第3話 アスペルガー発覚

「いや、アスペルガー症候群ですよ?」

「へ?」

ADHDと診断されてからの2週間後、診察室での問答だ。

「いやいやいや……でも2週間前にアスペルガー症候群では無いって……」

そう、確かに2周間前、ウェクスラー成人知能検査によって俺がアスペでは無いと云うことが判明したのでは……。

「だって聞かなかったじゃないですか」

と先生。いや、聞かなかったとかではなく、ちゃんと教えろよ。と突っ込みたかったが、俺自身、聞き方に問題があったのも確かだ。

 アスペだと診断されると、会社をクビになる恐れがあった。なぜなら治療方法が無いからだ。しかし、ADHDなら投薬による症状の軽減が出来る。故に俺はアスペの事は一切聞かず、ADHDで悩んでいる病人として来院したのだ。


「でも、IQの差が少ないからアスペでは無いって……」

「確かに、『言語性』と『動作性』のIQ差によるアスペルガー症候群では無かったですよ」

意味が分からない。他にも判断する箇所があったとでも云うのか?


「ではまず、『みかんとバナナの共通点は?』と云った共通点を探す試験を覚えていますか?」

「えぇ、覚えてます」

確かに難しかったが、一応全部答える事は出来た。『どこかの国の首都を答えろ』みたいな質問を大量にされた試験よりは自信がある。

「でしたら、『目』と『耳』の共通点を聞かれた時になんて答えられたか覚えていますか?」

「えーっと、『漢字1文字』と……」

そう、確かにこれは悩んだ。初めは漢字の中に『口』と云う部位が3つある。と答えようとしたが、それはおかしいと途中で気が付き、『漢字1文字』と答えたのだ。

「実はこの答え『感覚器官』なんですよね。」

「あぁ~」

確かに言われてみれば感覚器官だ。言われてみて初めて気がついた。どうして当時気が付かなかったのだろうか。

「また、『卵』と『種』の共通点を聞いた時、なんて答えられたか覚えていますか?」

「あー、えーっと……確か……『堅い外郭がある』……でしたっけ?」

これは一番難しかった。最初は漢字1文字かと思ったのだが、それは目と耳の時に使ったので、それは無いと瞬時に察した。漢字の後に『子』と云う字をつけると熟語になる。と云う考えも生まれたが、漢字ネタが2回続けて来るはずが無いと察してボツ。『目が出る』も違う。『細胞が一つ』は種子がそうだか分からない。悩みに悩んで、『堅い外郭がある』と答えたのだ。

「この答え、実は『生命の起源』なんですよ」

「あぁ~」

確かに生命の起源と言われれば納得する。が、こんなもの思いつかないだろうなとも思った。

「そして、このことから、日常生活ではコミュニケーションの際に相手の言った言葉の言葉尻や本質では無い部分に反応してしまい、相手の伝えたい事を適切に汲み取ることが出来ない事が示唆された。と云うのが1つ目です」

1つ目……って事はまだあるのかよ……。

「2つ目ですが、セリフの無い漫画のコマを、登場人物の行動や意図を読み取って順序どおりに並び替えて下さい。と言った検査を覚えていますか?」

「覚えてます」

えぇ、覚えてます。覚えてますとも。なんだって一番苦労した物ですから。確かに他のテストよりかなり時間がかかったが、時間がかかった分、全問正解している自信がある。

「確かに時間はかかりましたが、全問正解ですよね?」

と確認をしつつ聞く。それに対して先生は笑いながらこう答えた。

「5コマ以上の並び替えは全部不正解でしたよ」

と。



**********************************

 どんな試験かここで軽く説明しよう。例えばこんな4つのコマがある。

1,女の子と男の子がボールを持って一緒に走っている。

2,女の子がつまらなそうにしている。

3,女の子がボールを拾う。コマの端には男の子が半分見える。

4,女の子の近くにボールが転がって来る。


このコマをストーリーを予想して並び替えるのだ。

すると答えは当然2→4→3→1となる。


試験が進むに連れて、コマ数も増え、複雑になって行くため、当然難易度も上がってくる。(確か最初は3コマで終盤は9コマ位有った気がする)

**********************************


「それって、殆ど間違ってたって事じゃないですか!」

と言うと、笑いながら先生は

「そういうことになりますね」

と言った。

「その試験から、曖昧さの度合いが強い登場人物の意図を読み取る事が不可能だと判断しました」

「はぁ……」

思わずため息が出る。

「その他の詳しい結果はこちらの封筒に入れてお渡ししますので、後で読んで下さい」

「はい……」

「それと薬の件ですが、どうですか? 何か体調に変化はありますか?」

「いえ、まだ特には……」

「そうですか、でしたら同じ量だけ出しておきます。お大事に」

「はい……」

と気の抜けた返事をしながら診察室を後にする俺。その姿は2週間前とは全くの逆だった。

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