第118話 黒服の英雄

 が繋がった。


 一つの世界を舞台に三つの世界が繋がった。


 それは人が滅びた世界――生態系の頂点が魔物によって支配された世界。


 その濁流がいま地球の日本という島国になだれ込む。


「不死川所長、亜次元生命体の反応が二千を突破していますッ!!」

「だから、なんだよ……」

「いえ……数が常時の比でないと……」


 ゲートから溢れ出る魔物の群れは砂嵐の如く収まりを見せない。おまけにゲートの規模が今回は大きいだけにその量は大災害に等しい。それを伝えようとしたのだが、職員に返ってきたのは冷めた見下ろす視線。


「だから、凡人と会話をするのはイヤなんだっ……」


 天才にはその発言した職員の心が理解できない。


「尋常でなくて、」


 苛立ちで頭を掻きむしり不死川は怒りを爆発させる。


「当たり前だろッ!! ワタシのミチルから元より六体神獣クラスという話があっただろうッッ!!」


 どこに目と耳をつけてればそんなことになるのかと。元より大規模ゲートであり総理の緊急放送がされるぐらいの代物。常時と比較することすら馬鹿らしい。数が多くて当たり前。そんなことを報告する意味など存在するのかと天才は凡人を見下す。


「そんなことより、マウスヘッダーの情報解析はドウシタ!?」

「……いま分子構造を解析中です」

「遅い、遅い!! 何をやってるゥ!! 死ぬ気で急げ!! 死んでも急げぇええ!!」

 

 第八研究所が殺伐とした空気を流すのが漏れ出ている。その空気にあてられ不満を漏らす者が一人。叱咤されている状況を聞かされて嫌悪感を覚えた女性。


「子供っぽいですね……ふん」


 田島の横に座る阿部が不死川の怒声に呆れた様子を見せて、


 クッキーをひとつまみする。


「別に言ってることは間違ってない。分かってることを二度報告する無能が悪い」

「…………」


 その横で田島みちるが何を言っていると理解できない様子を示す。天才同士にしか分からない苦悩でもあるかのような姿に阿部が顔を歪ませる。その視線を受けて田島みちるは困った幼女の顔を見せる。


「なんだ……?」

「じゃあ、可愛さが足りないのが原因です!」

「……何をぷんぷんと怒ってる?」


 田島と不死川を比べて阿部はカワイイ成分の足りなさが嫌悪に繋がるのだと結論付けるが人間関係に乏しい田島には理解が届かない。第八研究所と打って変わって第六はほのぼのとしている。


 それも、そのはず――


「おい、俺のポップコーンだぞ?」「いいじゃんよ、ケチケチすんなって」「ジュース追加で欲しい方はココに置いておきますからね」「録画してる?」「してますけど、リアルタイムの方がより面白い!」「どっちが京都ですか!?」「右だよ、右」


 第六研究所である彼らの仕事はゲートの仕組みであって開いた後はさほど重要性が低い。ゲートが一度開いてしまえば安定して通路が出来たようなものでそこから何かが発生する確率は低い。天気予報と同じである。


 開く場所と時間が分かることが重要なのであって、


 開いた後の事は彼らにはどうすることも出来ないのだから。

 

 そこから先はただの傍観者に過ぎない。


 彼らは映画の上映さながらモニターを食い入るように見つめるだけだ。数千という魔物の群れで暴れる黒服たちの雄姿を目に焼き付け楽しむ娯楽に身を預ける。


「スッゲェ……」


 ただ溜息のような言葉が漏れ出た。英雄と呼ばれた者たちの戦闘を見て。


「ツェェ……」


 ただ溜息のような言葉が漏れ出た。英雄と呼ばれた者たちの技を見て。


人間業にんげんわざかよ……これが……」 


 ただ溜息のような言葉が漏れ出た。英雄と呼ばれた者たちの動きを見て。

 

 画面を通して見ていると魔物が弱いではないかと錯覚を起こす。一振りの剣が十体を超える魔物を斬り殺す。一突きの槍が魔物の胴を二つに貫く。一つの魔法が魔物たちを舞い上げる。


 黒服たちのその数は――敵数千の軍団に対して五十にも届かない数でしかない。


「スゥ―――――――」


 京都の街を懸ける抜ける男の一呼吸だった。


 深く息を吸い込み体内の肺にとどめる。それが体に酸素を流す。


 長刀を腰に下げて敵の正面に斬り込んでいく。


 脚を踏み込み、柄を握る手に力を込める。


 ——居合式抜刀術イアイシキバットウジュツ


 サソリが尾を構えるよりも早く鞘から引き抜かれる長き刀身。


 ——イチカタ ミヤビ


 命を刈り取る為に刃は振るわれ無惨に散らす。


 その一振りは初撃。一体の魔物を両断しながらも足は止まらない。次の獲物へと呼吸を止めたまま走り続ける。舞う血よりも切り離した動体が落ちるよりも早く。


 ——追撃式斬刀術ツイゲキシキザントウジュツ


 古き町屋の景色を埋め尽くす魔物に向けて男の攻撃が止まない。


 ——サンカタ 神楽カグラ!!


