天を狙いやすいよう持ち上げてくれるとは。

 いっしょに跳ね飛ばされたらしい夏矢ちゃんと斗月に向かって叫ぶ。


「斗月!夏矢ちゃん!一気に決めるぞ、援護してくれ!!」

「その前に文句言わせろ!」

「なによあの乱暴な助け方!シュワちゃん主演の映画のがまだマシな女性の助け方してるわよ!!」

「うるせえ、決めるぞ!!声揃えろ!!」


 はい、それではクライマックスです。

 自分の好きなカットイン画面をイメージしてください。


『総攻撃だ!!』


 影の俺たちが、横倒しになったダイダラボッチの頭を、それぞれの武器でぶった斬り、殴り倒し、潰し殺し、殺し殺す。

 ハンマーの殴打音、鎌の切り裂くビブラート、鉤爪の弦楽のような旋律。血が飛び散り肉が宙で踊り死が死を呼ぶ……『暴力を越えた乱暴すぎる何か』だけが支配する最悪のフルオーケルトラが完成した。

 当然、仮にもB指定程度のオンラインゲームにそんな残酷な描写は含まれているはずはないのだが……肉を抉られるようなダメージを受けても、一撃で失血死するほど血が出るようなダメージを受けても、痛みばかりを感じて全く肉体的損傷がないなんて……それは、逆にさらに残酷である気さえした。


「オラオラオラオラオラオラオラッ!!」

「死んじゃえっ、死ねっ、死にさらせぇぇぇぇっ!!」


 斗月は早々にダイダラボッチの腹の上に着地し、まだパワーアップ状態の続いているヨーヨーを一心不乱に振り回し、ドンドコドンドコと殴り続けている。

 夏矢ちゃんも微力ながら、銃口をダイダラボッチの肉に突き刺したまま撃つなどして、着実に少しずつ、ダメージを蓄積していってくれている。

 寝転がったダイダラボッチの体の上は、すでに地獄絵図と化していた。


 ……これで、トドメだ。


「『影よ、槍となれ』!!」


 狂ったように武器を振り回していた俺の影たちは、また元の『影』へと変態し、まだ落下中の俺の手元まで集まってきた。

 影が俺を象ったように、俺の握った影は、俺の願う最強の武器へと変貌した。

 紫色に光る、人の手には余る槍。

 巨人にとっては爪楊枝程度でも、人にとっては自分一人分の槍。

 遥か上空から、すべての重力と体重と気合を以て、今、ダイダラボッチの脳天を一突きにせんと落ちていき……。


 爆ぜた。


「祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝」


 ダイダラボッチの体は、霧となって溶けていき……。

 草原が、静けさで満ちた。

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