EXTRA TRACK;転生への道

 井上と一緒に入社した会社を首になり、前科者のレッテルを貼られた。それでも受け入れてくれる場所があったので入社したものの…動物を相手に臨床実験をさせられ続けた。


(これじゃ…目的が達成出来ない。)


 製薬会社に入社したのは生薬や漢方を含め、希少価値が高い薬品がずらりと並んでいるからだ。悪魔を召喚する為に、必要な素材が揃っている。

 しかし、そこで実験に失敗した。人目を盗み、当直の晩に試みたが小火事件を起こしてしまった。だが実験は、後もう少しと言う感じだった。

 次の日も諦めずに挑戦しようとしたが、それより先に首が飛んだ。監視カメラを警戒していなかった。初歩的なミスだった。


 次に入社した会社に期待したが…既に安全性が確認され、動物を相手に最終試験を済ませるだけの薬しか回って来なかった。


『新薬の開発に努めたい。』

『駄目だ。お前には前科がある。雇ってもらえただけでも、有り難いと思え。』


 上司に嘆願したが、やはりこの会社でも俺の前科は知るところだった。


(これじゃ…転職しても同じ結果だな…。……強行手段に出るか?………いや…。)


 本部に忍び込み、あるだけの薬を盗もうともしたが…俺は気付いた。

 悪魔召喚や降臨術は、これまでに何度も試みた。自分勝手な薬の調合よりも、先人の知恵を借りて験した実験に失敗し続けた。


(悪魔は…この世に存在しない。いや、いたとしても現われない。…ならば…。)


 俺が…悪魔になれば良い。肉体を改良し、悪魔として転生するのだ。

 ヒントは錬金術だった。


(しかし…それにしても薬が足りない。)


 素晴らしいアイデアに閃いたところで、依然として素材がない。だから俺は、もう1つのヒントにしがみ付いた。…フランケンシュタインだ。幸いこの研究所には、臨床実験に使われる動物が数多くいる。いない動物は、違法なペットショップで購入すれば良い。

 再生能力が高いプラナリア…。強力な抗体を持ち、ありとあらゆる病原菌を受け付けないワニ…。不死の生命サイクルシステムを持つベニクラゲ…。あらゆる環境に耐え抜く生命力を持つクマムシ…。そして、強力な再生能力と不老の生命力を持つヒドラ…。見た目も大切だ。蝙蝠のような羽と、山羊や雄牛のような角も手に入れたい。

 俺はそれらの個体、若しくは血液を手に入れ……ミキサーに掛けて飲み続けた。




 1ヵ月経っても、体に変化は起こらない。だから方法を変えた。今度はミキサーに掛けたものを、注射するのだ。

 しかし、流石にこの方法は気が引ける。マウスなら、俺の周りに腐るほど存在する。当面はこいつらを利用して様子を見よう。


 しかし、更に1ヵ月が経ってもマウスに変化が起こらない。結果が出る前に、マウスが寿命を迎えて死んでしまう。


(それにしても、科学的な素材がないのも心細い。)


 だから俺は、金粉を混ぜて実験を続けた。金は、どんな元素よりも安定している。ミキサーに掛けた動物から出る酵素やエキスがお互いを干渉し合っているのなら、間に金を入れて干渉し合わないようにしてやれば良い。


(おおっ!?反応が良いぞ?)


 するとマウスの寿命が、平均よりも2倍長くなった。そして驚く事に、切断したはずの尻尾が、3日後には元に戻っていた。


(もう少し!後、もう少しだ!)


 しかし2倍の寿命では物足りない。生薬や漢方も追加し、改良に改良を加えて完璧を目指した。




(……銀でも…構わないか?)


 だが実験を続ける内に、貯金の底が見え始めた。仕方なく俺は、金の代わりに銀を混ぜる事にした。

 そこで1つ学んだ。銀は、この薬にとって毒だ。安定するどころか、分子構成を破壊する。

 紫外線も同様だった。薬の調合が良い方向に進み、次のステップとしてトカゲで臨床実験を進めた。しかし…飼育用の紫外線に当てると奴らは粉々になった。分子構成が破壊され、灰になってしまうのだ。


(くそっ!銀と紫外線に耐性を持つ、もっと強いエキスを開発せねば…。……そうだ!フランケンシュタインだ!)


