誕生

「この美しい珠を知っている?」


 お母さんはそう言って、弟に乳色の珠を見せた。


「これは真珠って言ってね、真珠貝が偶然、異物を巻き込むことによってつくられる天然の珠なの」


 そう言って、覗き込む。けれど、弟は無反応だ。しかし、お母さんは気にせずに、


「けど、偶然に頼っていたら量産できないでしょう? だから、人間は養殖の技術を編み出した。どうするかっていうとね、真珠貝の外套膜を小さく刻んで核を包み、生きている貝に埋め込むのよ。そうして育てると、ほら、天然と変わらない真珠ができる」


 お母さんの手のひらで転がる二つの真珠。それはどちらかが天然で、どちらかが養殖らしいけれど、区別はつかない。


「だけど当然、真珠を取り出せば、貝は死んでしまう」


 私たちが並んでいる列が進む。お母さんは小さな声で弟に言い聞かせる。


「でも、この美しい珠を得るためなのよ、仕方ないでしょう? ある程度の犠牲は必要だわ。それが珠ではなく、私たちが生きるために重要なものならば、なおさらのこと」


 列の先頭が見えてくる。一人の男が小さな珠を赤ん坊の胸に収めているのが見える。彼は技師だ。その瞬間、静かだった赤ん坊が泣き始める。


 泣き出した我が子を見つめ、その両親が深々と技師にお辞儀をする。その手には、ハンカチ。彼女の目から涙が出るのも、昔、彼女の両親が技師に同じことをしてもらったおかげだ。


「さ、私たちの番よ」


 物言わぬ弟を抱き、お母さんが壇に上がる。弟を白いゆりかごに乗せる。


「彼に感情が宿りますように」


 技師はお決まりの文句をつぶやくと、ねじ止めされた、弟の心臓の部分を開けた。その手でメスを取り、栄養槽から水揚げしたばかりの生きた人間の胸を裂く。びくびくと動く心臓から、培養した珠を取り出し、弟の胸に収める。


 その瞬間、弟の目に光が宿り、おぎゃあおぎゃあと鳴き始めた。ギイギイ、と新品の歯車が音を立てる。技師は手慣れた様子で蓋のねじを止めると、皮下の歯車を滑らかに動かし、にっこりと笑った。


「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」

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