第53話 ほんとごめん! わざとじゃないんだ!!

 くだらなくも収穫がある学園対抗戦を終え、


 選手控室で学生服に着替えて外に向かう。


 途中、通路を歩いてると両親にバッタリと出会った。


「おい、ゴミ息子。今日は俺様が特別に焼き肉を奢ってやる。感謝しろ」

「そいつはどうも。涼宮家のお財布様」

「今日はよく頑張ったね♪ これで禊はOKだ」

「ありがとうございます。マム! ボク精一杯頑張りましたよ!!」

「それじゃあ、先に駒沢邸に行ってるから」

「了解です。マム!」


 やった! 焼肉ご褒美ゲットだぜぃ!! 


 それと地獄の説教部屋は回避。これが一番大きい。


 借金を返した上に刑罰を逃れた。


 学園の誇りなどどうでもよく、俺の誇りは保たれた。


 鼻歌を歌いながら会場の外に出ると辺りはもう暗くなっていて、


「強ちゃん、お疲れ」

「おう、お疲れ」

「師匠!! 惚れ直しました!!」

「えっ、惚れ!?」


 いつものメンバーが俺を出迎えてくれた。赤髪を睨みつけている幼馴染。


 めずらしい……玉藻がこんな表情するなんて。


「くぬぬんん!」


 歯を食いしばって睨みつけるなんて。


 何か観戦中に赤髪とひと悶着あったのだろうか?


「類友。おかげさまで俺の命の危機を脱したぜ!」

「お前もか……やはり類友だな!」


 櫻井はオロチの体罰部屋で俺はマムの説教部屋を回避。


 ここらへんが運命共同体の俺と櫻井!


 やはり持つべきものは類友よッ!


「お兄ちゃん。最後に暴れるのはよくないよ!!」

「あれは……遊んでただけだよ。美咲ちゃん」

「また……」


 テンションが上がっている横から怒られた。


 美咲ちゃんが嫌そうな表情で目に見える白い溜息を吐いた。


 美咲ちゃんもお疲れってことなんだろうな。


 長かったっし。見てる方も退屈だったろうから。


「うちのお財布が焼肉を奢ってくれるらしいから、」


 まぁ、とりあえず、みんなに伝えることがある。


「全員で駒沢邸に行こうぜ!」


「「「「焼肉♪」」」」


 みな焼き肉の一言に喜んでいた。


 ——さぁ、とくと奢ってもらおうか。ゴミ親父。日頃の恨みを込めて、貴様の財布に打撃をぶち込んでやる。仲間との絆を舐めるなよ。連撃かましてやるッ!!




 暗くなった国道246沿いを駒沢亭に向けて静かに歩いていく。


 車のテールランプが赤とオレンジの光を夜に描いている横を、


「………………」

「………………」


 玉藻と並んで歩いていた。前には三人がいる。


 大人数でいつものフォーメーションは崩されていた。


 そして慣れないフォーメーションの影響かうまく機能していない。


「………………っ」

「………………」


 俺と玉藻にパス交換が成立しなかった。


 どこか玉藻の出す空気が違ったから俺も話しかけづらい。



◆ ◆ ◆ ◆



 ——二人とも沈黙している……口を開かない。


 俺は後ろを歩いている強と鈴木さんを心配した。


 あまりに静かすぎて心配になっちまう。


 鈴木さんは初めて認識した強の馬鹿力を、


 目のあたりにしてどうなのだろう?


 俺らがいると話しづらいのかもしれないから、


 空気をよんで少しずつ距離を開けていくか。


 俺は気を使って、少しずつ歩くスピードを速めていく。横からせわしない足音が俺をつけてくる。


「負けねぇ!! クズには負けねぇ!!」


 なぜか隣で張り合うように木下がスピードを上げてついてきている。アホなのか、コイツ。というか空気を呼んで早足にしてる俺に何を競っているのか、わからん。


 ——あれ………なんか暴言吐かれたような?


「クズだと!?」

「このドクズがぁあ!!」


 ―—なんて、口の悪い野郎だ!? この間まで先輩とか言ってた癖に!!


「コイツ!?」


 人のことをドクズとか言いやがった!!


