第120話 ブラックユーモラスNo.2
三嶋の後ろを爆風が追いかけてくる。火神恭弥の能力による攻撃は全てを焼き尽くすが如く続く。ゲート付近の魔物を閉じ込め焼き殺すために行われた絨毯爆撃の火球弾の嵐。
サングラスの奥の眼光が煉獄の風景を睨みつける。
土壁は防壁がわり。街を破壊しないように気づかれた城壁。開けた大地に出てくる魔物を速射砲で焼き殺す。敵の襲撃の波を押し返すかのごとくに放たれる火球の散弾。
——街を守る……ん、じゃなかったのかよッ!?
後ろから追ってくる爆炎、眼前の敵を斬り伏せながらも逃げ惑う三嶋。衝撃が街中に漏れ出て通路を真っすぐに進行する。空からの衝撃を重ねる度に炎が逃げ場を求めて、まだ未開地を侵食していく。
「クォッソ―――!!」
後ろで焼かれていく敵の群れ。その中に三嶋が斬って捨てた死骸も巻き込まれていく。段々と距離が縮まっていく。敵が鬱陶しい。スピードに乗りきる前に自分の前方を塞いでくる。
だが、その姿を火神は黙認する。
炎に追いつかれそうな三嶋がいようとも火球の攻撃を弱めることはしない。むしろ、激しさは増す一方だった。ゲートから幾千と敵が攻めてきている。ならば、相手の戦力を効率的に削ぐにはどうしたらいいか。
進行方向を一方に絞り、ソコで焼き尽くす。
——ナニやってんだ……三嶋。
仲間に配慮する生易しい上長な訳も無い。
ココに何をしてきたと三嶋を冷めた眼光で見下ろす。今いる場所を戦場だと心得るならば死ぬことすら頭にあるはずだと。一瞬の遅れが死を招く。対応の遅れが被害に繋がる。
——殺されてぇのか……テメェは。
ココで攻撃を止めることは敵の被害を抑えることになる。ゲートは未だに開いたままだ。どれぐらいの敵が押し寄せてくるかも分からない。だからこそ、警戒を最大限にしなければ防衛にならない。
——ダメか……間に合わっ
「チックショォオオオオオオ――――!」
チリチリと燃える音を後ろに聞いた三嶋は観念したように走りながらも叫んだ。
「前に出すぎだ……」
駆け抜けようとする三嶋の制服が乱暴に掴まれた。
「———グぇッ!!」
勢いが止まる反動で三嶋は衝撃を受けて足が浮き、首が締まる。その一瞬で炎は三嶋に追いつき焼き殺そうとした。だが、それを一人の黒服が片手で三嶋を掴みながらも迎撃の体勢で待ち構える。
「———
男の体が能力により急激に肥大する。筋力が一時的に上限を突破する。
肥大した体でブラックユーモラスの制服がはちきれんばかりに広がった。
「フェーズ
能力を発動し片手で天高く己が武具を構える姿は武神だった。幾重にも戦闘を生き抜てきた戦士の風格が増す。男は強者に違いなかった。強さが滲み出ていた。三嶋の動きに反応して掴み、火神の爆炎を前に物怖じひとつもしない力の持ち主。
巨体から振り下ろされる力込めた漢の片手での一撃は、
風を、空間を、
「————
切り裂くように斧が咆哮と共に地面に叩きつけられ、
衝撃で爆発を起こす。火神の炎を押し返す様に広がる衝撃波。
衝撃で三嶋を襲いに来た火神の爆炎は方向を変え後ろに押し戻されていく。
「ホラ、早く後ろに下がるぞ。また巻き込まれかねん」
男は平然と当たり前の如く飄々と言葉を出した。三嶋は格の違いを見せつけられた。軽々と持ち上げられていた体を地に降ろされ、ただその男の実力に苦笑いを浮かべる。
——マジかよ……片手で押し返すのかよ。
逃げ惑っていた自分が情けなくなる。これが年季の差と思い知らされる。
「置いてくぞー」
「へい……」
走り出す先輩の後を追うように駆け出す。
——忘れがちだけど本当は凄い人なんだよな……この人。
いつもの姿で見ていると忘れそうになる。
その男が長年その最強の黒服を纏っていることを。
そして、ソレに見合う男だということも。
「田岡さん……ありがとうございます」
「あんま出すぎんなよ、三嶋」
軽いお説教を受けて三嶋は冷静になろうと反省する。田岡と一緒の方向に離れていきながらも後ろの爆炎は鳴りやまない。冷静になった今だからこそ、気になることがある。
「このままだと街が焼き尽くされるんじゃないっすかね……火神さんに」
「お前はまだ戦場が見えてないな……後ろをよく見てみろ」
爆炎と大分距離が確保できたからこそ、余裕が出てきた三嶋は
——後ろって……
言われた通り後ろを振り返る。炎が上がる土壁が変化している。
どれだけ自分と差が大きいのかを思い知らされる光景に
「ゲェェっ……」
走りながらも苦い声が出た。
——どうなってんだよ……っ。
土壁だと思っていたものが補強されている。あれだけの爆炎を受けても崩れずに誇示されている。おまけにその表面が色を変えている。誰がやったのかは一目瞭然だった。
——あの規模でも……お構いなし。
土が凍り付き氷壁となっている。より頑丈に強度を保つように。おまけに街に火の手が上がることはなかった。注意深く見れば街全体も補強されている。炎が侵食する道は変わりないが、建物だけは薄い氷でコーティングされている。それが相反して火炎を相殺している。
——街全体とか……冗談じゃねぇぞ。
その薄い氷の強度をトレーニングで味わったことがあるからこそ分かる。鉄壁に近い完全防御を生む火神の氷。当の本人は火球を無限に生成しながらも、平然と街を守り切っている。
——あの人ひとりで……戦争の全部が完結しちまってんぞ。
「やっぱ……スゲェ、火神さんは」
上空に構える余裕の姿。異世界からの軍隊の虐殺と街の防衛を一点にこなす姿に三嶋は呆れた笑いを浮かべるしかなかった。仲間であることがこれほど頼もしい人物などいないのだと心底分かる。
「当たり前だ」
そんなことは当に分かっていると田岡は答えを返す。
「ブラックユーモラスNo.2だぞ、」
語るまでもないことだと。
「
《つづく》
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