第98話 異世界異端者 VS 御庭番衆 —最高のスリルを約束してやる—

「いつか……終わる世界ねぇ…………」


 窓が割れ壁が破壊された一室でソファーにもたれ掛り、包帯の男は女の言葉を思い出す。今回は生死がかかった状態だった。あの場で女が暴れればやられていただろうことが男には分かる。


「神々に未来は奪われたか……」


 女はソレが神の猛毒だと語った。


 一時の甘い夢の毒。


『ミレニアムバグがかってことだ』


「…………」


 男は黙って頭を働かせる。女が出した言葉を、女が語った意味を。


 ——何もしなきゃ世界が滅んで終わり………。


 未来というものがどこをさすかは不明瞭だ。それでも分かるのは、そう遠くない。女が重く語った理由の真意はどこにあるのか。なぜ、ソレを自分に語ったのか。


 ——おおっぴらに動けば御庭番衆が俺たちを狩りに動く………。


 世界を滅びるのを待つか。


 滅びを阻止するのか。


 男はその選択を決めなければいけない。

 

「どちらにせよか――」


 動かなくても死ぬ。動いても死ぬ。


 同じ死だと男は結論づける。


 そこに複数の足音が近づいてくる。


「リーダ、お客様の見送り無事に完了よ」

「マリー………」

「どうしたの、そんなに考え込んで?」

「勝てるか……あの女に」


 御庭番衆頭首に勝てるかと仲間に問いかける。


「うーん…………」


 赤いマントの下で唇に手を当て、小さい金髪の女は妖艶に答える。


「無理ね」

「まぁ、そうだろうな」


 女は考えて即座にやめた。あの女とやり合えば勝てる気など、マリーにはわかない。


 彼女はいつものように、


 リーダーが座っているソファーの近くに寄っていく。


「ある程度準備して、ようやく一割。完全にやっても二割ってところかしら」

「あぁ……それぐらいだ」

「ちなみに私たちの全員がかりでって、ところね。もし勝率を上げるとしたら」

「ウチにはミミしかいねぇな…………」

「ご名答」


 包帯男との会話を楽しむようにマリーは透き通った声を弾ませる。


「なに、なに? やる気なの?」


 それに二人の話を聞いていた長身のオカマが近寄っていく。


「アタシはあの子だけでいいわ。狼少女ちゃん!」

「マダム、あの子は獣人よ。見た目と一致するか分からないわ」

「いいえ、匂いで分かるわ!」

「ずいぶんと便利なハナね」


 マリーはクスクスと笑いマダムの鼻を見つめる。マダムは視線を気にせず小狼ちゃん、小狼ちゃんとシャオの姿を思い出し思い焦がれている。


 その横で人形を持った少年が近づいていく。

一人で二役人形を使い分けて少年は表情だけを合わせる。


「あー、こわかったよリーダー!!」「あれが国の力ってやつか……凶悪だな」


「無道奴らは、ちゃんと帰ったか?」


 リーダーの問いかけに少年は慌てて戸棚にあった花瓶に向かって走っていった。少年にとってはあの二人の存在が恐くてしょうがない。あの場でやれば殺されていただろうことは簡単に分かっている。


 少年は花瓶を持ち上げて、


「————っ!」


 無言で下に思いっきり叩きつけて、


 割って見せる。


 そして、花瓶が割れた床をじっと見つめた。


 水が広がっていく様を、花が散らばって描いた模様を。その水は不自然に広がっていき、花は水の上を滑って移動していき、水の外側へと零れ落ちた。


「リーダー、アイツら、山にいないわ! 帰ったわ!!」「帰った、帰った!」


 ソレは術によるもの。水が山全体の構造を映し、花びらが御庭番衆の位置を示す。それがヒラヒラと山の外まで行って水から遠ざかっていく。簡易的なレーダーを作ったものである。


「で、リーダーわ」


 包帯の横目に金色の髪が垂れ下がり赤い外套の下の綺麗な顔が見つめる。


「どうする気?」


 翠瞳の瞳が狂気の動向を探る様に試す。


 男は一度息を溜めて、想いを言葉に込める。


「一人のエゴで世界が動かされている」


 その男の言葉にメンバーは耳を傾ける。


「誰かの言いなりになるっていうのは、最悪に」


 これが今後の方針になるだろうと。




「気分がワリィもんだ――――」



 包帯男の意志を宿した強い瞳に仲間は嗤って答える。そうでなければいけないと。自分たちは異世界異端者という狂った集団なのだから。誰かに飼われることもない。


「鈴木政玄の思惑通りに動く気はねぇ、世界は」


 エゴとエゴ。


 ミレニアムバグの中心にいるのは包帯の男も人物を分かっている。


 御庭番衆の言葉、そして自分たちへの対応。


 これら全てが繋がっているのだと。




「———オレらの、もんだ」




 さすがと言わんばかりにリーダーに皆が顔を向ける。


「なにやら、遅れちまったみたいですね」

「ソリッド、おせぇよ」


 そこに遅れて現れるメンバーに包帯男が嗤って迎える。ソリッドの方には気を失った白狼が抱えられていた。シャオと女の一撃で完全にのされていた仲間の回収に一人向かっていた。