 一撃目の居合とは違い、袈裟斬りを繰り返すように男は舞い続ける。刀の勢いは止まらない。魔物たちの四肢が飛び跳ねる。斬りながらも移動は加速する。斬撃は加速につられて上がっていく。男の舞いは死を連れて華やかに踊り狂う。


「ハッ……ハァ」


 激しい動きが止まり一度男は鞘に刀を収めた。

  

 呼吸で動きが止まる。無呼吸で動き続けた体にまた酸素を送り込む。


「スゥ―――――――ッ!」


 その男が呼吸する間に長刀が斬り終えた魔物数はじゅうに至る。


 それが三嶋隆弘の《息吹いぶき》。呼吸法が違うわけではない。深呼吸をするだけ。それだけで常人の十倍は動き続けることができるのが彼の能力。呼吸を終えた三嶋は次なる標的に向かって京都を走り抜けていく。


 一方、火を連想するような紅い獅子が京都の街を駆け抜けようとしていた。


「町を壊しちゃいけないのが……キチィな」

 

 集団で牙をむき出しにして一人の大男に喰いかかる。それが敵だと判別は出来ていた。仲間がやられる時に必ず黒を眼にしていたからだ。複数の魔獣がその黒を目掛けて飛び掛かる。


 ——五体か……


 普段の男からも想像できなかった。鈍い男として名をはせている。


「よっと」


 ただ、その腕は太く力強く魔獣を粉砕する。一体を叩くだけではなく、五体の魔物を同時に横薙ぎで切り裂いた。獅子を倒せる人間が存在する。ただそれだけのことだ。


 だからこそ、獅子は脅威と捉える。その男の存在を。


「おっと」


 獣は集団で脅威に襲い掛かる。一体では足りないのであれば数で弱ったところを襲い掛かる。息をつく間も与えないように屋根の上から町の壁を三角飛びでもするかのように男目掛けて牙と爪を立てる。


「派手に動き回ると……」


 それでも、男は動じなかった。慣れていた。


 幾つもの戦場を駆け抜けたが故に冷静でいられた。予想外の動きであろうと対処の仕方は細胞が知っている。経験値として男の大きな体と武器に積み上がっている。

 

「やりづらいってのッ!」


 力任せに斧を振り回すだけでよかった。倒し方も殺し方も知っている。


 上に振り上げるだけでいい。下に叩きつけるだけでいい。


 ただ、戦えばいい。


「どうした……かかってこいよ」


 魔物頭部から斧を引き抜き男は魔物に話しかけた。


「今度は、こっちから行くか?」


 男の存在に畏怖した魔物が後ずさりをする。知っている人間という種族とは違うことは明白だった。狩り取られるだけのモノと狩れるモノとの違い。それは自分たちの生命を脅かす存在。


「行くぞ、断罪絶斧ダンザイゼッフ————」


 動かぬ獣たちへ男はただ斧に力を込めて上段に構える。

 

 ソコに居れば助かると思うなと――男は吠える。




「ゴォオオオオオリキ《剛力》ッッ!」




 力込めた一振りが魔物の集団を引き飛ばす。怪力の一撃。力の違いを見せつけるだけの一撃。男の持つ武器に魔獣は死を連想する。あの斧が振るわれれば自分たちの命は容易く尽きるのだと。


「加減って、難しいよな……」


 男はぼやいた。まだ本気など出していない。本気を出してしまえば町を壊しかねない。だからこそ、男はただ手を抜いて魔物を殺すだけだった。その手を抜いてる姿に怒りを覚えるものが一人。


「田岡、テメェ! チンタラやってんじゃねぇぞ!!」

「ハ、ハイ!!」


 黒服を率いる者からの叱咤がオトコ田岡茂一の心臓を激しく恐怖で揺らす。


 その姿を第六研究所はただ見守るだけだった。


 ここからは、最強の集団ブラックユーモラスの戦闘を眺めるだけの傍観者である。



《つづく》


 

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