 戦闘能力Cランクは黙っとけ!! この下級戦士が!!


「ちょ、ちょっと、二人とも早いですよー!!」


 俺が美咲ちゃんの声に反応して、


「あっ!? ごめん!!」


 急停止したとたん、


「ふぎゅ!!」


 隣で木下昴が電柱に激突した。


 ―—ざまぁみろ。


 俺はほくそ笑み倒れている木下に見下しの視線を送る。


 お前では俺には勝てないと意味を込めて口角を緩ませ、


 けなす視線をプレゼント。


「こ、このッ!?」

「二人とも早い……ちょっとっ……待ってください」

「ごめん、ごめん、美咲ちゃん」


 戦闘タイプじゃない美咲ちゃんは呼吸が上がっていた。そんなに早く歩いたつもりもないけど、競い合ってる内に早くしすぎたかも。申し訳ないことをしてしまった。


「先輩は足ケガしてるんですから、あまり無理しないでくださいっ……」


 息を切らしている後輩。それでも俺を心配してくれる。


 隣でにらんでくる畜生。顔をクシャクシャにしてブルドッグのようだ。


 この、ゴミカスめ…………。


「ごめん、ごめん。俺、足長いから……」


 俺はちらっと木下に皮肉を込めた表情を送る。


「歩くの早くなっちゃうんだよね」


 短足は歩くの大変だよねと意味込めて。


 足をちょこまか回転しなきゃいけないなんてと手で表現する。


「ここで決着つけてやる!! 櫻井!!」

「ちゃんと先輩をつけなさい! 昴ちゃん!!」

「そうだ、ちゃんと――」


 年上に敬意を払うこともしらんのか?



「せ・ん・ぱ・い・と」



 ―—このドチビ短足女は?


「呼べ」


 美咲ちゃんの援護を盾にどや顔で木下を追い詰めていく。


「くぅ……ファック……!」


 おい、このチビなんか悔しそうな顔して、


 汚いスラング吐きましたよ。最低なチビだ。


 チビだから、頭小っちゃくて脳みそ小さいん?


 という馬鹿にした視線を送る。


「美咲は、美咲は騙されてるんだよ!」


 ヤツは俺との小競り合いでは分が悪いと悟り、美咲ちゃんにすがった。


「目を覚ましてアタシの美咲! 隣にいるのはドクズだよぉお!!」

「昴ちゃん!!」

「いたっ!!」


 女神の拳が木下に落ちた。ざまぁーみさらせ。


 修羅場をくぐり抜けた数が違うんだよ。俺とお前ではな。悔しくて涙目になってやがる、ふっ、笑えるぜ。


 滑稽だな、木下昴!


「先輩も――——!」


 笑っている俺のところに美咲ちゃんが怒り顔で近づいてきて……あれ?


「昴ちゃんをわざと挑発しないでください!!」

「いたっ!」


 くそ……女神は頭がよかった。


 バレていたか。


 もっと、うまく隠しながらやらないとだめか。


 次からは気を付けよう。学年一位の俺の学習機能を舐めるなよ。


「先輩!! 焼き肉食べるより」


 だが、小さな女神の怒りは収まらなかった。


「病院へ行かなくていいんですか!?」

「へっ?」


 小さい体で両手を腰につけている。見事な三角形が両脇に見える。


「玉藻おねいちゃんから病院にも行ったほうがいいって、言われてましたよね!!」


 それにしても意外と怒ると怖い。


 結構迫力がある。


 さすがデットエンドの妹。


 ―—病院か………。


 確かに言われたな……何ともなさそうだけど。けど、怒ってるしな。


 行かない訳にもいかないが焼き肉食べたい気分だしな。


 彼女を納得させるには理屈が必要か。


「今日は大晦日だし、病院もしまってるよ」

「そ、それは……」


 彼女の怒気が少し薄まった。このまま押せばいける。

 

 ソレっぽいことで繋げていけばいい。


「救急外来という手もあるが、使ってもいいけど俺より重症な人がいるかもしれないのに邪魔をするのは気が引けるよ。救急外来は緊急の人が使うべきものだ」

「け……けど……ですねぇ………っ」


 彼女が後ろに一歩たじろいだ。俺は見逃さない。


 ―—この調子だ。押せばいける!


