1-44.瑞輝

「ん……」


 目覚まし時計の電子音が聞こえる。


「なんだ……変わった夢だったな……」


 すぐに起きても良いが、この微睡みの心地好さと、布団の暖かさがそうさせてくれない。


 ――ピピピピ……ピピピピ……。


 目覚まし時計は、相変わらず無機質に、そして規則的に電子音を発していて鳴り止む気配はない。


「うるさいなぁ」


 まだ体には疲れが貯まっている。出来れば、あと半日は、こうしていたいのだが……。


 ――ピピピピ……ピピピピ……。


「ううん……いい加減しつこいなぁ」

瑞輝みずきー! 早く起きないと遅刻するわよー!」

「ええ?」


 襲いくる眠気にどうにか耐え、僕は目覚まし時計を手に取って時間を見た。


「……あ、あれ!?」


 この少しの間に、何故か十五分程時間が過ぎている。目覚ましのスヌーズ機能も、いつの間にか切られていた。


「ち、ちょっとちょっと!」


 急いでクローゼットを開けて制服に着替え、カバンを手に持ちながら、勢いよく部屋の扉を開けた。

 半ば突進しながら廊下へ躍り出ると、急いで階段を駆け下りた。


「行ってきまーす!」


 そのままの勢いで玄関の扉を開けた。


「今日は一段と高い声ねー、慣れないわ」

「い……忙しくて声が裏返ったんだよ! じゃ、行くから!」


 急いで玄関の扉を閉めて、扉越しに叫ぶ。


「明日はもう少し早く起きなさいよ!」

「うん、分かったから! じゃ、行ってきまーす!」


 嫌な予感がしたので、僕は話をさっさと切り上げた。


「待って! 朝食!」

「わーっ! 間に合わないからいいよ!」


 僕は二つの理由があったので、急いでその場から立ち去った。

 一つは学校に遅れそうな事。もう一つは、もし母さんが扉を開けたら、僕が女だという事がばれてしまう事だ。

 急いで部屋を出たので、ライアービジュアルを唱えて転生前の姿になるのを忘れたのだ。


「ええと……」


 横道に隠れて鞄からスマートフォンを取り出した。そして、転生前の自分の写真を開き、凝視する。


「水よ、我が身を包み、その千変万化の力をここに……ライアービジュアル!」


 写真を見ながら姿を、質感を、できるだけ細部まで想像する。


「えーと……」


 鞄から鏡を取り出し、顔を映す。顔は精巧に再現しないといけないが……まあ、これなら及第点だろう。制服の方も問題無さそうだ。

 わざわざ女子制服を着て、魔法で男子制服に変えるのは、もしも魔法が切れた時に他人ふりをして誤魔化すためだ。あっちの世界でスカートのバトルドレスを着ていたので、スカートを着慣れてしまったという事もあるが……。

 声については仕方がない。魔法はライアービジュアルで使っているし、まだダブルキャストを唱えられるほど回復してはいないので、誤魔化すしかない。

 幸い、この事はこっちの世界の人にとっても不思議な事だ。死体まで見つかった、どう見ても死んでいる僕が、何事も無かったかのようにいきなり現れたのだから。

 そのため、不思議ついでに声が変わっていても、深く気にする人は、それほど多くない。


「おっと!」


 考えるのは一旦やめよう。とにかく、今は遅刻しないで学校に着かないといけない。


「さっ、全力疾走しないと!」


 時間は更に切迫している。

 雨が上がって快晴の空の下、まだ湿っぽい匂いを感じながら、僕は急いで走り出した。

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