第90話 1993年火神恭弥の過去 —BLACK MEMORY―

「「好きに暴れるぜぇええエエエエエ!!!」」


 火神の前から全力で駆け出していく二人。


 その男達の横顔はうっすらと笑みを浮かべ、


 目をギラギラとさせ敵の中へ向かっていく。


 そして、その距離が無くなると同時に


「オラぁあああああああ!」


 攻撃が繰り出された。


 獣のように叫び振りかぶられる拳。


 相手の顔面にめり込み跳ね飛ばす。


 それは軽々と敵を宙に飛ばし意識を消し去る一撃。


 その横でまた人が宙を舞う。


 足を振り上げパーマがかかった長い髪を揺らし男は次の獲物を威嚇する。


 飛んだ、二体の男達は激しく――



 コンテナに打ち付けられ王座を揺らす。


 

「「テメェは最後だ……覚悟しとけよ」」



 牛窪に向けて二人揃えて中指を立てながら鋭い眼光を向ける暴君たち。


「——オモシレェ」


 その姿を見てほくそ笑むように牛窪は手を振る。


 全員でかかれと仲間達に指示を出す。


 晴夫とオロチを囲むように武器を持ち、


 円を描くように移動していく動きを――


「この俺様に――」


「大概にしとけよ――」


 引き裂くように二人は走り出す。


 お互い背を向け反対側へとその力を振るいに。


 一人は拳。一人は脚。


 その収まりきらない怒りを込めた力を乗せて解き放たられる力。


「そんなちょこざいな武器で勝てると、思ってんのかぁあああッ!!」


「バット振りたきゃ公園で、野球でもやってろぉおおおッ!!」


 囲むはずの動きを壊す様にそれは円と重なり中から侵食していく。


 一撃打ち終わると次の獲物へと動きを変えて俊敏に動いてく。


 そして、次の獲物を狩るように一撃が撃ち込まれる。


 数に怯えることも無く怯むことも無く、一撃一殺いちげきいっさつ


 その威力は相手の意識を完全に刈り取り戦意をそぎ落として行く。


 だが、二対百弱。


「オラッ!」


 獣の獲物を狙う僅かなスキを伺うようにしてその鉄の塊は振り下ろされた。


「イッ――——!」


 晴夫は頭部に両手で持たれた金属バットを打ち込まれ腰を屈折させた。


「————ゥッ!」


 衝撃に体が持ってかれ苦痛に歯を食いしばり顔が歪む。


「へっ、大した――」


 その姿に笑みを浮かべ見下ろす男へ、


「てぇええ――」


 威圧の眼光が贈られ、拳に力が込められていく――


「じゃねぇカァアアアアアッ!」


 体が上へ――宙へと舞い上がる。屈んだ状態を嫌がるように立ち上がると同時に下から突き上げるような拳が反骨を告げた。


 同じようにオロチの背中へ鉄パイプが撃ち込まれる。背中に痺れるような痛みが走るがまるで火が付いたと言わんばかりに怒りの眼光が相手を睨み殺す。


「テメェがやったの――」


 怯えて動けない一瞬に体を反転させその一撃に加速を乗せる。


「カァアアアッ!」


 その後ろ回し蹴りは相手の首を打ち付け、


 頭と体をくの字に曲げさせ遠くへと弾き飛ばす。


 目の前で繰り広げられる圧倒的な光景に口が勝手に開いた。


「なんだよ、コレ――」


 目が離せないような攻防。


 一瞬でも気を抜けば致命傷になりかねない攻撃の数々。

 

 それが体に打ち付けられる度に信じられないことが起こっている。


 まるで攻撃を受ければ受けるほど勢いを増していく怒りと力。


 ソレが何もかもを飲み込み、吹き飛ばして行く。


「スゲェ――――」


 凡庸な言葉しか火神の口から出てこなかった。


 いま眼前で繰り広げられている喧嘩。


 圧倒的不利な状況にもかかわらず敵が減っていく。


 一発一発で相手を倒していく。ゲームではない現実の光景。


 ただ男達は傷を負いながらも闘争をやめない。


 むしろ、時間が経つにつれ苛烈さが増していく。


 非日常の世界による――侵食。


 テレビで見たどんなアイドルより、どんなバラエティーより、どんな格闘技よりそれは熱く原始的で火神に興奮を与える。ルール無用で人数さえ不一致。


 数でそうとも、


 その熱が消えることはなく飲み込んでいく。


 着実に一人一人削っていき侵食していく。


 少ないが故に視線が集中する。その圧倒的な力に魅せられる。


 何度と、幾度となく、


 その力を抑え込もうとして凶器が撃ち込まれようと――


「カスがぁああッ!」


「雑魚共がッ!」


 反骨するように圧倒的大多数を打ち破っていく。


 力で抑え込まれようともさらなる力で押し返して行く。


 飲み込まれることは無く辺りの空気を飲み込んでいく。


 周りを巻き込むようにして、ソレは暴れ狂う。


 誰かに支配されることも無く――


 誰かに従うことも無く――


 存在の証明をかき鳴らし、我を貫き通す。


 その持て余す圧倒的な力は、


 周りを飲み込んでいく。


 自分が主役だと――


 暴れ回り力で示す。


 瞳が瞬きをすることすら忘れ、


「カッケェ――」

 

