第25話 言ったもの勝ちですわね
「やるな……櫻井」
「さて……ここからどうくる、強?」
教室では二人の男を取り囲むように並ぶ田中達。それは授業の合間の休み時間。ひょんなことから始まった。いつものように強の机の周りにメンバーが集まった際に出たミカクロスフォードの一言が発端。
「涼宮って、見るからに不器用そうですわね」
「なに?」
その一言が遊び人に火をつけた。そして周りを巻き込んで一つの遊びが開催された。それは器用さを競う遊びであり想像力を必要とする。そこで競い争った。一人一人と脱落していく中で最後に残ったのは器用なピエロと遊び大好き強ちゃん。
「お前にこのロンドン橋を攻略できるか?」
「出来ないと思ってんのか?」
お互いに熱き挑発を繰り返す。
ミカクロスフォード達も息をのんで見守る他ない。あまりに二人のやりとりが高度過ぎて着いていけない。櫻井のロンドン橋を強がどう攻略するのかも分からない。
静かに強の両手が櫻井に向かって伸びていく。指が奇妙な軌跡を描く。行ったり来たり戻ったり。
「ここをこうして……こうだろ……でこうだッ!」
「……まさか……これを返すとは……!」
強が両手で見せる芸術に櫻井の顔が歪む。周りの観客も息をのむ。それに発端であるミカクロスフォードも悔しそうに漏らす。
「涼宮がまさかここまで出来るなんて……」
器用という他ない。その手に描かれる一本の糸の芸術。それはごく単純に見えてとても難しい芸術とパズルの世界。その輪っかになった糸で相手の芸術を上回る作品を描き出していく芸術バトル。
「あやとりで……ここまでレベルが高いなんて初めてでふよ!」
そう、これは――『あやとり』。
器用である必要が求められ、かわりばんこに交代して相手の芸術を奪い取る遊び。相手の作った芸術を自分の手でさらに昇華する必要がある。奥深く極めれば極める程に難解な手順が必要になる。
「東京タワーだ……櫻井!」
「ついにここまで来ちまったのか……」
二キル嬢が初めに脱落し、そのあとを追ってクロさんが死亡。サエとミカクロスフォードは粘るもののさすがに五人の手を超えてしまった手順の先は分からない。田中も現代人として頑張るものの二人の域には遠く及ばない。最後に小泉が残ったが田中に同じ。
遊び人とピエロの一騎打ち。
「俺に勝ったと思ったか……強ッ!」
「なにッ!!」
周りはその高度な戦いに目を奪われていた。たかが十指が描き出す芸術に限界がない。若干ではあるが教室で視線が集中しているのいうまでもない。本域のあやとりなど見れるものではない。
「バべルの塔だ!」
「……クッ!」
櫻井が自慢げに出すものは東京タワーを上回る。とんでもない器用さである。一本の糸が描き出す限界を超えてきている。このピエロはとんでもない。日本から飛び出している。おまけに旧約聖書の世界であり、ファンタジー極まりない。
それには周りも興奮せざる得ない。クロミスコロナは目の前に出来ている造形に目を輝かせている。
「サエ、あとでアレ教えてもらいたい!!」「アレは無理じゃないかな……」「あれって……本当に一本の糸ですの?」「次元が違いすぎるでふよ……」「小泉シャン、すごいですよ!」「スゴイとかの……次元なのかな……」
教室の端で見ている生徒達の視線も見開かれている。それほどに造形がヤバイバベルの塔。謎の小窓がたくさんある巨大な建造物。一本書きですら難しい代物である。
「さぁ、どうする強?」
「ここまでやる奴はお前が初めてだ……櫻井ッ!」
勝ち誇った櫻井の顔に強が悔しそうに吠えた。ミカクロスフォードは静かに思った。強が誰かとあやとりしている想像が出来ないと。やる相手いなかったから初めてでしょねとツッコむのは賢い彼女はしない。
強の動揺を逆手に取るようにピエロは嗤う。
