第95話 1993年火神恭弥の過去 —愛を込めた紹介―

 牛窪とのタイマンが終わりを告げ全員が倉庫の外へと出た。空に浮かぶ満月が祝福するように闇夜を照らし輝く。昼間の熱気も夜に飲まれ涼しい風が通り抜ける。


 何十と連なる単車の群れを前に皆が気持ちよさそうに笑っていた。


「っていうか、晴夫さん……病院いかなくていいんですか?」

「大丈夫。バファリンがあれば大抵のケガは治る」

「いや、完全に手首曲がっとるぞ!」

「鉄パイプで固定すりゃ大丈夫だろう、ふん! アウっ!!」

 

 無理やりに折れていた骨を直線に伸ばす。


「ほらっ……ダイジョウブ!」


 それは激痛を伴うが歯を食いしばり耐えるアホな男。


 痛みで冷や汗がでるがやせ我慢で笑顔を作り落ちている鉄パイプで括り付けて即席ギブス。オロチも足を痛めたらしく鉄パイプを杖替わりにして歩いていた。


 二人は満身創痍である。


 ただ今の祝杯ムードに水を差すわけにいかないという、


「晴夫どうすんだ、これから?」

「学校行って騒ぐべ」


 男の意地で二人はなんとか正気を保っていた。


「まぁ、そうするか。人数も多いし……」

「学校ならストームスパイダーいても楽勝に入るだろう」

「だな」


 その中、一人場違いに取り残されているのは火神である。


「…………」


 ――これが……皆の世界か。


 みな不良の中に優等生が一人。


 悪名高い足立工業高校と暴走族のストームスパイダー。


 ――僕の住んでる世界とは違う。


 知り合いの様にお互い軽く殴りあうようにして盛り上がりどこか置いてけぼりである。唯一の知り合いである晴夫とオロチもその集団の真ん中に囲まれ、正に蚊帳の外。


「お先に……失礼します……」


 誰にも聞こえないような小さい声で別れを告げ火神は歩き出す。


 どこか通りに面したところに出てタクシーを捕まえて帰ろうと思った。


「オイ、どこに逃げようとしている火神!!」


 そこを晴夫が大きな声を出し、


「ひゃ、ひゃい!!」


 呼び止めた。そして近づいてきた。


「お前はあとで殺すと決めていたからな、帰さねぇぞ……」

「な、なんで!?」

「俺様をイカチェリと野次やじったことを忘れたとは言わせねぇぞ、火神!!」

「あれはその場の勢いで!」

「不倫したやつみたいなことを言ってんじゃねぇ!!」

「いた、いたたたた!!」


 折れてない左腕一本でヘッドロックをかまして、


「僕、アタマ怪我してんですよッ!? それを忘れてないですか!!」

「………………」


 いつも通りの二人のやりとりが始まった。


「いた、いたいた!! ホント痛いから勘弁してください!!」

「勘弁してほしいのか?」

「欲しいっす!!」

「なら、俺様のいうことを聞くか?」

「聞きます! なんでも聞きますから!! 離してください!!」

「よし」

 

 無条件降伏を受け入れなんとか理不尽な懲罰から逃れる火神。


 このやりとりがあるからこそ晴夫に対して火神が少しずつ反抗的になっている部分も多々あるがそれについて晴夫は知らんぷりである。自分都合でしかものを考えないように脳みそと人格が出来上がってしまっている野蛮な男と火神は後に語ることになる。


「じゃあ、朝まで付き合え」


 それが無条件降伏者に課せられる罰則だと晴夫はいった。


「えっ……」

「これから俺様の勝利を祝って高校貸し切って宴会するから、お前も来いって言ってんだよ!」

「僕も……ですか?」

「お前は今回めっちゃモブ役だったが、ほんのちょーびっと活躍はしたからな」

「活躍って……」


 火神がいいのかと迷っている所にオロチが杖をついて現れる。

 

「晴夫はお前がいないと寂しいって言ってんだよ」

「オロチさん……?」

「オロチ、そんなこと言ってねぇだろう!!」

「言ってただろう、手を振って無視されてボクちゃん寂しいって……」

「……………あれは」

「まぁ火神もこいよ、バカ騒ぎするだけだから。それにちゃんと活躍はしてた。お前がいなかったら、あの囲まれた瞬間はやばかったぜ」


 本日の主役である晴夫とオロチから誘われ火神は目を伏せる。


「僕なんかが……行っても」


「「あぁーもうじれってぇ!! とりあえず来いッ!!」」


「えぇえええ――!?」


 渋る火神を無理やりに仲間の単車のケツに乗せて、


 晴夫達は学校へと移動を開始する。


 それは夜の国道を占拠するように列をなして街を駆け抜けていく。


 単車に乗るなど初めての経験で運転手に、


「大丈夫、怖くないか?」


 ガシっとしがみ付き振り落とされないように必死になっている火神。


「は、ハイ!! 風が気持ちいいっす!!」

「そりゃよかった♪」


 優しく声を掛けてくれる年上の男性。


 ――かっこいいな………。


 火神はもし自分が女だったらいちころで惚れていると思った。


 不良って言うのは怖いものだと思っていた。


 けど、それが間違いだと少しずつ感じている。


 オロチも優しいし、晴夫は結構暴力的だが、


 まだ許せる範囲だなとか感じながら、


 未知の体験の非日常になすがままにされていく。


 ——夜通しってことは朝帰りか。したこないや、そんなこと。なんか今日あった出来事って、現実だったのかな。銃が出てきたり、あんな喧嘩を見たり。全部が全部、知らない世界だ。こういうのも異世界っていうのかな……。


