1-6.ネクロマンサー

「もう近くには居ないかもしれないな……」

「どこかに隠してあるのかもしれない」

「だが、探し尽くしたぞ。もう、人を隠せる場所なんて!」


 町の中心にある、大きい広場に集まって、町の人達が話をしている。


「近くの集落には伝えてあるから、そちらでも動き始めていると思う」

「腕の立つ者だけで、捜索範囲を広げるか……」

「広げるにしても、範囲は絞った方がいい」

「絞るったってなぁ……」

「何か、変わった所を見た者は居ないか? 普段無い所に祠があったとか」

「ううむ……これといって無かったが……」

「そういやあ、泉に飛閃虫ひせんちゅうが集まってたな、明るかった」

「そろそろ出てくる時期だからな」

「孵化した奴らだろう。この時期には珍しくない」

「そうか……」

「あたしの梅漬けの壺が、知らん間に動いていたんじゃがのう」

「婆さん、そりゃ、儂が動かしたんじゃよ。壺の裏に小銭を落としてもうたんじゃ」

「なんじゃ、そうじゃったのかい!」

(梅はあるんだなぁ……)


 僕はそんな事を思いつつ、同時に、あの木の事を思い起こしていた。

 不自然に揺れない木、どことなく異様な感じがした。


「……ん?」


 いつの間にか、僕に視線が集まっている。


「ええと……」


 疑われても当然だ。僕は昨日この村に現れたばかりだし、どうやってここに来たのかは自分でも分からないし。


「ええと……その……」

「お嬢さん、名前は知らんがリビングデッドに襲われたんだってな」

「え? ……ええ」


 どうやら僕自身を疑っているわけではないらしい。


「その時、周りに何か変わった事が無かったかのう?」

「それは……無いわけじゃないんですが……凄く普通のことかもしれないけど……」


 魔法があって、リビングデッドもあって、お城もあって……ここの常識がまるで分からないので、僕は恐る恐る、木の事を話した。


「動かない木……か……」

「枯れているのでは? 葉を付けていない木ならば、風には揺れない」

「だが、葉は付いていたと言っている。だが、他の木と少しだけ違っているとも言っている」

「ふむ……それに良く考えれば、その一本だけ枯れているのは不自然だな……」

「いや……不自然ではないぞ」

「ババ様?」


 村の皆の視線が、ババ様と言われた、白髪を伸ばしたお婆さんへと注がれた。


「一本だけ枯れているのは不自然ではない。精気を吸われた後だと考えればな」

「精気を吸われた後だと……?」

「ネクロマンサー……」


 エミナさんがぼそりと言うと、皆の視線はエミナさんへとそそがれた。


「そうじゃ。リビングデッドを操っていたのなら、その主はネクロマンサーと考えるのが自然じゃろう」

「でも、ネクロマンサーが、生きている何かの精気を吸い取るのは……」


 エミナは深く考えているようだ。


「ライフスティールという呪文は聞いた事があるじゃろう?」

「ありますけど、木を丸々一本枯れさせています」

「うむ。並みのネクロマンサーには不可能じゃろうが……相当に熟練されたネクロマンサーなら、それも可能じゃ。ファイアーボール一つでも山を一つ焼ける魔法使いを、私は何人か知っている」


 辺りがざわつく。


「そんなに強力なネクロマンサーが……」

「まともに戦っては、まず勝ち目は無いじゃろう。じゃが、戦わずともロビンは救い出せる筈じゃ」

「戦わずとも……」

「一つだけ枯れた木、恐らく、ネクロマンサーは、そこを一時的に拠点にしていて、ロビンもそこに居る可能性が高い」

「つまり、ネクロマンサーに見つからない様に、そこに侵入すれば……」

「そうじゃ。そして、そのためには強い腕力を持つ戦士よりも、器用な魔法使いが有利じゃろう」

「え……ババさま、それって……」

「うむ。エミナ、お前が一番適任じゃ。ロビンの事も良く分かっておるじゃろう?」

「ええ、そうですね……」

「何か、浮かぬ顔をしておるな」

「少し……怖いです。でも、そういう事ならやってみます」

「ふむ、他にもう一人選んで連れて行くとよいじゃろう。だらしない大人達で申し訳ないが、エミナ、お前だけが頼りじゃ」

「もう一人……ですか」


 エミナさんが皆を見回す。


「村一番の戦士ブライアンか、魔法においてエミナに引けは取らないロイじいさんか……森の中に行くのなら、ハンターのシリーを連れて行くのも良いじゃろうな」


 張りつめた空気の中で、エミナさんがこくりと頷く。


「では……」


 エミナさんは、連れて行く人を決めたようだ。


「ミズキちゃん……ミズキちゃんがよければ、私と一緒に来てくれない?」

「ふえっ!?」


 エミナさんは、今、何て言った? 僕を連れて行くと言ったのか?