 俺はココが好機だと確信した。


「お餅を詰まらせる、おじいちゃんやおばあちゃんが心配だ……」


 この時期の大量殺人犯にするのに、いいモチがいるじゃないか。


「大量にいるって聞くからなー。毎年ニュースでもやってるし」


 アイツ等は美味いがとんでもないやり方で人を殺しに来る。


 毒でもなくただ体積のみで、


 人を殺す殺人食材——餅。


「心配だ、心配だ。本当に心配で仕方がないッ!」

「うっ……」


 彼女の良心に見事に刺さっている。


 顔に出すぎだぜ美咲ちゃん。


 ―—それじゃあ、デスゲームでは勝てないぜ。


「俺は年明けに病院でいい気がするな……」


 俺の完璧な屁理屈により彼女は眉を顰めて観念したようだ。


 櫻井選手の決まりては押し出し。力技によるごり押しである。


 彼女の良心を利用した屁理屈によるごり押し。


 だが、キマッタ――。


「年明けに……必ず病院行ってくださいね!」


 だが、彼女も意外と賢い。譲れない部分はちゃんと念押ししてくる。


「必ずですよ!! 約束ですからね!!」

「うん、わかった。約束するよ」


 俺は久しぶりに人から心配されてなんか心地よくなってしまう。


 本当にこうやって世話を焼かれるのはいつぶりだろう。


 なんでも、一人でやってきたから新鮮だ。


 俺が感傷に浸っていると怪我した足に、


 ―—なんだ?


 振動とゲシゲシ音が聞こえる。


「この天然ジゴロがぁあ!!」


「このチビっ!?」


 俺の足に木下のひ弱なローキックが炸裂さくれつしていた。


 このクソガキは!!


 ガキを燃やし殺す、


 クソガキ大嫌い火神さんに突き出しちゃうぞ!!


 横で助走をつける音が聞こえ、



「やめなさいぁあいいイイイイイイイ!!」


 そして、突如音が消える。


「————昴ちゃん!!」

「でゅわっ!」


 美咲ちゃんの華麗なドロップキックが木下昴に炸裂した。




◆ ◆ ◆ ◆




「強ちゃん……あまり無茶しないでね――」


 ひと時の静寂を終わらせるように玉藻が口を開いた。


「いや、まぁ……あんまり無茶はしてねぇけど……」


 どうもいつも通りではない様子。


 長年過ごしてればわかる。どこか表情が暗い。


「強ちゃんが……デットエンドなの?」


 そういえばコイツはデットエンドを退治するとか言ってたな。


 俺を退治する気か?


 まぁ、もう隠してもしょうがないこともある。俺は正直に白状する。


「そう勝手に呼ばれるときもある……自分で名乗った覚えはないけどな」

「悪いことたくさんしちゃったの?」


 何とも言えない表情だ……困ったな。


 質問攻めされている気分である。


 ―—悪いことか……


 田中にはしたけど今日解決したし。どうしたものか。


「してねぇよ……降りかかる火の粉を払ったりはしたけど……」


 特に悪いことはしてなかったはずだと俺は語る。クリスマスにイライラして過激なヤツはあったけども。それはアイツらが殴りかかってきたから俺は悪くない。


「強ちゃんって……強かったの?」


 玉藻が立ち止まってしまった。


 弱いもの大好きだから、玉藻は。


 こうなるのは途中からわかっていた。


 いつかはバレるってことも。


 俺の力が異常だと。


 そもそも、今まで気付かなかったのは、


 俺のファインプレーとコイツの天然プレーで成り立っていた。


 奇跡のような産物。

 

