このときの作者の気持ちを考えなさい

「これは非常に難解なテーマを作品にしましたね」


 ひげ面にベレー帽を被った批評家はゆっくりとうなずいた。


「抽象画のテーマがわかるのか、ですか? もちろん、わかりますよ。でなければ、批評家などやっているものですか。これは、ズバリ『母』ですね。作者は母親と非常に複雑な関係にあったと言われています。彼の半生は母親に支配されていた。そのしがらみからの解放、それが生き生きと表されている」


「いやいや、何をおっしゃいますか、違いますよ」


 もう一人の批評家が首を振った。


「彼は長年評価もされない、日陰の人生を歩んできました。この作品は、その長い下積み生活を表している。この画面端に印象的な赤、これは怒りの炎です。評価されなかった苦しみが、炎となって彼の芸術性を燃え上がらせて――」


「全く見当違いの見解だな」


 三人目の批評家が偉そうに腕を組んだ。


「これが怒りや苦しみであるものか。ご覧なさい、この中央の丸みを帯びた光を。これは祈りです。彼がずっと戦争と平和をテーマに描いていたのをご存じないのですか? まったく、勉強不足にもほどがある」



 批評家たちが言い争うのを、その絵の作者は画廊の端でぼんやりと見ていた。すると、そこへ小さな男の子が近づいてきた。


「みんな、勝手なこと言ってるな――おじさん、そう思ってるんでしょ?」


 あながち的外れでもない彼の囁きに、作者はくすりと微笑んだ。そして男の子の耳にこう囁いた。


「そうだね。けれど、それ以上に――あの絵に幾らの値がつくか、僕はそればかりが気になっているんだよ」と。

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