 初心に戻った。フランケンシュタインは原生生物と同じく、強烈な電気エネルギーを与えられ命を授かった。つまり作り出した薬を注入し続けるのではなく、生命体に変えて取り込むのだ。俺自身の体が、不老不死、急速な回復機能を持つ抗体を作り出せるようにすれば良いのだ。そうなればいずれ体の中で、金と紫外線にも強い抗体も作られるはず。



 金も尽きた。俺は…最後の手段に出る事にした。大量のエキスを準備し、それを浴槽に注ぎ込んだ。残ったエキスも腹いっぱいに飲み干し、裸になって浴槽に浸かった。そして研究所の非常電源から引っ張って来た電気を…体全身で浴びた。


「ぐっ!うわぁぁぁ~~!!」


 強烈な痺れが体を襲う。

 だが俺は死なない。


(成功は近い!もっと!もっと強い電流を!!)


 確信はあった。俺は、もう少しで悪魔に転生出来る。

 しかし、これ以上に強い電流は用意していない。


『ゴロゴロゴロ…。ドゴンッ!!!』


 その時だ。突然天井が崩壊し、落雷が俺を襲った。研究所の一部が吹っ飛び、辺りには何も残らなかった。…俺以外は…。


(せっ、成功だ!)


 俺は生き残った。落雷を受けたにも関わらず…。傷も火傷も見当たらない。それどころか、溢れる生命力を感じる。



(……覚悟は良いか?)


 生き残ったからと言って、実験はまだ終わっていない。俺は研究所からハンマーを探し出し、目を瞑って左人差し指に振りかぶった。


(!!痛い!!)


 激痛が走る。骨が、粉々に砕けた。

 だが…数分もしない内に骨折した指は元に戻った。


(やった!)


 調子に乗った俺はナイフで、治ったばかりの指を切り落とした。

 …これも成功した。10分もしない内に指を取り戻した。


「やった~~!!俺は遂に、悪魔に転生したんだ~~~!!」


『ドクンッ!』

「????」


 声を上げて喜んだ。研究所中を走り回り、歓喜の歌声を上げた。

 しかし、そこで鏡に映る自分を見た。


(…容姿が、何も変わっていない。)


『ドクンッ!』


(…何の為に、蝙蝠や山羊の生血を混ぜたんだ…。)


『ドクンッ!!』


(???それにしても何だ?体の様子がおかしい。)


『ドクンッ!!ドクンッ、ドクンッ!!』


 そして俺は、今以上に溢れる生命力を感じた。


(かっ、体がついて行かない!!)


「うわっ~~~!!」


 気を失う…直前だった。どうにか自分自身をコントロールし、体の興奮を抑え込んだ。


(俺がやったのか??)


 …そのつもりだった。

 気付いたら、俺は研究所の外にいた。そして目の前では、1人の男が死んでいた。首筋に噛まれた痕があり、干乾びていた。


「!!起き上がった!?」


 続いて驚くべき現象が起こった。ミイラのように死んでいた男が、精気を取り戻して生き返ったのだ。


(???様子がおかしい。)


 しかし男は正気ではなかった。ゾンビのように空ろな目をし、辺りをキョロキョロと見渡した。そしてその目は赤く光り、爪や牙は、長く伸びていた。


(?噛まれた痕も消えている。……つまりこの男は、俺の生命力を授かった?)


 記憶はないが、多分、噛んだのは俺だ。干乾びていたのは、血を吸われたからだ。



「血…血が欲しい…。」

「えっ?何だって?」


 空ろな目をしていた男が正気に戻り、そう呟いた。


(えっ?マジ?俺…吸血鬼じゃなくて、悪魔になりたかったんだけど…。)


 自分に失望した。転生する先を間違えた。

 肩を落とし、研究所に戻ろうとした。


(???)


 そこで気付いた。俯きながら研究所に向かう俺の影が、歪な形をしている。不思議に思った俺は、自分の体を弄った。


(何だ?この固い皮膚は?この剛毛は?…!?角がある?羽もあるぞ!?)


 体の一部を確認しながら、ひしひしと込み上げる喜びを抑えられなかった。つまり俺は悪魔に転生し、俺に血を吸われた人間は、ゾンビか吸血鬼に転生するのだ。


(大!成!功!)


 高揚する気持ちを抑えらない。いや、抑える必要などない。俺は悪魔に生まれ変わったのだ。


「とうっ!」

『ドサッ!』

「…………。」


 しかしまだ、羽が上手く動かない。空を飛ぼうとジャンプしたが、そのまま地面に倒れ込んだ。


(まだ、自分の事が分かっていない。血を吸われた人間の生態も分からない。研究所に戻って、色々と験す必要があるな。)


 まだ空を飛べない俺は、せめて気分だけでも味わおうと、スキップをしながら研究所に戻った。


(井上が見たら、驚くぞ…?きっと俺は、悪魔になれたんだ!)


 早く自分の事を把握し、早くこの事を、井上に自慢したかった。

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