TRACK 06;パレード

 せっかくの週末なのに、内藤さん…いや、ナンシーさんのボディガードをする為に遠い街にまで借り出された。


 ちなみにナンシーと言う名前の由来は苗字からではなく、昔に見た、テレビの向こうのスターに憧れた事から来ているそうだ。

 幸いな事に、そのナンシーさんは女性だ。しかし不幸な事に内藤さんは男性で、同じ性別でない事にショックを受けた。


「紫苑ちゃん。ボディガードって言っても、体張れって訳じゃないから。危ない時は所長さんに頼ったら良いし、基本的には、怪しい人がいないか見てくれるだけで良いんだからね?」

「………。はい。」


 ナンシーさんは私に優しい。でも、申し訳ないけど厚化粧したナンシーさんには、先日以上の恐怖を覚える。


「それじゃ、私達は準備があるから。所長さん、お願いしましたよ?」

「了解しました。任せて下さい。」

「………。」


 その厚化粧と香水のキツさに、所長の鼻が反応しない。いつもは私が化粧を買えただけでくしゃみが止まらないのに…。アレルギーの原因は、未だに解明不能だ。



「依頼主は行ったぞ?」

「…………。」


 ナンシーさんがオカマ仲間の下に向かうと、物陰に隠れていた健二さんが現れた。

 千尋さんは今日、占いの結果が悪くて出て来られない。拓司さんには無理をさせられないし、幸雄さんは、オカマは嫌いだと仕事を断った。

 ナンシーさんから要請されたボディガードは最低3人。だから私と、幸雄さん以上にナンシーさんを拒む健二さんが招集された。


「どうして俺が、あいつをガードしなきゃならねえんだ…。」


 健二さんは、ナンシーさんからも嫌われている。だから物陰に隠れていた。それなのに所長は健二さんを呼び出した。


「そろそろ時間だ。俺達も向かおう。」


 健二さんの愚痴に所長は耳を貸さず、パレードの出発地点に向かい始めた。


「…………。」


 何処となく企てを立てているような気がする所長の後を、健二さんは無言で付いて行った。


 私は2人の後を追いながら、パレードに参加する人達を観察した。怪しい人を探したのではなく、珍しい人達ばかりなのに目を奪われた。


 このパレードは同性愛者や性障害を持った人達が自らの存在を公開し、人権を認めて欲しいと訴えるものだ。

 だけど、一言にそう言っても色々な種類の人がいるみたい。男性として男性が好きな人。男性として、女性の姿をした男性が好きな人。女性になりたいと言う願望を持って、男性に魅力を感じてしまう人。

 そしてナンシーさんのように、とにかく女性になりたい人…。あの人は、女性を好きにはなれないけれど男性にも興味がないらしい。幼い女の子のように、男性を未知の存在と捉えて、恐怖心を抱いているのだ。


 そして逆のパターンもある。つまり男性の感情を持った女性だ。俗にレズと呼ばれる人達だけど、男装する人もいれば、女性のままの姿で女性を愛する人もいる。


 時には、ただただ男装癖、女性癖だけを持つ人もいるみたいで、中には、冷やかしで変装している人達も混じっているみたい。ナンシーさんから教わる必要もなく、参加者の人達を見ていると理解出来た。



「人には、それぞれの個性がある。世間ではタブーとされる個性だが、依頼主はそんな自分を隠したくないんだ。」

「…………。」


 パレードに参加する人達を見て、どんどん不機嫌になる健二さんに所長がそう説いた。


(…………。)


 先日、ナンシーさんが事務所で号泣した。後で所長に事情を聞いたけど、ナンシーさんも自分の個性に悩んでいるみたい。男と女の狭間で、葛藤しているのだ。私達には理解出来ない苦悩だ。


 それでも1つ、気になる事がある。健二さんほどでもないけど、所長もナンシーさんが嫌いなはずだ。

 所長は仕事を選ぶ。やりたくない仕事は、どれだけお金を積まれてもやらないし、やると決めた仕事は報酬を貰えなくても命を掛ける。

 今回もまた例の如く、報酬額を取り決めずに依頼を引き受けた。だから不思議だ。どうして所長は、ナンシーさんの依頼を引き受けたのだろう?




