生きてさえいれば

 お邪魔しました――僕はそう言うと、線香の残り香をスーツに残しながら、日向くんの家を後にした。日向くんは、小学校の時の同級生。仲が良いというわけではなかったが、休み時間に話す程度の仲ではあった。


 誤解を恐れずに言うと、彼は綺麗な男の子だった。男らしくカッコイイではなく、中性的で美しい、という表現がしっくりくるような。


 彼は当時で言う「オカマ」だった。


 だからだろう、中学に上がると彼はいじめられ、そして――自殺した。14歳という若さで黒い額縁に納まってしまった。



 僕は彼のことが忘れられず、毎年、命日にその家を訪れ、線香を上げるのが20年来の慣習となっている。それほど、彼はいまでも僕の胸の中にいる。なぜなら――薄暗い中、すれ違ったを僕は振り返った。


 たった20年。あれから、たったの20年だというのに、社会は僕らが子供のころとは変わった。テレビにはニューハーフタレントが溢れ、渋谷区は同性愛者の結婚を認めた。同性愛者への差別は性差別として取り上げられ、昔のように「男女おとこおんな」などとえげつない言葉をかけられることもない。


 社会は変わったのだ。とてもたやすく、時代の流れだなんて言葉で表して良いのかどうかもわからないほど。


 そしてこれからも変わっていくのだ。いまは差別されているマイノリティへの理解も進み、扉は開かれている。その流れは変わりようがない。一時の揺り返しがあるとしても、世界は良いほうへと変わっていくのだ。の背中から目を戻し、僕は男にしては細い指で涙を拭った。


 生きてさえいれば――。


 彼も理解されたはずだ。少しずつでも受け入れてもらえたはずだ。僕がいま、普通の人と同じ幸せを得たように、と結婚できたように。


 スーツのポケットで、携帯が震えた。僕は涙を悟られないように、呼吸を整えてから電話を取った。


「今日は遅くなる? ご飯はどうする?」

 愛しい人の声が、電話口から流れ出す。


「そうだな……いまから帰るから、外で食べようか」

 僕が言うと、電話の向こうの彼女は、


「やった、じゃ支度して待ってるね」

 と、無邪気な声で答えたのだった。

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