「俺にこの手の勝負で勝とうなんて爪が甘いぜ……強」
「……」
「器用さで俺に勝てる奴なんていないんだよ」
「……」
「だって」
「……」
ヤツはバベルの塔を見せつける様に悪役の笑みを浮かべる。
「ピエロですから!」
「そうだ……」
「なに!?」
たかがあやとりに熱くなるのが高校生の休憩時間である。くだらない遊びに本気になるからこその男である。白熱した戦いは底を見せない。ピエロの発言を逆手に取るように今度は強があざ笑う。
「お前はピエロでしかない」
「まさか……これを返せるっていうのかッ!」
「俺が返せないと、ギブアップと、口にしていない時点で燥いでる……」
強の両手が素早く動いていく。櫻井のバベルの塔が紐ほどけていく。強が描き出すはこの異世界建造物を超える芸術を描き出すために。そして、その作業を終えた時に強は勝ち誇った。
「お前は真のピエロだよッ!!」
「なんだ……それは!?」
それは完全に櫻井の芸術を超えた。遥か先の建造物。バベルの塔を遥かに超す前衛芸術。この男に遊びでの敗北はない。遊びとつけば右に出るものはない。
「宇宙エレベーター……だッ!」
「なんてもんを作りやがる!!」
彼らの芸術は遂に宇宙に届く。クロミスコロナは横ですごーい、すごーいと大はしゃぎ。ミカクロスフォードは眉を顰めてみる。ここまで涼宮強が出来るとは思っていなかった。残念ながら目の前にあるのは芸術と言わざる得ない。
螺旋を描く縦長の超幾何学模様。
手順などわかるはずもない。ここまでのあやとりはイマジネーションも必要だ。どうやって一本の糸を複雑に絡め描き出すか。その手順は無限に広がる。きっと誰かが宇宙エレベーターを作っているはずだ。あやとり宇宙エレベーターで画像検索しても出てこないだけに違いない。
「勝ち誇ってたのが……いい笑い者だな、ピエロ」
「………………」
「どうした、参りましたが聞こえんなー?」
もうここまで来たら誰もが終わったと思う。だがこの男は誰だ。櫻井はじめという人物はどんな人物だ。絶え間ない不幸に撃たれ続けた。どんな逆境も跳ね返してきた。
「まっ、これぐらいやってもらわなくちゃ盛り上がらねぇよ」
「負け惜しみも……大概にしろッ!」
まだ敗北を受け入れない男に吠えた。薄気味悪い笑みを浮かべている。宇宙エレベーターだ。宇宙エレベーターを一本の糸で作ったのだ。ここからの手などあるわけがない。だが、櫻井の反応が不気味でしょうがない。
「おいおい、強ちゃん……それは負ける奴のセリフだ」
「俺に勝てるわけがねぇだろ!」
「そう思ってられんのも今の内だ……ッ!!」
櫻井の手が素早く強の宇宙エレベーターを解体していく。これでもかと複雑に交差する。ここから描き出す次の世界。櫻井自身の作ったことなどない。だからこそイメージする完成予想図。
幾何学図形を描き出す方程式はさらに進化する。
「お前が宇宙なら……」
そして櫻井は両手を開いて、その結果を見せつける。
「俺は銀河だ」
蜘蛛の巣のように描き出される世界。そこに丸い球体がいくつも浮かんでいる。それは星々を繋ぐネットワークを描き出した世界。それに物言いするように強が立ち上がる。
「それは禁じ手のはずだ!!」
「……なぜだ?」
ピエロは分かっていながらも強に笑みを浮かべる。これを超える手はないと知っている。銀河まできた先のあやとりなど存在しえない。
「それはのび太しか出来ないはずの……あやとりの究極系じゃねぇか!」
「ドラえもんフリークの強ちゃんにトドメを指すにはちょうどいいだろ?」
「クッ……!」
ドラえもんネタが多いこの作品。行き着くところはやはりドラえもん。銀河はあやとり大臣であるのび太が生み出し大技。一本の糸で描かれる究極系。それは宇宙全ての構図を表すほどの造形。
藤子・F・不二雄先生が考えし、あやとりの究極系!