 理解も無く意志も無く言葉が漏れた。


 心が否応なくその暴力に吸い込まれていく。


 日常を飲み込み火神の体を支配していく、輝く非日常の光景。


 たった、二人の男達の喧嘩。




 次第に、それは刻一刻とあらゆるものを巻き込んでいく――


「あん!? 晴夫さんとオロチさんががしゃと喧嘩してるだぁ!?」

「そうっす!」

「ったく、あの二人は毎度毎度かってに……しょうがねぇな」


 男は下っ端からの報告を受け、


ばんが負けたとあっちゃ収集がつかねぇ!!」


 制服に袖を通し仲間に指示を告げる。


「足立工業高校全員に集合かけろッ! がしゃ髑髏どくろをぶっ潰すぞッ!」

「うぃっす!」

「すぐに行きますんで待っててくださいよ……晴夫さんオロチさん!」


 それは晴夫達の高校だけに収まらず、


 風のように広がっていく――


「晴夫とオロチが、がしゃ髑髏に二人で殴り込みかけた?」

「そうです」

「何やってんだ……相手は三大チームの一つだぞ。世話が焼ける」

「どうします?」

「やつらにはカリがある。義を通してこその漢じゃろ」

「そうっすね!」

「チームストームスパイダー出るぞ!!」


 援軍が動き出し始める中、


 二人の戦闘は中盤に差し掛かっていた。


 数は半数ほどに減ったが、


 その間に蓄積されるダメージと、


「どうするよ……オロチ」

「やべぇな……晴夫」


 いつのまにか二人を取り囲むように円陣が出来上がってしまっていた。


 お互い背中を合わせて前方に注意を払う。


 喧嘩において数での戦いはある想定を超えると難しくなる。


 1対2までは通常の喧嘩と大差がなく、タイマンとほぼ変わらない。


 格段に難しくなるのが1対3という数字である。


 一人を相手にして、二人の攻撃を警戒するのは、


 どうしても注意力が足りなくなる。


 三人の間に距離を置かれるとスキが必ず生まれてしまう。


 最初に相手の動きに割り込んでいったのも、この冷静な動きを相手にさせないためだったが、徐々にそれは形成されていってしまった。おまけにそれは三人ではなく五十の輪。


 凶器まで持っている集団。


 相手を半数まで削っただけでも常軌を逸しているが、


 状況は格段に悪くなってくる。


「それにしても、オロチ……」

「なんだよ――?」


 僅かな休憩を取りつつ、二人は話す。


「その血化粧みたいなメイクが女にモテるコツか?」


 オロチの頭部から流れる赤い血が顔の半分を赤く染めた姿に、


「どっかのメタルバンドみたいな恰好しやがって、どこを目指してやがる?」


 晴夫が挑発するような言葉をかける。


 それにオロチは、


「テメェこそ鼻からトマトジュースだして飲むとか」

 

 晴夫が鼻から血を流し口に到達している姿に、


「電撃ネットワークみたいな一発芸しやがって、モテないことに磨きをかけ始めたのか?」


 挑発を返す。


 絶望的な状況ですら日常に組み込まれ変わらない二人を演じる。


「オロチ……」

「晴夫……」


 呼吸が乱れながらも、お互いの挑発に笑みを浮かべ空気を変える。


「トマトジュースは栄養補給にいいんだよ、知らねぇのか?」

「バンドマンは女にモテるんだよ、知らねぇのか?」


 同時のタイミングで挑発に答えを返しプっと少し笑いを漏らした。


 その間にジリジリと相手は円を狭めていく――。


 背中をトンとぶつけ合図を出す様に、




「「知らねぇよッ!!」」




 二人は走り出す。


 恐怖に染まらず、ただただ抗い続ける。


 先程の挑発はお互いを貶すためではなく発破はっぱだ。いつものやり取りは二人の士気を高め勢いを上げる。振るわれる一撃は確実に一人一人を狩っていく。


「死ねや、ハルォオオオオ!」

「トドメだッ、オロチ!!」


 その隙を打ち込まれるのは想定内と言わんばかりに、


「「ゼンゼン――」」


 歯を食いしばり耐える。


「「きかねェエエエッ!!」」


 激しく暴れまわる。


 暴力は圧倒的絶望を、


 確実に着実と如実に非現実へと変えて、飲み込んでいく――



≪つづく≫

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