 俺達の長い関係でお互いが見ないように、


 見えないようにしていたのかもしれない。


 けど、今日がその終わりだったというだけのこと。


 ――覚悟はしている。


「昔からバケモンみたいに強かった」


 俺は正直に心を打ち明ける。


「望んだわけでもないけど、何もしてないのに俺は強くなっちまった」


 本当になんでこんなことになっているのかは、自分でもわからない。


「……そうなんだ」

「まぁ、親父のせいだろう。きっと。アイツのバカ力が俺に遺伝してるんだ」

「……………………」


 ―—茶化そうとしたが……だめだったみたいだ。


 玉藻は唇をキッと結んで立ち止まっている。その姿に不安が過る。


 関係が変わってしまうのかもしれないと。


 こうなると俺達はどうなるのだろうと。


 見えるようにしてしまって、


 見せるようにしてしまって、


 変わらずにはいられない。


 ―—弱くないとだめなのか……


 ずっと隠してきたツケが回ってきた。


 ―—強いとだめなのか……。


 俺には常識が欠如しているのかもしれない。今日そのことが良くわかった。


 控室でも幾度となく衝突があった。


 俺は人と感覚がずれてるんだろう。


 それを埋めるすべは今の俺にはない。


「俺が強いと……」


 正直に言おう。それしか手段がない。




「イヤか、玉藻は?」




「えっ――?」


 玉藻の沈んでいた顔が跳ね上がった。俺は正直に気持ちを隠すことなく伝える。


「俺は多分……いや、学校で一番強い」


 同世代に負ける気などしない。それは間違いなかった。


「おまけに今日MVPに選ばれて、日本で一番強い学生になっちまった……」


 今日の学園対抗戦で事実上そうなってしまった。


 俺は今年度一番の選手と。


「そう……だね」


 異常なくらい強い。力は人を怖がらせる。力は人を脅えさせる。


 力は――俺から人を遠ざける。


 それがわかっていても、そういうことなんだと思う。


「それでも、俺は……」


 だから、俺は想いを口にする。


「……俺は?」


 目の前にいる幼馴染へただ素直に言葉にしようと。


「玉藻と一緒にいたいと思う…………」


 これが本心。俺は変わらない関係でありたい。


 俺はそれを願っている。




「それじゃあダメか……?」





 なんか変なことを言ってしまった。


 けど、多分これが正直なのだろう。


 本当の気持ちだ、偽りはない。


 コイツがいないと俺は調子が狂うから。


「…………」

「…………」


 俺はうつむいて玉藻が出す回答を待っていた。


 静かな時間が死刑宣告までの時間のようで息が詰まる。


 どういう答えを出すのだろうと。


 これからどういう方向へ進んでいくのかと。


「私も――――」


 俺が見上げると夜の街の光の中で輝いた笑顔が映った。


「ずっと一緒に……」


 頬を染め赤くなって恥ずかしそうに






「いたいですよぅ……」





 両手を組んでモジモジしているいつも通りの玉藻がいた。


 俺は一回息を大きく吸い込み自分を落ち着ける。慣れない。


 こういうのには俺は慣れない。こっぱずかしい。


 また、コイツに『一緒にいよう』なんて言う日がくるなんてな。


 大晦日っていうのは、忙しくて人が狂う日なのかもしれない。


 それと――


 に言葉にするのは、


 いいのかもしれない――。


「じゃあ、この話はこれで終わりだ」


 俺は空気を戻すべくいつも通りに気楽に声を出す。


「うん♪」


 玉藻はいつも通りの玉藻に戻った。


 にへらと締まりのない顔で笑っている。


 本当に天真爛漫。


 おまけに天然。


 それでもやっぱり玉藻は無邪気でいるのがいい。


 そう――笑ってるのがいい。


 俺たちは静かに未来に向かって歩き出す。


「強ちゃん……さっきのって………もしかし」


 なぜか、さっきまでは横を歩いていたのに後ろを歩く玉藻に、


「て…………」

「なんだよ?」


 俺は歩きながら振り向く。


「な、なんでもないのでござるッ!」


 なぜか慌てる玉藻さん。


「まぁ………なんでもないなら、いいけど?」

「強ちゃんの三歩後ろから着いていきまする!」


 謎の決意を見せる玉藻。まぁ、いつも通りの感じでいいか。


