第14話 ジャンク帝国の秘密兵器
これは金髪貴族がジャンクラーメンを食べるだけの物語。
ただそれだけのこと――たったそれだけのことでしかない。
「おい……なんかおかしくねぇか?」
「そうだな……今日はトン次郎らしくない……」
外で待つ行列が一向に進まない。回転が命のラーメン屋においてそんなことは起きない。だからこそ常連たちが違和感を覚える。何かを感じ取らざる得ない。
「なんか地下から……雄たけびが聞こえるよな?」
「これは……」
わずかに下から漢たちの大合唱が漏れ出ている。下から吹く風が熱気を帯びて頬を撫でていく。とんでもないことが地下食堂で起きている予感が外の客たちにも伝わる。
それが何かは分からない。それがただ金髪貴族がジャンクラーメン死にもの狂いで食べているなどとは予想だにしない。そんなことはこの店で起きるはずもなかった。
今日までは――
「いっけぇ、嬢ちゃん!」「もう半分切ってるぞぉお!!」「止まるなよ……止まったら麺にやられるぞ!!」「最高だよ……アンタッ!」
ただ一人の少女の行く末にに店内の視線が降り注ぐ。声援が止まない。店の誰もが彼女を認めた光景が広がっている。一度は限界を迎えたはずの食欲は勢いを取り戻し戦場は苛烈さを増す。
それにはさしもの『ジャンク帝国』も大慌てになる。
「スープ提督、異常事態でございます!」
「えぇい、これは一体何事じゃ、一体全体なぁにが起きているッ!?」
トン次郎王国との戦争は苛烈に燃え上がっている。続々と登場する援軍。彼女を鼓舞するように戦い続ける常連たちは勢いづいている。ジャンク帝国にあがる狼煙は彼らが戦い続けている証に他ならない。
「トン次郎王国の一斉攻撃が始まりました!! 手が付けられませんッ!!」
「このッ……今日は厄日だッ!!」
潜水艦の様に薄暗いモニター室にスープ提督の怒りが溢れかえる。顔が憤怒に歪む。今日という日がトン次郎という店が変わり始めた日に他ならない。その最悪の日である戦争は彼らにとっては地獄だ。
「ただでさえ……プラチナ田中が攻めてきたばかりだというのにッ! コレはなにが原因だッ!!」
FATボーイにこれでもかと戦場を荒らされた。スープまで完飲という完膚なきまでに叩き潰されたばかりだ。その直後だというのに彼らに休息などないかのように迫りくる常連たち。
いつもなら五分五分の勝利で均衡していたジャンクラーメンに危機が迫まっている。今日という日が命日になりかねない勢いを感じる。だからこそ苛立ちが募る。
「それが……申し上げにくいのですが……」
それはトン次郎に於いて今まであってはならないことだった。だからこそ伝達兵の声が尻すぼみになる。スープ提督がこの現状をすんなり受け入れるわけがないと分かっている。
それでも伝えねばと伝達兵は先を続ける。
「一人の金髪女の仕業にございますッ!」
「なに……ッ!」
伝達兵は震えた。何も悪くないのにそのスープ提督の目が殺意に輝き自分を見ている。そんな現実を認めるはずもない。
「金髪の女だと申したか、貴様……?」
「ハイ!! その通りでございます!!」
「ふざけるなァアアアア!」
「——っ!!」
広い指令室に広がる怒号に伝達兵が苦悶の表情で頭を下げた。それだけは認めないとスープ提督は怒ったのだ。スープ提督はヤツの動きを見ていた。一度は散歩して帰っていったはずの金髪だ。おまけにヤツの戦場エリアは普通ではない。
「アイツのエリアの兵士はこれでもかという程に装備を渡して強化しておる!!」
長い間、放置した麺がスープを吸って膨らんだはずの意。
「おまけに新兵だったはずだッ! あんなお遊び女のせいでトン次郎王国が活気づいたとは何事だッ!!」
「ハッ! さしでまがしいかもしれませんが……あれは金髪女、ヤツの罠かと!」
「罠だと!!」
もはや、スープ提督のテンションは振り切れている。伝達兵は頑張ってことを告げる。自分が分析した結果をそのままに。
「一度退却をした振りをして油断させていたと思われます!!」
「何を……ッ」
ただトイレ休憩に入っただけの小娘。そう思わざる得なかった。
「言っている、貴様ッ!!」
「申し訳ございませんッ!」
スープ提督は理不尽にも伝達兵を怒鳴りつける。指令室にあるモニターにいくつもの戦場が映っている。先程までその金髪女を皆で笑って見ていた。銃を大事そうに磨き上げて、服が汚れるのを気にして、ウォーキングでもするかのように戦場にある山を見て帰っていた姿を。
「提督、金髪女をモニターに出します!!」
一人のオペレーターがミカクロスフォードの動きを捉えた。
「映せェエエエエ!」
もはや、負け越しそうなジャンク帝国のスープ提督は気が気でない。声がずっと張りあがったままだった。オペレーターは急ぎその戦場へモニターを切り替える。
一人の金髪が泥臭くも戦場を駆け抜ける姿に提督の顔が歪む。
「なんだ……コレはッ!!」
モニターが素早く動いていく景色を映す。オペレーターも伝達兵も何が起きたかと言わんばかりに口を開けてみていた。先程まで笑いものだった新兵ではない。服は泥をかぶり迷彩のようになっている。顔にも泥が飛び散り綺麗な容姿を変える。なにより眼つきが変わっている――戦士の目だ。
