第204話 魔王が歌う、終わりの詩を。

 暗闇が辺りを包みだす。どこぞの受験生かもしくは試験官が天候に作用する魔法でも使った影響かもしれない。一筋の雷鳴が轟いたのもそのせいだろう。森全体がざわついている。枯れている木々は風に吹かれ奇怪な音を立ているだけだろう。


 しかし、それらが緊迫感を与えていることは間違いない。


 未来の魔王の圧力に全身が反応を強めている。ヤツの黒髪が逆立ち不気味なうす笑い浮かべてくる。遊んでやるとヤツは言った。実力が違うのだ雑兵どもということであろう。


「さて……貴様らはどんな遊びが好きなんだ?」


 強が一歩前に出るだけその圧力に負けパーティは後ずさる。異世界に行って味わうことがなかった感覚。どうすれば倒せるのかさえわからない次元の怪物。攻撃が通らない。


「魔の者には聖魔法が効きます! みなさん私の後ろに下がって下さい!」


 唯一効いたのは、僧侶の魔法だけ。


 ダメージは受けていないという事実は見えていない。目潰し出来たのは確かだったのだから。それでヤツの動きが弱ったのが何よりの証拠であると僧侶は声高らかに言った。


「守護の導き手よ、悪しきものを遠ざけ退ける再臨の障壁を幾重にも重ね、盤石の城を築かん!!」


 長文詠唱が始まり、強は高らかに嗤う。


「カァーカッカッカッ!!」

七つの守護壁オーラルハロウィン!」


 気にせず僧侶は十字架を天高く上に掲げ防壁を展開する。七つの層を持つ聖なる障壁。それは悪しきものを近づけさせることのない不浄の結界。仲間を守る為に彼女は自分が信仰するアトランティス神に祈りをささげ、神は答えたもうた。


 そして悪魔も答えたもうた。


「貴様ら笑わせるじゃねぇか……この俺を悪しきもの呼ばわりとは」


 どす黒いオーラを身に纏っているような錯覚を覚えさせる風貌。笑えない状況である。どこからどう見ても悪しきものにしか見えない。命を刈り取りに来るようなプレッシャーを与えてくるくせに良く言うである。完全に受験生という認識は遥か彼方に消え去っている。


 だが、弱者には効果テキメン。


 魔法使いは膝を震わせていた。剣士は焦りながら聖剣の修復を図っている。早くしろ早くしろと折れた剣の一部をかき集め剣に話しかけている始末。戦士は僧侶の横で斧を身構え、僧侶は障壁の維持に全力を捧げ額に汗を流している。


 悪しきものは障壁へと手を伸ばす。


 緊張が走る――どうなるんだ結界はと。


「――っ!」


 バチっと電気が流れる音がした。人間にも結界は作用する。決して強が悪しきものだからとかそういう理由ではない。敵と認識したものを弾き飛ばす効果がある。それが強の指を弾き飛ばした。


「……」


 強は黙ってほんのわずかな痛みが走った人差し指を眺めた。煙が出ている。試験官たちの顔にわずかばかり安堵の表情が浮かぶ。この結界なら大丈夫だと。


 ヤツが口を開く。


「これをどけろ――」


 それは命令にも似た口調。冷たい声色。どけなければ酷いことになるぞという脅しにも似た発言と態度。獣の目が忌々しい結界を通り越して自分たちを捕捉している。


 果たしてこの実戦試験は、どっちの力が試されているのだろうか。


 錯覚が続く。この緊迫感はRPGでたまにある。どうやってもダメな奴である。最初の頃に出てくるラスボス。負け確定イベントの匂いが漂っている。


「よっしゃ直ったッ!」


 剣士の聖剣が復活した声。それにメンバーの士気がわずかに上がる。彼らは勇者だ。どんな絶望が立ちはだかろうと抗う者たち。これでメンバー全員の戦闘準備は整った。前にいるのは受験生ではなく魔の者。


「ニーナ、障壁をちゃんと持たせなさいよ!」

「わかってますよ、ミーネア!」

「反撃の時間よ……魔王!」

 

 足を震わせていた魔法使いが杖を強く握り天に掲げ詠唱を開始する。その間に強は軽く手首を回したり首を捻って準備運動に入っていた。


「聖戦を終わらせた負の遺産よ、天から落ちた爆撃とうたわれし禍々しき惨劇の産物よ、神をも殺すと言われた悪童の鎮魂の御霊の結晶を解き放たもう――」


 別に相手が魔法を唱えようと強は意に介していない。長文だろうがなんだろうがどうでもいい。やることは一つ。美咲の敵であるこいつ等を倒すことだけ。二度と美咲に手を出す気も起きないように徹底的に心をへし折るだけなのだから。