「キタねぇ……キタねぇぞ、櫻井!!」
「さぁ、かかってこいよ……超えられるものなら超えてみやがれ!!」
白熱するあやとりに決着が尽きそうな空気が流れる。見守る者も次元が高すぎてついていけない。確かに櫻井の手に描かれている銀河を超える者などないと思える。銀河を超える壮大なものがこの世に存在するのか。
「どうした……強? もう打つ手なしか?」
勝ち誇ったピエロの顔がムカつくと言わんばかりに強が睨みつける。大勢は決した。もはやこれは規格外。むしろ、ここまであやとりをこなす高校生などこの二人ぐらいだろう。ちなみにのび太は小学五年生という豆知識。
「いいぜ……超えてやるよ」
「どうやってぇー?」
口だけだと言わんばかりのピエロ。だが涼宮強とて負ける気はない。此処から先は前人未到。そうだと思いたい。こんなアホなことを考えるのは先生とワタシだけでいい。
強は頭をフル回転させる。これから描き出す世界をイメージする。
「……」
「どうした、さっきまでの威勢は?」
ピエロの声は無視して、ピエロが作っている銀河の進化系を創造する。頭の中で紐が動きクネクネと動く。あやとりは創造の遊び。一本の糸で描き出せる究極を探す哲学。
「決まった……」
「え、なんだって?」
ピエロは両手が塞がっているので強に向けて小ばかにするように耳を傾ける。敵にすると挑発が度を越しているのがピエロである。田中あたりがやったら強に殺されていてもおかしくない。
「これでお前の負けだ」
強はピエロの造形を崩した。そこにイメージした世界を描くために。両手を広げた。あまりの手順の少なさに周りは怪訝な顔を浮かべる。
「それは……なんだ」
「銀河を超えるものだ……」
誰もが涼宮強が描き出した造形に名前を出せなかった。それは今までの図形からは類を見ない。櫻井ですら何か分からない。そこにあるのは一つの円。幾何学の先を描き出したもの。
「ブラックホール」
ただの一本の糸。むしろ初期に戻ったに近い。誰もが判定に悩むが席から櫻井が崩れ落ちた。強の作った世界観に圧倒されるように震えはじめた。
「まさか……ブラックホールだと!?」
「そうだ」
「クッ……!」
高次元なやり取り過ぎて周りは置いてけぼりである。さすがに誰も分からない。これだけの説明で分かるヤツがいたらヤバイ奴だ。狂ったやつにしか分からない。
「サークライ……あれが何かすごいの?」
今まで見た中で一番しょぼい形にしか見えないからこそミカクロスフォードは問う。それに返ってくるのは、
「バカヤロウ、見て分からねぇのかッ!」
「なんで!?」
罵倒だった。高度な戦いは凡人には理解できない。櫻井だからこそ涼宮強が作り出した形がどれほどの物かがわかる。あやとりの究極系の先にある世界観。銀河の返しという時点であり得ない。
ソレをやってのけたのだ。
「理解出来ねぇのか……お前ら……」
櫻井はミカクロスフォードたち一同を見るがピーンと来ていないのに舌打ちをした。勝ち誇るご尊顔の強を前に悔しそうに櫻井は仕方なく解説を入れることにした。
「ブラックホールってのは宇宙の終わりだ……」
あやとりの解説という職業はあるのだろうか?
「銀河の先にある形に強は無を選んだ……」
あやとりのプロとかいるのだろうか?
「虚無だ……究極の先を作り出しちまったんだ!!」
ぜひ、この内容を判定して欲しいものだ……。
「分からないのか!! 宇宙っていうものの終わりを強はあの円で描きだしちまったんだ!!」
櫻井先生のアツイ解説は続く。
「全てをゼロに戻す……作ってきたものを全部ぶっ壊してまったくの無駄にしちまう!!」
あやとりっていうのは見ても分からない。題がついて初めて作品に意味を成す。
「アイツはそのゼロとブラックホールという巨大な円をあの造形にぶち込んだんだ!! なぜ、これのすごさが分からない!!」
何度も書くが分かるヤツは頭がヤバイ。分からないのが正解である。
「宇宙の神秘を……ゼロという虚無で新しく作っちまった!! 勝てるわけがねぇだろ!」
ということ、みたいです。最近、作者の頭の中が心配なのが作者です。
「さすがだ、櫻井……いい勝負だった」
「負けたぜ……強」
「お前が相手じゃなきゃ俺はブラックホールを完成することは出来なかった」
「強……ッ!」
あやとり勝負は終わった。二人はお互いを認めあい高め合う。そして、周りは完全に置いてぼりになった。誰一人二人の熱さを理解出来ず、櫻井の解説の意味も分からず、ただ茫然と見送るしかない。
櫻井はガシっと強を抱きしめる。
「いつかお前を超えてやる!」
「あぁ、待ってるぜ!!」
そうして、ミカクロスフォードは理解した。
「なんですの……この寸劇は……」
この休憩時間で彼女が得たものは明確だった。異世界から来た彼女にとってこの時間での一番の収穫はいうまでもない。これはあやとりの戦い。
「田中さん、私あやとりというものを理解しました」
「なんでふか」
だからこそ、彼女は抱き合う二人を他所に心からソレを言葉にする。
「言ったもの勝ちですわね」
そして、休憩時間終了のチャイムが教室に鳴るのであった。
《つづく》
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