 そんなことを考えつつバイクに乗っていると夜の足立工業高校へバイクが入っていく。校庭に平気で単車でみな乗り込んでいく。もう、何が常識なのかわからなくなる優等生。


 高校って、バイク登校ありなんだっけと目をクルクルして考え込んでしまう。


「おい、お前ら!!」


 声がして火神が向くと校舎の中からジャージ姿でおっさんが走ってくる。


 どうみても高校生でないことを考えると結論が簡単に出た。


 こんな夜遅くに学校にいるものなど宿直の教師の他ない。火神は焦る。


 ――あれって、先生じゃ!?


 どう考えてもマズイ状況だと。


 当たり前に考えて、


 夜中の学校にこんな大群でバイクを乗り入れれば怒られるに決まっている。


「またお前の仕業か、涼宮!」

「わりぃ、竹ちゃん。朝までちょっくら騒ぐわ……」

「朝までだと!!」


 ――やっぱり、先生めっちゃ怒ってる!?


 一人動揺する火神。だが周りはニヤニヤと笑っている。


 そして晴夫のノリもやたらに軽い。


「こっけっこっこーと」


 教師と生徒という関係には見えない感じである。


「鳴いたら帰るよ、約束する」

「まったく……」


 ――いっちゃった……。


「ちゃんとゴミはかたしてから帰れよ、お前たち!!」


 みんなでへーいと声を上げて校舎に戻っていく教師に手を振っている。火神にとって常識とはなんなのかを問いかける状況である。「夜の校舎ってこうやって気軽に使えるもんなんだ、へぇー」と自分で呟き、心で「そんなことあるかい!!」と一人ノリツッコミをしてしまうほどに呆気に取られていた。


 いますぐ鞄から参考書を開いて、正気を取り戻したい衝動に


 駆られるほどに非日常に巻き込まれている。


「誰か飲みもんと食いもん買ってこいよ!」

「うんじゃあ、自分行ってきます!!」

「コンビニまるごと買い占めちゃっていいから」


「「ダハハッ」」


 校庭の地べたに座り、もはや花見の会場にでも迷い込んだのかと錯覚するような風景。一人困惑して立ち尽くしている火神の横に晴夫とオロチが歩いてきて肩に手を回した。


「はい、みんな注目!」

「コイツの紹介がまだだったな!」

「えっ……えっ……」


 オロチと晴夫が声をあげると一同の視線が火神に集中する。


 ――なに!?


 こんなに人の視線が集中するのは自己紹介ぐらいなものしか、


 経験していない火神はテンパる他ない。


「ほらほら、全員集まれ!」

「これから大事な話っすからよ!!」


 ただ、それを他所に二人はニヤニヤして肩に体重をかけてくる。


 ――何する気ですかッ!?


 慌てふためく火神を置いてけぼりにして、


「コイツは……勉強大好きで」

「ドーテイ、ただちょっとムッツリスケベ」


 晴夫とオロチが交互に火神のことを紹介していく。


「なっ!?」


 オロチの発言にまわり「ヒュー」とはやし立てる。


 ――恥ずかしぃぃぃ!


 それに顔を真っ赤にして小さくなる火神。


 内心もうどうにでもなれと思った。


「中学生にしては結構金を持っている、羽振りのいいやつ」

「おまけに私立に通う優等生だ」

「さらにさらに俺様に対して生意気で」

「モテまくりの俺に憧れていーる」

「もう……やめてください………っ」


 周りのモノから「それで、それで!」と合いの手が入る。


 火神はテンパりながら恥ずかしさで死にたいと思った。


「ところがどっこい恥ずかしがり屋で」

「挙動不審でコミュニケーションベタなヤツ」


 小さな声でヤメテと言ったがが晴夫とオロチの紹介は止まらない。


「ただ、ピストルマスク大将相手に怯まない度胸がある!」

「がしゃ髑髏相手に喧嘩を売った見た目によらず勇敢な男!」

「えっ……」


 今まで貶されていたと思っていたが故に、火神の顔が二人を見つめる。


 

「「その男の名は!」」



 二人が声を合わして火神を返す様に見た。


 思いもよらない紹介をされたことに火神も二人の目を交互に見る。

 

 言葉を溜めて二人は親しみを込めてその男の名前を呼んだ。



「「俺らのかわいい後輩、火神ちゃんです!」」


 それは二人からの歪な愛情表現。


 火神のことを全部は知らないと話し合ったが、知っている部分もある。


 一緒に過ごした時間でわかる火神という男の自分たちが知っている部分を声に出し、自分たちの想いを火神に届ける行為。自分という人間が無価値だと思い込んでいた少年に憧れた二人から贈られる愛に涙がこみ上げる。


「晴夫さ、ん……オロチ、さん……っ」


 火神のそんな姿を二人はいつも通りにからかう。


「なに、泣いてんだよ?」

「晴夫さんが悪いんっすよ……ぅ」

「そうだな、晴夫が悪い」

「オロチさんもですッ!」


 怒りながら笑って泣いている火神の姿に二人は笑顔を送る。


 火神恭弥にとって、


 忘れられない自分を変える長い夏の夜はまだまだ続く――



≪つづく≫

 

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