 平然としている敵に魔法使いの強い眼光が向く。これでも喰らいなと、


「|暴虐の惨劇≪スカージャ オブ バイオレンス≫!」


 強の立っている位置に小さい光る球が出現した。攻撃を訝し気に眺める強。


 ——なんだ、これ……


 その小さな球はドンドンと大きく肥大に膨れ上がっていき、


 爆発した。


 周囲三十メートルに及ぶ爆風。障壁の後ろでその様子を眺める試験官たち。圧倒的火力を見せつけた魔法使いは笑みをこぼす。


「これでどうよ……さすがに」


 直撃している。地面は熱量で溶けマグマとなっている。障壁以外の部分は焼け野原と化している。その威力。しかもヤツの胸元で数センチの位置で大爆発を起こしたのだ。効かないわけがない。普通であればこれで大ダメージを受けている。


 確かにダメージを与えた。


「やってくれたな、どうしてくれんだ……これは?」

「えっ……?」


 魔法使いの前に浮かぶ半裸の男。制服の上は焼き切れてなくなっている。だが、ピンピンしている。おまけに地面に足を着いていない。宙に浮いてチクビを隠す様に腕組みをしている。


「何の音だ……?」


 さすがに山田のオロチも爆音で目を覚ました。遥か木の上から見下ろす辺りの光景は、


「おいおい、どうなってんだ、こりゃ?」


 試験官と受験生を前に景色が変わっている。木々は倒れ溶岩が流れ出ている。ただそれでも別に驚くことでないと思っている。それぐらいの規模など何度も見てきている。むしろ少ない被害。ブラックユーモラスの最前線にいたこの男にとっては。


 ただ、気になっているのはどうしてこうなっているのかということ。


「あれは晴夫ッ!?」


 そこに映ったのは懐かしき人物。親友の姿に驚いたが、一瞬で理解する。


「いや……アレは息子のほうか」


 初めて涼宮強を認識できた。


「そういうことか。ホントいかれてやがるな……」


 この騒動すべてヤツが引き起こしたということがすんなり納得できた。そして自分が呼ばれた理由も。晴夫から息子がイカレテいる話は幾度となく聞いていた。酒に溺れ愚痴をこぼす晴夫に付き合わされること週三回。


 大体の事情と起こっていることは把握できた。


 脅える在校生たちと脅す受験生。それでもオロチがとった選択はただ静かに眺めること。これが何かをわかっているから教師は学園対抗戦と同じように傍観することにした。


 試験官たちに救いの手は差し伸べられなかった。目の前で宙を浮いて腕組みしている魔王。何も通じない。頼りになるのは結界のみ。魔法使いは戦意が無くなって膝から崩れ落ちている。


「ダメだ……あんなの倒せっこない……」


 最大の魔法を放ったが半裸になっただけ。しかも至近距離での爆破すらものともしていない。制服を脱がせるので精いっぱいだしスカートは健在である。


「消えたぞッ!」

「どこにいった!?」

「障壁がありますので安心してください!」


 いきなり魔王が目の前から消えた。同じ場所に長くは浮いてられない。空気を圧縮して立っているだけなのだからステップを踏まなくてはいけない。それが超高速なので試験官たちには動いてないように見えてるだけだった。


 強が動くと空が騒めき、暴風が吹きすさぶ――


 結界の前に叩きつけるような強風が吹く。緊張が解けない試験官たち。見えない動き。高速での移動による発生した烈風。薄暗い山の中。僧侶だけが頼りである。


「何か――聞こえませんか」


 僧侶が震えながら仲間に話しかけた。風の音ではないものが鼓膜をつく。


「――シチャオウグ――」


 空から何か聞こえてくる。人語とは思えない悪魔のささやき。薄気味悪い笑いが漏れる声。


「パーシチャ――」

「何か唱えてますッ!!」

「やろう魔法を使う気か!?」


 魔法使いが膝をついた状態で首を横に振る。


「違う……マナが動いてない。魔法の詠唱じゃない!」

「じゃあ、なんだっていうんだ!」

「そんなの私にもわかんないよぉお!」


 恐怖が彼らの正気を削っていく。謎の声、激しい烈風、薄暗い森。もはや誰が死んでもおかしくない状況。魔王の歌が森に響く。止まらずにずっと何かを囁いてくる。それは死の言霊か終わりの詩か。


 金髪僧侶は激しく脈打つ鼓動に呼吸を荒くし、


「――ナニシチャオウ」


 黒い空を見上げて魔王の歌に怯える。



≪つづく≫


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