「…………どうぞ、ご勝手に」


 何やってるのかも分からんが、ルンルンしている鼻歌が後ろから聞こえるし。


 ご機嫌なのは間違いない。なら、別になんでもいいか。





 俺達は駒沢邸の前に到着した。


 牛のマークが入ってるあざとい看板を前に、


「それじゃあ、行きましょう!! 師匠!!」

「ちょっと待ってくれ!」


 みんなテンションが上げている。


 赤髪が第一声を上げたが制止。俺は静かにそいつをみた。


 そして、な気持ちを伝えることにした。


「どうしたの? 強ちゃん?」「ずっと気になってることがあったんだ……」「なんだよ、強?」「お兄ちゃん?」「どうしたんです? 師匠」


 皆の視線が俺に集中している。


 ずっと疑問に思っていたことだ。二学期入ってからずっと感じていた。


「お前は……いつも当たり前のようにいるけど、」


 ついに確かめる時がきた。この赤髪について。



「誰だよ?」



「師匠ォオオオオオオオオオオオオオオ!!」




 赤髪の叫び声が大晦日の駒沢に響き渡った。




◆ ◆ ◆ ◆




 あっという間に駒沢亭についた。強と鈴木さんもぎこちない空気は取れていた。


 何があったかは知らんが――。


 赤髪に天罰が下ったのは確かだ。


 俺たちはしょげる木下を押しやり無理やり店内に入っていく。


「待ってたよ!」

「おせぇぞ………ゴミクソ」


 そこにはSM女王のような風格を持つグラマラスボディを持つ女性と晴夫さんがいた。もうすでに一杯始めているのか、発砲麦茶はグラスの半分くらいの量になっている。


 赤いソファーが二列に分かれている。


 ——これはポジション取りが重要だな……晴夫さんの近くだけは避けよう。


 向かい合うように座っている夫婦。そこに配置を気にせず皆が座っていく。


 晴夫さんの隣に強が、そして鈴木さんと木下が続く。


 対面では美麗さんの隣に美咲ちゃん。


 ——強の横に行きたかったが……鈴木さんに取られた。


 その横に俺。


 そうして、焼き肉パーティが始まる。


 晴夫さんが適当にメニューを指さして注文を定員に告げている。


 その後、次々と運ばれてくる牛と魔物の肉。


 たまに上質な魔物の肉は高級品として扱われる。


 この世界では普通のことだ。


 毒があるやつもいるらしいが、食ったことはない。


 大体、最初はミノタウロスのタンから始まるのが定番となっている。


「先輩、焼いときますね♪ どんどん食べてください♪」

「ありがとう」


 さすが気の利く後輩。後輩の鏡である。


 それに比べ対面にいるやつは……。


「何、見てんだ? カス? 調子乗んなよ!!」

「………………」


 コイツ、こんなに口が悪かったのか。


 ―—最悪だな。


 やさぐれた赤髪ヒロインってのは、


 暴力的で口が悪くて有名だ。


 そこにカテゴライズされる木下昴。


 コイツに彼氏はいない。


 できもしないだろう……今後、一生。


「ハイ、先輩。タン塩が焼き上がりましたよ!」

「ありがとう」


 ——アイツと違って、キミは結婚できるよ。


 気の利く女性から皿を頂き、俺はレモンを拝借して絞り果汁を出す。


 ちょっとだけ三日月型のレモンを上に傾け、へし折るように力を入れてな。


「うぅうううん……」


 ピュッっ!!


「グァアアアアアアアアアア――!!」


 と飛び出すと同時にあら素敵な悲鳴が。


 店内の誰もが驚いたように悲鳴に反応する。


「目が目がァアアアアア!!」


 俺もビックリした顔を浮かべる。


「ごめん、木下さん!」

「大丈夫、どうしたの昴ちゃん!?」


 赤髪が悶絶しているのに笑いそうになるのを隠す。


「レモンが、レモンが目に染みるぅううう!!」


 レモンが、とかパワーワードやめて、


 ——笑いそうになる!


「ほんとごめん! わざとじゃないんだ!!」


 ほんとごめん。わざとだ。狙ったんだ。


 貴様の目を。前から思ってたんだ。


 お前の視線がイラつくんと。


「先輩……?」

「そんな器用にレモンで果汁を飛ばす奴いる!?」


 訝し気に見つめる後輩への対応も抜かりはない。


 狙って相手の眼球に果汁を飛ばすなんて器用なこと、


 ピエロだから出来ちゃいます!