「誰だ……コイツは……」
新兵と侮るような姿の女ではなくなっている。わずかにインターバルを取るように野菜の壁を使って食欲という弾を銃へリロードする。手際に迷いがない。逃げる気配がない。気後れもしていない。やることを決めた者の判断力の高さ。
リロードの時間はミカクロスフォードの銃弾が止んでいる。だからこそ戦場のメンズ兵士共は油断をした。それは食欲の中断に他ならない。金髪の足が止まったのかと。
「ついに力尽きたか……」
「バカッ! 頭を出す――」
一人が頭を出した瞬間――頭部に衝撃が走り足が地を離れる。仲間の前で体を横にして脳髄をぶちまける。目に留まらぬ正確な狙撃。少しでもスープから顔を出そうものなら正確に箸という銃で捉えてくる。
「おい、おい!」
必死に撃たれて倒れた仲間を揺するが応答などあるはずもない。正確無比なヘッドショットを決められた。それは即死だ。そして、頭を物陰から出さずとも戦場をかき分けて残存兵を探している。
戦場の音でかき消されているが故にソイツは気づけなかった。
「おい、おい! 目を覚ま――ッ!!」
「覚まさないようですわね……ならば、送ってさしあげますわ……」
目の前に金髪の毛髪が落ちてくるまで、その存在が近づいていることに。仲間から視線が外れる。後ろから殺気を感じる。言葉は途中で止まった。
カチャリとリロードの音が耳に届く。
「すぐにお仲間のもとにねッ!」
脳液をこれでもかと辺りにぶちまけて兵士は旅立つ。
スープの中に隠れようとも箸という彼女の銃は獲物は逃さない。田中家で培われた礼儀作法の一つを一番真面目に取り組んでいた彼女だからこそ、それは洗礼されている。見えなくても掴む感覚で相手を探してあてる。
「愉快ですわ、愉快ですわ!! オッホッホッホ――」
笑いながらも戦場を姫は駆け抜ける。次々と仲間がヘッドショットで葬られていく姿はモニターへ。モニターを見ていたオペレーターが仲間の死に吐き気催し手で押さえる。
「なんだ……」
「魔女……魔女だぁああああああ!」
「——ッ!?」
伝達兵の怯える声でスープ提督がビクっとなった。驚いてるところに別のいきなり大きな音で言われると驚いちゃう。スープ提督はちょっとやめて欲しいような寂しい目で伝達兵を見る。
だが、伝達兵は初めて見る光景に言葉が止まらない。
「この女、
いきなり訳の分からない戦場のあだ名が炸裂する。スープ提督はモニターのミカクロスフォードに眼を映す。
「
なぜか、ミカクロスフォードのジャンク帝国での呼び名が決まった瞬間。だが、その名がジャンク帝国の一員を震えさせる。謎の新兵。笑いもので終わるはずだった女が超一流の戦士に変わった瞬間に他ならない。
そして、モニターでこれでもかとその名を誇張するように、
「けしからん……ッ」
爆乳が揺れている。彼女が激しく走れば走るほどにこれでもかとたわんでいる。
「けしからんッ!!」
それにはスープ提督も怒りをあらわにするほかない。そして、彼女の戦場に岐路が訪れることになった。ミカクロスフォードの足が戦場の真ん中で止まったのだ。ただ静かに彼女はその兵士を見上げる。
「…………」
「随分と可愛いお嬢ちゃんだな……これは予想外だったわ」
それは猛者。モニターを見ているオペレーターたちの顔に希望が漲る。伝達兵が静かにスープ提督を見た。スープ提督も予想外の事態に口角を緩める。
「そうか、我々にはヤツがいた!」
「えぇ……提督! あの男なら!!」
それは彼らジャンク帝国に於いて最終兵器に近い。だからこそ、出会ってしまったミカクロスフォードの顔が歪んで。分かるのだ。この相手は他のメンズ兵士たちとは明らかに異なると。その存在感が違いすぎる。
その歪んだ金髪女の顔にスープ提督は高笑いする。
「
この戦場を残れるはずなどないと。これは予定調和の終わりを迎えるのだと。
「わが王国には――」
意気揚々とその秘密兵器に期待を込めるのだ。
「イッポンローリング大佐がいるからなぁあ!」
それはプラチナ田中の規格外の注文に出て来たもの。ロールン、ロールン、イッポンローリングである。百戦錬磨の猛者。ナルト一本丸ごとという暴挙が形になったもの。
だからこそ、イッポンローリング大佐は勝ち誇るようにいう。
「女は嫌いじゃねぇ……おまけにけっこう俺好みのイイ女じゃねぇーの。けどな、ここは戦場だ」
「クッ……!」
ミカクロスフォードの行く手を阻むようにその巨体を見せる。右腕にはガトリング砲が装着されている。渦を巻くように放たれる高速の銃弾が予想される。今までのメンズ兵士との格の違いがまざまざと出ている姿に彼女の反撃が止まる。
この出会いは勢いづいていた彼女にとって、最悪の戦いに他ならない。
イッポンローリング大佐が右腕を、
「悲しいけど……これって」
ミカクロスフォードに向けて悲しそうに告げる。
「戦争なのよねッ!!」
女子供であろうが戦場で出会ってしまえばしょうがないと言わんばかりに戦争の火ぶたが切られた。
《つづく》
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