第111話 終わりを捻じ曲げた結果がイマ

「豪鬼さん、自衛隊の方々との打ち合わせ終わりました!」

「杉崎ちゃん、有難い。陳謝でござる」


 自衛官との打ち合わせが終了し杉崎莉緒が豪鬼の元に戻る。自衛隊の車両が音を立てて移動を開始していく。それを黒服の者たちは横目で見て安堵のため息をつく。自衛隊の隊員たちは軍のスペシャリストだが、魔物との戦闘のスペシャリストではない。


 こと、異世界のゲートが絡むのであれば自警団の主戦場。


 彼らは異世界で力をつけた猛者。おまけに現実世界に帰ってきてからも幾多の戦場に身を置き続けた絶対強者。異界との戦争のスペシャリスト達の集団。彼らの訓練は魔物を掃討するためのもの。


 ソレが――ブラックユーモラス。


 遠目で自衛隊の退避を見届ける杉崎が豪鬼に語り掛ける。


「ただ手ぶらでも帰すのも悪いので、自衛隊の方々にはゲート解放直後の空爆だけは依頼しておきました」

「ソレで十分」


 杉崎の配慮。せっかく援軍として来てくれた自衛隊を無下に帰すだけでは彼らの名誉に傷がつく。戦場に残せば彼らの命が保証できない。それならばと杉崎は気を利かせて空軍での攻撃を要請、ブラックユーモラスからお願いするという形で彼らのメンツを保つ。


 遠距離砲撃での支援というカタチも自衛隊側から提案があったが、


 戦場が広く砲撃・魔物・ブラックユーモラスの隊員が入り乱れ混乱を招く可能性がある為に杉崎は丁重に断りを入れた。遠距離が功を奏すのか、はたまた戦場を混乱させるものになるのかギャンブル的要素の排除である。


 自衛隊との距離が開いたところで黒服の漢たちが各々の武器を取り出す。


 拳を保護するナックルガード形状の金属で装飾された武器を装着する拳闘士。ククリナイフの双剣をバトンのようにクルクルと回して振り回す暗殺者。死神の鎌のように長く鋭いデスサイズ持ち構える邪神教徒。手に幾つものサイコロを持ち投げて回す賭博士。制服の下で体に無数の虫を這わせて話しかける蟲使い。


 ソレゾレが一流の技能を持つ黒服の集団。


 各々が戦闘準備をしていく中で、杉崎莉緒もまた深く深呼吸をする。


 女狂戦士アマゾネスである女の精神統一。


 心中で精霊たちに囁く森の番人。


 ——精霊の加護を


 杉崎の黒服の下で紋様が浮かび上がる。


 ——精霊の御業みわざをワタシに……


 鍛え抜かれた細い体の筋肉が彼女の心の叫びに反応する。紋様が体中を這い螺旋を描き締め付けるのを退くように全身へと力が籠められる。杉崎は二つの拳を握り、熱気を帯びた体が雪原で蒸気を上げる。




 ——寄越せェエエエッッ!!



 

 願うのではなく従えるように心で恫喝する。彼女の叫びに応じて全身に紋様が駆け巡る。顔にも広がる精霊たちのとの契約の証。体の色は紅く変わり縄で締め付けたような奇怪な精霊の文字が浮かび上がる。


 だが、マナなどではない。


 それは彼女の能力——《変化へんげ》 


 いくつもの女の顔を持つ杉崎莉緒という人格の戦闘スタイル。その姿は見るからに気性が荒く戦闘狂の彼女の本性を表す。体が一回り大きくなり結わいていた髪留めは弾き飛ばすほどに挑発が猛々しく針金のように伸びる。

 

 戦闘準備を整えた杉崎はかけていたメガネを外して黒服にしまい込む。


「豪鬼さん、六体神獣ろくたいしんじゅうって、どういったものだったんですか?」

「えっ!? あっ……六体神獣ね」


 突然話しかけられた豪鬼は僅かにテンパった。何度か見たことはあるが隣で変化するクールビューティに困惑していた。ちょっと、杉崎のその姿が怖かったというのもある。


 喋り方が変わるほどに動揺する豪鬼。


 だが、至って杉崎莉緒は通常通りだった。

 

「私がブラックユーモラスに入る前の話しでテレビで見たことしかなくて」

「そうだね……杉崎ちゃんが入るよりずっと前だしね。アレをきっかけにブラックユーモラスが創設になった事件だから」

「ん……六体神獣の前からあったんじゃないんですか、ブラックユーモラス?」


 でなければ、杉崎の中で辻褄が合わない。六体神獣を退けたのがブラックユーモラス。ならば、それ以前に結成されていなければ彼女の中でオカシイ。


「表向きはそうだけど……アレは晴夫さんがそう強引に真実を捻じ曲げて思い通りに持っていったからだから」

「んん?」


 不思議そうにする杉崎莉緒を前に豪鬼は苦笑いする。2002年のあの当時九条豪鬼はブラックユーモラスの隊員ではなかった。ソレが六体神獣をきっかけに隊員に丸め込まれたという真相を知る者は昔からブラックユーモラスにいる者しか知らない。


 だが、それは豪鬼にとっては懐かしい思い出。


 豪鬼は晴夫を思い出しながら空を見上げる。


「でも、どちらにせよだったんだ」

「どういうことですか?」


 あの一件で人生が変わった男。自分中心の涼宮晴夫という人間が捻じ曲げたのは、ブラックユーモラスの事実だけではない。九条豪鬼という人間の存在をも捻じ曲げてしまったのだから。


 それでも九条豪鬼は笑って杉崎の方を向く。


がいなければ、日本は終わってたんだよ」


 ただその終わりを捻じ曲げた結果がイマなのだと、


 豪鬼は懐かしくて笑ってしまった。

 


《つづく》

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