「ぼ、僕?」

「うん」


 エミナさんが頷く。目線は常に僕の目を見ている。


「ええと……」


 本当に僕でいいのか? そもそも、僕が行って大丈夫なのか? 僕は何かの冗談かと思ったが、エミナさんの目は真剣そのものだ。


「い、いいけど……僕で大丈夫なの? 特に喧嘩も強くないし、魔法も使えないし……」

「うん。私、ミズキちゃんを一目見た時から何か……感じだって言うのかな。ピンときたの。なんでかは分からないけど……」

「ええ? つまり、勘って事じゃ……」

「勿論、それだけで選んだんじゃないわ。ミズキちゃんはリビングデッドに襲われた時、ホーリーライトで浄化した。ホーリーライトをノンキャストで、しかも無意識のうちに使えるのって、相当な魔法の使い手だと思うの」

「んん……そうなのか……でもなぁ……」

「ほう……感覚だけで選んだわけではなさそうじゃな」

「はい。それに、女性二人なら相手も油断すると思うし、ミズキちゃんは私よりも小柄です。相手が仕掛けてくるとすれば奇襲。小柄な魔法使いなら、それに素早く対応出来る筈。それに見合う人は、この町にはミズキちゃんしか居ません」

「なるほど。じゃが……客人を疑うようで悪いが、ミズキ殿がネクロマンサーだった場合はどうするのじゃ? 一見大人しそうじゃが、この村に現れたタイミングから考えると、ネクロマンサーだという確率は高いぞ。その上、記憶喪失で素性も分からん」

「だとしたら、尚更、私が近くに居た方がいいと思います。闇討ちされるよりも、見える所から攻撃された方が対処しやすい」

「なるほどな……よかろう。もう一度聞くが、ミズキ殿、貴方もよろしいか?」

「あ……は、はい。泊めてもらった恩もあるし、僕で何か役に立てるなら……」

「よし、それから傭兵も一人付けよう。たった今連絡があってな、腕の立つのが一人見つかった」

「もう見つかったのですか」

「もうといっても、もう大分日が高くなっておるぞ。とはいえ、この辺境の地では中々見つかるものではないが……じゃが、幸いな事に、ギルド所属の者が近くに居たのじゃ」


 ババさまが横を向く。その先には、僕よりも小さな女の子が居た。


「イミッテだ! 宜しく頼むぞ!」


 ――といった経緯で、僕とエミナさん、イミッテの三人は谷底の森を歩いている。

 谷底までは、谷を削り取って作ったのであろう階段を降りればすぐだった。が、それからの方が大変だった。


「はぁ……はぁ……」


 道はぬかるんでいて滑り易い。時折、横道に入って怪しい所を探したりするが、その時にも蔦や伸び放題の草、木の根が足に絡み付き歩きにくい。体力がどんどん奪われていくみたいだ。


「おい、息が切れてるぞ。大丈夫か?」


 イミッテが僕に言う。

 イミッテは、僕より濃いピンク色の髪色をしていて、髪は背と同じくらい長く、地面まで垂れ下がっている。といっても、イミッテは僕の半分くらいしか背丈が無いが……。

 服は、これまたピンクのチャイナ服だ。

 色白だが、髪と服装がピンク一色なので、肌までピンク色に見える。


「いや……大丈夫だよ。本当に疲れたら言うから」

「そうか? ならいいがな!」

「私も、ちょっと疲れてきたかな」


 エミナさんが額を拭った。


「この状態で襲われたら、ちょっと不利かもしれない」


 エミナさんが続けた。


「確かにな……このぬかるみで、私も少々足が疲れてきている。格闘家の私としては、万全の状態とは言い難いな」


 どう見てもピンピンしているイミッテも、そんな事を言っている。


「この先に川があった筈だから、そこで一息つこっか」


 エミナさんはそう言うと、僕とイミッテを川まで案内した。

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