INTRO SIX;紫苑

 …全く…。あの人達ときたら今日も宴会を開いている…。今日は所長持ちだけど、昨日は経費を落としたんだから…。


(お金が入っても、家賃や借金で全部なくなっちゃう。少しでも残ったら宴会に使っちゃうし…。)


 帰宅の途中、私は持ち帰ったビーフジャーキーをかじりながら愚痴をこぼしていた。



 働き始めて約半年…。まさか、本当に超能力が使える人達と巡り合えるとは思っていなかった。それも全員が、かなり高い能力を持っている。…そうでもなければ、私はとっくにここを辞めている。


(井上君が聞いたら驚くだろうな…。)


 いや、驚かないかも知れない。彼はもう『信じる人』なのだ。 


 地元を離れた彼とは電話やメールでしか連絡出来ないけど、遠い場所で頑張っているみたい。とある製薬会社の営業マンとして毎日を過ごしている。

 私はまだ、仕事の話をしていない。社内機密と言われているから…。家には探偵事務所で働いていると伝えたけど、彼に話すと秘密も洩らしてしまいそうで、まだヨガのインストラクターを続けていると嘘をついている。でも、いつかは秘密を打ち明けるつもりだ。私が超能力を身に着けられたら、所長達の事も含めて話をしようと思っている。


(今の彼なら、疑いもせずに信じてくれるはず…。所長にばれても許してくれるはずよ。彼はそう言うとこ律儀だから…誰にも秘密を洩らさない。…もし守ってくれないなら、打っ叩いてやるんだから!)




(………。久し振りに電話してみようかな…?声が聞きたい。)


 家に帰ってベッドに寝転がると、どうしても彼に連絡を取りたくなった。妙な胸騒ぎがしたと言うか…ただただ声が聞きたかっただけなのか…。


「もしもし?井上君?久し振り。電話大丈夫?」

「ああ、橋本。今日は仕事が早く終わったんだ。大丈夫だよ。元気だった?」

「うん、元気。そっちは?」

「元気だけど…忙しくて仕方がない。」

「そっか…。でも忙しいのは、良い事じゃない。」

「まぁ、そうなんだけど…。」

「白江君は?」

「どうなったか分からない。再就職出来たって噂で聞いたけど…また同じ仕事に就いたとも聞いた。何処かの、製薬会社の研究室だって。」

「そう…。相変わらずみたいだね?」

「どうか、事故だけは起こさないで欲しいね。」

「はははっ、それは無理だと思う。」


 白江君は井上君と同じく、高校時代の同級生だ。井上君と同じ会社の研究部に入社したけど勝手な研究をして、それがばれて会社を首になった。彼は魔法に興味があって、何かの薬を開発しようとしていたみたい。

 …どんな薬だったのだろう?彼は高校の時から危ない人だった。きっと変な薬だと思うけど、他人を危険に巻き込まないで欲しい。


(………。大丈夫かな?まさか、工場が大爆発するような事故とか…起こすんじゃないわよね?)


「しかし、元気そうで何よりだよ。インストラクターの仕事は、まだ続けてるの?」

「………。うん。」

「そうか…。長いよね?」

「長いって言っても、まだ2年しかやってないよ。」

「そうだっけ?それでも長いよ。」

「井上君はもう、4年近くも働いてるでしょ?そっちの方が長いじゃない?そろそろ、出世しなきゃいけないんじゃないの?」

「うん…。でも、そうなりそう。」

「えっ?本当?おめでとう!何、課長?それとも…部長?」

「あっ、いや、そんなんじゃなくて…。転勤。海外支社に飛ばされる。」

「えっ!?海外?」

「そうなんだ。会社が海外生産も手掛けてるんだけど、その工場と併設されてる営業事務所に飛ばされると思う。」

「それって、出世じゃなくて左遷じゃないの?」

「そんなんじゃないよ。先輩達が言うには、将来を有望された人間は経験を積ませる為に飛ばされるらしいよ。」

「本当に?井上君が、出世出来るような人には見えないけど……。」

「……。相変わらずだね。橋本の性格…。ちょっとは見直して欲しいよ。」

「はははっ。ゴメン、ゴメン。」

「はははっ。」

「…………………。」

「………?」

「………。応援してるから……。海外に行って、大出世してよね。出世したら、ステーキいっぱいご馳走しなさいよ!?」

「やっぱり相変わらずだ…。はははっ!」

「………。」


 ………。久し振りに長電話をした。彼は、近い内に海外へ転勤するかも知れないと言う。だから長電話をしてしまった。


(……………。)


 電話を切ると、彼とはもう会えないって思え始めた。何処の国に行くのか知らないけど、今日みたいな電話は難しくなるんだろうな……。


「バカヤロー!!!」


 携帯電話を投げ飛ばし、大声で叫んでやった。


(いつからだろう?私が、私の気持ちに気付いたのは…。気付いた時には彼はもう、側にいる人じゃなくなってた。)


 留学していた頃は分からなかった。帰国して、地元に戻った時からずっと何か足りない気がしていた。高校の時、彼とよく足を運んだ公園に行ったら、涙が止まらなくなった。


(あの時からかな…?それとも、もっと前からなのかな?私の気持ちは、いつから変わったんだろう?)


 でも、それを探ったところで何も出ない。彼はもう側にいない。そしてこれからは、もっと遠くに行ってしまうかも知れないのだ。


「バカヤロー!人の気持ちも知らないで!!井上君なんて、勝手にどっかに行ってしまえば良いんだ!!」


 叫んでみても、それが嘘だと直ぐに気付く。

 こうなったら所長の名前も気に食わない。博之と弘之…。どうして発音が一緒なの?頭にくる!




「………。」


 高校の卒業アルバムを開いてみる。クラス全体で撮った写真には、彼の姿は見当たらない。2年生の時の思い出が一番心に残っていても、卒業アルバムに載る写真は、3年生の時の写真だ…。どうしてなのだろう……?

 でもアルバムの最後の方に、一番の思い出が載っている。それは、卒業旅行でスキーに行った時の写真。宿泊先のホテルで私と白江君と、そして井上君の3人でソファーに座って撮ってもらった写真がある。超能力を信じてくれない彼が、私の隣で一番の笑顔で写っている。…あの頃が、一番楽しかったのかも知れない。


 今の彼は超能力も魔法も、妖精の存在も信じているのに、私の側にはいない。


(信じる人じゃなくても良いから…側にいて欲しいな……。)


 …アルバムを開く度に思う事。

 でも、負けてられない!いつかきっと、もう1度会えるから!その時までには、超能力を身に着けてやるんだから!!


「よ~しっ!明日も頑張るぞ~!」

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