第149話 薄くて、脆くて、若くて、青い

 櫻井の異常な叫び声で誰もが気づいた。廊下を走ってクラスメート達が窓の外を眺めた時には遅かった。震える手を口元に押し当てて、その絶望に染まっていく。倒れている竜騎士の状態は手遅れだということに。


 静かに口元だけが動いた。誰にも聞き取れない言語で


――――――――薄っぺらい


 彼女は憐れみを吐き出さずにはいられなかった。恐怖に震える櫻井の姿が滑稽に見えて仕方がない。花宮にとっては田中だろうがたかだか一つの命に過ぎない。そんなものは戦闘であれば散ることなど幾重にもあるだろうと。


―――――――――脆い……

 

 デスゲームだけの異世界という情報を持っていたからこそ落胆だった。たった一つの死を前にしただけで崩れ落ちた道化の仮面。そんなものかと首謀者である彼女はマフラーで口元を隠してため息交じりに首を横に振る。


 ――戦って、戦って、戦ってばかりな癖に


 花宮は四百年近い月日を過ごしてみてきた。こんなものが溢れているのが当たり前の光景を見てきた。そして、ミレニアムバグ以降も変わりなどない。


――――――――どうしようもないくらい……


 ――ひとり死んだぐらいで騒ぐなってーの……


 戦うことが宿命づけられた人間たちの末路でしかない。



――――――――若くて、青いよ……



 その花宮の冷たい瞳が見下ろす先で火花が散り続けていた。また新たな命が尽きるかもしれない状況にある。ソレを動揺して見れていない櫻井に呆れるほかない。蓮の話で聞いていたものとは違う。

 

 ――所詮……か……


 僅かばかり期待していた櫻井への花宮の興味が薄れていく。


 田中の死を前にして動けなくなるほどに脆い櫻井はじめという少年を過大評価しすぎていたのだと。どれだけの死を前にしてきたのかも怪しいとすら感じるほどに、弱弱しく恐怖に震える櫻井には蔑むような憐れみしか抱かなかった。


 ――何をやっている……櫻井ッ!!


 そんな姿を横目に一人の男が怒りを覚えていた。


 田中の横で震える弱き心の道化に憤りを感じながらも、ただ一人激しく二つの剣を振るい続けていた。加速を上げていく剣技は間髪を与えず豊田の腕を切りつけて火花を散らす。


 ――クソッ……この大杉聖哉がなぜ、なぜ!


 段々と加速を上げていく剣技に苛立ちが見え隠れする。スピードに乗り華麗な剣技を火の剣と雷の剣で見せる顔が歪む。剣術ギルドの長たるもののプライドが傷つけられていく。


 ――なぜ、押し負けている!


 櫻井への苛立ちと豊田への攻撃が上手くいかない焦りが大杉の心を惑わせる。この上なく加速を上げていく剣技が機械の腕で防御されつくしていく。どれだけ素早く振ろうとも的確に腕で弾いてくる。不気味に機械の眼球がカシャカシャと不快な音を立てている。


 じりじりと僅かに後ろに下がっていく自身に、


 ――コイツ……何者だ……ッ。


 大杉の焦燥が滲み出る。


「マッスル――――」


 だが、この大杉の働きがわずかに戦況を動かしつつあった。豊田との実力差はあろうとも徐々に埋まっていくピース。Sランク相当を相手に持ちこたえた功績が実る。


 時間を稼いだ功績が、スーパースターである大杉に光明をもたらす。



 

「邪魔するぜェエエエエエエエ!!」




 二人の間に割って入るように衝撃が走った。


 上空から筋肉の塊のような男が鈍い音を立てて着地した。大杉の歪んでいた顔がわずかに緩みを持つ。制服の上着を脱いでワイシャツのボタンを弾き飛ばすほどにバンプしている大男。


 二人は並び立ち飛ばされて離れた豊田に目を向ける。


「アルフォンス……助かる」

「マッスル……ヤバそうな状況だ」


 立ち上がってくる機械人間の姿が不気味でしょうがない。剣術ギルド長と格闘ギルド長が並び立つ姿に生徒の希望が宿る。だが、当の二人は違った。槍術ギルド長の凄惨な姿を眼にしていることもあった。


 何より、何事もないかのように立ち上がる豊田の姿が

 

「アルフォンス、気を抜くなよ……」

「マッスル全開で行くしかないようだな!」


 不気味で仕方がなかった。明らかに実力がオカシイことになっていることは二人とも感づいた。大杉は打ちあっていたからこそ分かる。アルフォンスは一撃を入れた時の状態でなんとなく察した。


 この機械人間は――自分たちよりも強いのだと。



《つづく》

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