雑誌に新番組の記事を見つけた。桐島遊貴主演ドラマ「衝動の空」。

『俺よりブスな女は嫌いだ。面倒臭え女はもっと嫌いだ』

 なかなかキャッチーなフレーズである。確かに男でもこれだけ可愛いというか、綺麗なら似合うセリフである。桐島遊貴…子役としてデビューし、ドラマはもちろん、バラエティやCMにも引っ張りだこ。並のアイドルよりも忙しい43歳。見た目は30代前半で十分通るだろう。テレビや雑誌で見ない日はない。天真爛漫に振る舞っていても、鋭い演技は定評が高く、海外からオファーが来る程である。

 そんな規格外の彼を父に持つ、俺はごく普通の新社会人だ。この春から、通訳・翻訳の仲介や社内向け英会話研修などのコンサルタントを主な業務とするスモールワールドに就職した。


「女性向けの雑誌なんか見てどうした?」

先輩社員の松浦さんが声を掛けてくる。仕事はできるし、面倒見も良く、男女問わず人気がある。

「参考資料ですよ。今度、撮影に同行するんで。このモデルの特集記事が載ってるんです。」

「何だヤローじゃん。」

「メンズブランドの撮影なんですから、男に決まってるじゃないですか。」

雑誌を覗き込んだ松浦さんが溜息をついた。

「撮影って言ってもただの見学だろ。」

「まぁ、そうなんですけど、何が取っ掛かりになるか分からないじゃないですか。」

自分で言うのは口幅ったいが、容姿には恵まれた。子供の頃、父について行ったスタジオでモデルの真似事をした事もあるが、父と同じ土俵で勝負しようという気概もなく、芸能界にも興味が持てなかった。

 俺には母親の記憶が全くない。父よりも年上のとある舞台女優だと聞いている。俺を命懸けで産んだそうだ。


 スタジオに行くとモデルが集まっていた。現場の雰囲気というか、空気感が、とても懐かしかった。おしゃべりをしていたモデル達が一斉にこちらを見る。どうやらあまり歓迎はされていないらしい。

「はじめまして、スモールワールドの霧島です。」

「通訳の人?今日のカメラマンって外国人なの?」

彼らの中で一番生意気そうなモデルが聞いてくる。

「はい。日常会話は問題ないそうですが、心配だという事で呼ばれました。」

「お兄さん、新しいモデルかと思っちゃったよ。どう?モデルに興味ない?」

頭の悪そうな挑発に、思わず笑いそうになる。もしかしたら、彼は俺の過去を知っているのかもしれない。

「いえ。興味だけでできる仕事では無いと思っています。どうぞ、お手柔らかに。」


 撮影は俺の出番もなく、順調に進んでいた。俺を敵視していた彼も、撮影の間は別人のように真剣な面持ちだった。

『今日、呼んだのは、もう一度、君を撮りたかったからだ。』

突然、英語で話しかけられる。

『そんなのは百も承知ですよ。あなたは日本語が堪能ですからね。』

 俺を指名してきた時から、こうなる事は予測していた。断れなかった訳ではないが、逃げる様な気がして、引き受けてしまった。

『どうして俺をもう一度撮りたいだなんて思ったんですか?』

『君は嫌かも知れないが、ユキの息子だからだよ。』

『なら、ユキを撮れば良い。その為に日本語を勉強したのでしょう?』

彼の困った表情に俺も困惑する。

『最初はユキの息子だから興味を持った。今は、君自身に興味がある。君はユキに似ようと努力しているように見える。本来の君はユキと違った持ち味があるのにね。』

『買い被り過ぎですよ。スタッフの目もありますから、そろそろ撮影に戻ってはいかがですか?』

俺はそれこそ、“ユキ”みたく少し笑った。父が彼に接する時に笑う表情を意識して。彼はわずかに驚きと落胆の色を見せながら撮影へと戻っていった。


「霧島さんだっけ?カメラマンとは知り合いなの?」

生意気そうなモデルが話しかけきた。

「タカヤさんでしたね。父が芸能関係の仕事をしておりますので、子供の頃から知っているんです。」

「へぇ。前にモデルやってた事ない?事務所で霧島さんの写真見た事あるよ。」

やっぱり彼は俺の事を知っていたらしい。

「高校時代に何度か。自分には向いていないと思って、今の仕事に就きましたけど。」

「そうかな?向いてると思うけど。」

「現役のモデルさんに言われる何だかうれしいですね。」

“ユキ”を意識して話を続けた。

「それで。俺にどんな用件でしょうか?」

「単純に興味があんの。俺さ、アンタの写真見てモデル始めたんだよね。」

「きっかけになった俺がモデルをやっていなくてがっかりしたんじゃないですか?」

「そうでもない。アンタはアンタだから。」

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