「国を相手に喧嘩を売る、おまけにソレが歴代最高を相手になんて」


 それでも、ソリッドは最後の言葉を聞いていた。


「最高じゃないっすか」

「あぁ、仲間も大半を削られたのに狂ってるよな」


 ソファーから男は立ち上がる。


 その男に尽き従うように仲間の視線が集まる。


「勝てるわけがない勝負だ」


 半数以上の仲間を殺されても、なお、狂人たちは嗤う。


「それでも無駄死にする気はねぇ」


 この男が居れば大丈夫だと。この男の元に狂気が集結されたのだと。


「お前らに二度と味わぇねぇ最高の」


 それが異世界異端者たちの頭首。


「スリルを約束してやる、だから」


 はみ出し者たちを束ね導く先導者。


 狂人たちのカリスマ。





「俺についてこい」



 

 部屋の扉にもたれ掛る血だらけの少女が声を上げる。


「パパ…………っ」


 聞こえていた。


 男の言葉が、男の狂気が、男の意志が少女を震わせる。


「ミミ、どこ行ってた?」

「ごめんなさい……涼宮君にちょっかい出そうとしてた」

「そうか、そうか」


 男は扉にもたれ掛る疲れた様子の少女に近づいていく。腹をさされた衣服はズタボロに近い。戦闘をこなして来たことは分かる。おまけに涼宮晴夫の暗殺に必要な駒を見に行っていたこともリーダーは理解している。


「ご苦労だったな…………」

「パパ…………ッ!!」


 男に触れられた少女の顔が苦痛で歪む。男の腕が容赦なく少女をまさぐるる。体の内側を抉るように閉じかけていた腹の傷を掴み悪戯にいじくりまわす。


「俺はー、そんなことしろって言ったか?」

「ッァアア、アハァ――!!」

「なぁ、パパのいうことを聞いてくれよー」


 言葉は優しくともやっていることは拷問に近く、


「ホント、頼むぜー…………」


 これでもかと傷をねじ繰り回す光景に誰も動こうとはしない。




「ナァアアアアアアアアアアア!」




 男の怒号が響く。それが狂気の日常に他ならない。横にいる少女の眷属である吸血鬼だけが彼女の苦しみから瞳を逸らす。男が少女の腹から手を引き抜くと、少女の膝が崩れ落ちた。


 少女は腹部を押さえながらも、


「ごめんなさい、パパ」


 パパと呼ぶ男の足を掴んで縋る様な瞳をぶつける。

 

「ごめんなさい、パパ……ミミ、イイ子にするから」


 その言葉は彼女の風体よりも幼く幼児のような言葉だった。


「お願い………パパ…………お願い」


 親に捨てられない為に子供が縋る様な懇願するような声だった。


「…………反省したか」

「した」

「いうことを聞くか」

「聞く」


 子供のように縋るミミに男は膝を曲げて目線を合わせる。


「なら、気を付けろよ」

「パパ……」


 許す様に言葉をかけ男は立ち上がる。少女はパパと呼ぶ男を崇拝するように見上げる。ミミにとって、パパの存在は絶対なのだ。彼女にとって、リーダーと呼ばれる男こそが唯一無二の神に近い存在。


 自分を創り上げた、父なのだと――。


「————ッ!!」

「ミミ様!!」


 ミミの頭部が激しく扉に打ち付けられる。それに吸血鬼は慌てた。突然、許された空気を壊す様に立ち上がった男の足が少女の顔面を捉えて弾き飛ばした。包帯の男は何食わぬ顔でただ、部屋を後にして消えていく。


 少女を蹴り飛ばしても感情の色はみせず、


 助けることもしない。


 吸血鬼だけが少女の元に駆け寄っていっただけだ。


 他の者もミミが痛めつけられたことなど気にしていない様子で、


 ゾロゾロとミミの横を通り過ぎて部屋を後にしていく。

 

「ミミ様………だいじょうぶですか」


 吸血鬼だけが彼女を心配して横たわっている傍にいる。


「イタイ…………イタイ」


 彼女は蹴られた顔を手で覆い隠し痛みを声にする。


「蹴られた………イタイ」

「ミミ様…………」


 吸血鬼は少女の声に心配そうな顔をぶつける。


「パパは………ミミを」


 心配そうに見ているアインツの耳に少女の微かな笑い声が聞こえる。


 だから、誰も彼女を心配などしないのだ。


 痛みが他の者と彼女にとって違いすぎるが故に、




「ちょー、愛してる………」


 

 気に病む必要などないのだと。


 これが彼女のにとっての愛なのだと。この少女はもう壊れているのだと。


「ミミ様………」


 それに吸血鬼だけが不安な表情を浮かべるだけだった。



《つづく》

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