『ワーッ、ワーッ!』


 パレードが始まると、周りが一気に五月蝿くなった。バリケードの外側からは、行進する人を応援する人、そして、罵倒する人達が多く見受けられた。


 私達はその姿を、少し遠くの高い場所から見下ろしていた。


「他とは違う行動を執る人物を探すんだ。声を上げずに、じっとしている人間は怪しい。本人は周囲の雑踏に紛れているつもりだが、遠くから目を凝らして観察すると、その静けさが逆に目立って見える。」


 嬉しかったのは、私は頭数を揃える為に呼ばれただけではなかったって事だ。鼻に詰め物をし終えた所長が、怪しい人の見分け方を教えてくれた。


 やっぱりアレルギー反応が出たみたい。だけどその原因が分からない。パレードには、化粧をした男女が入り混じっている。




 パレードは昼一番から始まって、夕方になる前には終了した。

 冷やかしや、時には罵声を上げたり物を投げつけたりする人達もいたけど、そんな人は主催者側が配備したガードマンに止められた。

 幸いな事にナンシーさんのグループを襲う人達もいなければ、怪しい目付きで見ている人もいなかった。


(…………。)


 とても疲れた。パレードを見て、正直気持ち悪いと思った。個性は認めてあげたいけど、参加した人達が主張する個性と言うものが何なのか分からない。多様性?特別な個性?守られるべき人権や自由主義??そんな言葉では、解決出来ない気がする。



「お疲れ様。おかげで、パレードは無事に終了したわ。」

「私達は見学していただけです。怪しい人物もいなければ、事故も起こりませんでした。取り越し苦労だったのでは?」

「だったら良いんだけど。…あらっ?」

「………。」


 パレードが終了して、再びナンシーさんと合流した。


「あなたも来てたの?今日もご機嫌斜めなのかしら?」

「………。」

「どうやらそのようね?」


 そして、健二さんとナンシーさんが顔を合わせた。2人の間には、変な空気が流れている。


「……。それでも、おかげでパレードは無事に終了したわ。お疲れ様。」

「………。プロとして、ボスから指示された仕事をしたまでだ。お前の為じゃねえ。」


 ナンシーさんは歩み寄ろうとした。だけど、健二さんが相変わらずの態度を執る。



「………。仕事をしたって言うなら、私達の事は勿論、パレードに参加した人達の姿を見たでしょ?あなたがオカマを嫌いなのは分かったわ。でも、覚えておいて頂戴。私達にだって権利はあるの。他から変態とか病気とか言われても、それでも私達は自分の本性を認めているし、認めさせたいの。」


 パレードを無事に終えられたせいか、ナンシーさんの態度は前向きだった。膨れた顔を止めない健二さんに、優しくそう語った。


「権利権利と主張するなら、俺の権利も認めろ。俺はオカマが嫌いだし、関わりたくもねえ。」

「………。どうしても認めないって言うの?」

「同性愛者の存在は認める。そして、人に与えられた権利は平等だ。誰にも邪魔されてはならない。だからお前は、俺の権利を侵害するな。」


 だけど健二さんの不機嫌は直らない。それどころか、熱を帯びてきた。


「!!私が、いつあなたの権利を侵害したって言うのよ!?好い加減にして頂戴!オカマになれって言った?私と付き合えって言った!?何も分からないなら、せめてそっとしておいて欲しいわ!」

「だから!それはこっちの台詞だって言ってんだ!パレードには、一体何の為に参加した!?お前が主張したかったもんは何だ!?」

「だから私達は…!」


 そして遂にナンシーさんが怒った。健二さんにも更なる火が点いた。

 私は所長の顔を伺った。無理かも知れないけど、2人を止められるのは…って言うか、健二さんを止められるのは所長ぐらいしかいない。

 だけど所長は何も言わず、むしろ健二さんと同じく不機嫌そうな顔をしている。



「ナンシーさん!大変!」


 そこにキャロルって名前のオカマさんが、大声と共に現われた。ナンシーさんの仲間の中で唯一、女性らしく見える人だ。女性の私が羨ましくなるくらいの、女性らしい男性だ。


「どうしたの?キャロルちゃん?」

「パレードは無事に終わったよって、店に電話を入れたら…ママが!!」

「えっ!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る