「酸っぱさが、目に染みるぅうう!」


 どうだ、さぞ柑橘系の王様の果汁は目に染みるだろう?


 レモンとか痛いんだろうな~、オイキムチの方がよかった?


 より、痛そうという意味で。


 けど―—俺を挑発したお前が悪いんだ、木下昴。


 両目を抑え苦しそうに身悶える木下を俺は愉悦の表情で眺める。


「コイツ、絶対わざとだッ!!」

「わざとじゃないんだッ!!」


 木下イジメを楽しんでいると、


「えへ……強ちゃんと……」


 横で鈴木さんがお花畑を咲かせたような表情をしている。


 若干よだれも垂れているが、何が。


 女子高生は焼き肉がそんなに楽しみなのか?


「ずっと一緒——きゃぁあああ!!」

「何、騒いでんだよ? 玉藻?」


 新たな悲鳴が。けど、どこか嬉しそう!?


「いや……なんでも、エヘ……エヘヘヘ……」

「ん?」


 ―—なんだろう……何があったんだ?


 とても普通じゃないし正気ではない。顔が快楽に蕩けてる。


 平静を装おうとするが時折上を向いて、


「ヌエヘヘ……」


 何かうれしいことを思い出したように笑みを浮かべている。


 強は重苦しい雰囲気からいったい何をした?


 もしかして、接吻のひとつでもかましたのだろうか?


 ―—先に大人の階段上っちゃった系?


「あんた、強の友達なんだって、櫻井君?」

「あっ、ハイ!!」


 突然話しかけられたので、俺は思わずびっくりしてしまった。

 

 ―—なんか動きが激しい焼き肉って!?


「ふぅ~ん……」


 本日二度目の品定めが始まる。


 なんか、ジロジロ見られている……。


 見返していると若干気まずさがある。


 グラマラスなボディが目に付く……


 俺は少し視線を横にずらす。


「結構イイ面構えしてるね、アンタ。気に入ったよ、あたしゃ!」

「ど、どうも」


 ―—あたしゃ……って、なかなか聞かねぇな。


 けど、美麗さんがいうと妙にしっくりくる。


 姉御的なものを感じる。


「美麗ちゃん、そいつピエロだよ」

「なんでゴミ親父知ってんだ……櫻井がピエロだって?」

「そりゃみりゃわかんだろう。ピエロづらだ」

「ほぉ~、なるほど」


 いやいや……どこに納得の余地があった、強。


 そもそもピエロ面ってなんだよ、晴夫さん。


 どんな面だ。わかんねぇよ。


 初対面の人に親子揃って、


 俺をピエロ扱いするの止めて!


「櫻井先輩は苦労人なんです。ピエロなんかじゃないんです!!」


 さすが、後輩の鏡!! 俺のピエロを否定した!!


「苦労……人?」

「先輩は若くして……あっ……」


 美咲ちゃんが何かに気づいたらしく言葉を止めてしまった。


 俺の方を向いて、ごめんなさいという視線を送っている。


 何か瞳がウルウルして小動物のような可愛さがある。


 どうやら両親がいないことを言いそうになって困ってるらしい。


 確かに他人が語るには重い内容だし。


「いや、俺、両親を十三の時に失くしてるんで。今一人暮らししてるんすよ」

「先輩……ごめんなさい……」

「うん?」


 俺はわざとわからないふりをして彼女におちゃらけえた表情を返す。別に俺にとってはこれは真実だから変えようのないものを偽ってもしょうがない。それに別に人に話すことに抵抗も無い。


「そうかい……櫻井君……」


 だが聞く方はそうではなかったようだ。


「あんた……苦労してるだね……」


 美咲ちゃんと同様涙もろいのかちょっと目を拭っている。


「いや、いや。今は両親が残してくれた財産と家があるんで、」


 これは嘘です。仕事がばれるとまずい。


「なんとか暮らしてけてます。そこまで苦労もないですよ」


 なので、変えようのある嘘をついた。家も金もあるけど内容はデタラメ。


 そんな俺の嘘が心に響いたのか、美麗さんが涙を浮かべていた。


「あたしは気に入ったよ!! 櫻井君!!」


 なんかきつそうな人かと思ったけど、意外と優しい人なのかな……。


「いつでも困ったらウチにきな!!」

「えっ?」


 養子ということだろうか……?


「あたしが面倒みてやるよ……十五歳の男の子が一人で生きてるなんて……」


 専属のペットですか……?


「世知辛いねぇ、世の中。まったく持って世知辛い!」

「いや、結構生活安定してますし……大丈夫ですよ……」


 世知辛い俺はちょっと断りをいれるが、


「そんなことはどうでもいい!! なんかあったら相談してきな!!」

「そうですよ!! 先輩!!」

「……ありがとうございます」


 押しが強い。二人はノリノリだった。


 どうやら、涼宮美麗に気にいられたみたいだ。


 ようわからんが、いいことだろう。きっと。


 強の一番恐れる人を俺は味方につけることに成功したのだから。


 そして、えらい男前であるが意外と優しい人。


 さすが美咲ちゃんのお母さん。


 俺の辛気臭い話を他所に、


「ゴミ息子!! テメェ、それ俺が育てた肉だろうが!!」

「先にとったもん勝ちだろう? お前が遅いのが悪い!」


 対面は対面で無視するように盛り上がっていた。


 この家族はどうやら二分されているようだ。


 明らかに優しさが欠如している男が二人。


「親に口答えとは……いい度胸だ……」

「なんだ、やんのか? ゴミおやじ?」

「久々に遊んでやるよ………強ちゃん」

「エへへ、強ちゃんから……プロポーズ……」


 ラリってる鈴木さんを他所にゴミ親子の火花が散り始める。


 にらみ合う獣の眼光が二つ。これはマズイ気がする。


 オイオイ……魔物より恐ろしい2匹がこんなところで暴れたら……


 店が消えんぞ――!


 戦闘に発展しそうな雰囲気を感じると俺は焦った。


 そして、考えた。


 ―—この二人なら……


 可能性があるのかということを。


 常識を持って、周りを気にするタイプなのかということを。


 ―—やりかねないッ!!


「ちょっと待ってください!! 二人とも!!」


 俺は壮絶な未来を思い浮かべ慌てて止めに入る。なぜか強にも敬語を向けている。美麗さんと話してた最中だったのもあるかもしれないが冷静ではいられない。


「邪魔すんな、櫻井!!」

「そうだ、ピエロ……これは親子喧嘩だ!!」


 ただの親子喧嘩じゃねぇだろうッ!


 世界を滅ぼすレベルの親子喧嘩だッ!!


 だから止めてるんだ、ゴミバカ親子!!


 俺は罵ってやりたかったが遅かった。


 ——何の音だ!?


 それよりも、早く――


 隣でビシッと言う音ともに、二人の野獣の表情が曇り始める。


「騒ぐな馬鹿ども…………」


 まるで俺のキモチを代弁するようなご意見。


 俺が音のしたほうに目を向けると、


 ……鞭!?


 美麗さんが黒い革製の鞭を両手で引き絞り、威圧の表情を作っている。


 ―—というか、どこからでてきたの!? その鞭は!?


「店員達に迷惑だろうがぁ……」



「「……………」」


 二人は何も答えなかった。


 睨み合う余裕もないのか美麗さんを見て眼が泳いでいる。


「お前ら……あまり、」


 低くドスの利いた声。


「アタシを怒らせるなよ――」


 それに脅える情けない男性二名。


「いや……違うんだよ……美麗ちゃん」

「違うんです……マム」


 しどろもどろの言い訳がまた弱さを醸し出している。


 ―—これが涼宮家のパワーバランス……。


「何が違うんだ? はっきり言葉にしてみろ……人間だったら!」


 挑発的な言葉。情けない男たちは目を見合わせる。


 そこからの二人は早かった。流麗な一連な動作で軟らかく飛び上がる。


 席から飛び上がり、宙に浮き、重力に身を任せ落下する。


「「すみませんでした!!」」


 シンクロのようにピタリと動きを合わせたフライング親子土下座。


「次やったら、地下室行きだ……覚えとけ」


 晴夫さんと強は似ている――


「「ハイ、マム!!」」


 ある意味、息のあった親子だ。



《つづく》

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