日常の怪談
まざーぐーす
第1話 水琴窟
私、
独身の彼氏いない歴2年だ。
今日は花金、会社の同期である
「おい~美奈子~彼氏がほしいよううう!」
「それは私もだ、紹介してくれ。」
この会話、何度繰り返したかわからない。
「どうしよう、一生独身だったら。」
「そしたらシェアハウスしようよ!」
「ここにタッチパッドがあります。」
すかさず私は私用のタッチパッドを取り出した。
「え?これでどうするの?」
「今からシェアハウスのための家を探します!」
諦めるの早すぎだろ!とゲラゲラ笑いながら、美奈子は私のタッチパッドを手に、住宅検索サイトを開いて検索を始めた。
「ここなんていいんじゃない?見てよ。」
一戸建ての月6万円、共益費6千円の物件。2階立てで庭までついている。
「この広さで6万?安くない?だって、リビングと台所のほかに、いち、にい、さん…部屋が6つもあるよ。場所は?」
「東村山」
「それ埼玉県?」
「東京だわ。埼玉ディスるなよ。」
私も幼いころは埼玉に住んでいた身だ、べつにディスっているわけではない。
彩の国、埼玉ってフレーズよく聞いたわ。
「遠いんじゃない?」
「でもさ、池袋まで30分だよ?」
「うそ!じゃあいいじゃん。見に行こうよ。」
酔いとは恐ろしいものである、そのまま見学をネットで申し込み、翌日の土曜日に見に行くことになった。
「おはよう、美奈子。とっても顔色悪いよ。」
「人の顔について言う前に自分の顔はどうなのよ。」
二日酔いの体を引きずりながら、東村山駅に集合した。改札を出て、階段を下りると、きれいに髪の毛をまとめたキャリアウーマン風の女性に声をかけられた。
「坂井さんですか。」
「あ、そうです。坂井です。」
「初めまして、住まいリサーチの佐藤です。今回は弊社のサイトよりお申込みいただきありがとうございます。こちら名刺です。」
「ご丁寧にありがとうございます。」
酒の抜けきらない体で本当に申し訳なく思う。
「こちらはお連れ様ですか。」
「ご紹介が遅れてすみません、こちら、友人の高井です。二人でシェアハウスできたらと思って。」
よろしくお願いします、と美奈子と佐藤さんが挨拶をする。では、こちらです、と佐藤さんが先頭に立って歩き始める。私たちはワクワクしながらも、重い体を引きずってそのあとをのそのそついていった。
「こちらになります。」
「これは…」
駅から歩いて6分。それなりに近くて便利そうだ。それはいい。
ただ、全体的にうっそうとしている。雨ざらしで汚れたレンガ製の門柱に、和風の一軒家。庭には大きな松の木と柿の木がそびえ、全体を暗くしている。新しい時は白かったであろう家の外壁は、年月を経て茶色に変色している。北側の壁は蔦が這っていた。
「両隣とは距離があるので、多少の騒音は問題にならないと思います。」
佐藤さんは明るく告げるが、若干のうすら寒さを覚えた私は美奈子に耳打ちする。
「ねえ、築年数は確認したの?」
「あんなに酔っててそんな細かいところ見るわけないでしょ。」
「こちらの築年数は10年です。」
佐藤さんはにっこりと教えてくれた。どうやら聞こえていたらしい。わたしは焦りながら、謝った。
「意外と新しいんですね。」
「そうですね、駅も近いですし、掘り出し物かもしれません。早速、中を見てみましょう。」
佐藤さんはカバンから鍵を取り出すとドアを開けた。中は薄暗くて奥は闇の中だった。玄関口で佐藤さんはごそごそと何かを探している。そうして少しして、パッと明かりがついた、どうやら探していたのはブレイカーらしい。ふと上を見ると道路に面した2階の部屋にも電気がついていた。
「佐藤さん、2階に電気が、」
「あら、本当ですね。前に中を見学した人たちが電気を消すのを忘れてしまったのかもしれません。あとで、見学ついでに消しておきましょう。」
佐藤さんは私たちにスリッパを用意すると、廊下の明かりや部屋の明かりをつけながら中へと入っていった。
「中はすっごく綺麗ね。外からは想像つかないくらい。」
美奈子は嬉しそうに言うと佐藤さんの後に続く。私は、なんだか空気がよどんでいるような気がして、気が進まなかった。それでも見るだけだと、自分に言い聞かせ、美奈子の後を追う。
キッチンは対面式、リビングは南向き、窓を開けると清涼な風が入って来て少し気持ちが落ち着く。
「天井が高いので広く見えますね、このリビングは17平方メートルです。」
「平方メートルって久しぶりに聞いたね。」
と美奈子は暢気に言う。そういえば、彼女は金持ちの家のお嬢様だ、狭く見えるのだろう。私はあいまいに笑った。
「次は二階です。」
佐藤さんに続き、私たちは階段を上りながら、思い出した。
「そういえば、さっき電気がついていた部屋がありましたよね。」
「そうですね、道路に面していたので、この部屋でしょう。」
そういって佐藤さんがドアを開けると、わっと声を上げた。
「どうしたんですか。」
駆け寄ると、がらんとした部屋の床に大きな水たまりができていた。
「水ですね…」
「すみません、雨漏りみたいです。」
それを聞いて私はとっさに天井を見た。カバーのついた丸い蛍光灯が白い天井に鎮座していた。そして、違う、と思った。実家で雨漏りしたことがあるが、雨漏りしたところには茶色く汚れ、濡れた壁紙が乾いてゴワゴワしていた。
「本当に申し訳ございません。もし入居される時は、業者を入れて直してもらってからになります。」
「ありがとうございます。」
少しの気まずさを覚え、私たちは頭を下げ合った。
それから、私たちは一通り家の中を見せてもらい、帰ることになった。家の外に出て、佐藤さんがブレーカーを落とすのを見ながらふと2階の部屋を見た。
「あれ?美奈子あの部屋の電気消したっけ?」
「私は消してないよ…それに…私もあれ?って思ったんだけど、あの部屋に入ったとき、電気ついてなかったよね。」
「そんな、馬鹿な。」
私は何と言っていいかわからず、笑った。
「そうだよね、私の勘違いだと思う。」
何を勘違いしたのか――電気がついていたことなのか、電気を消したことなのかは明言しなかったが、美奈子も反論はしなかった。佐藤さんが本日はありがとうございました、とお礼を言い、もしお気に召したら私にご連絡ください、と続けた。どうやらこの後もう一件アポイントメントが入っているようで、駅まで私たちを送れないことに恐縮していた。私たちもお礼を言って佐藤さんと別れると駅に向かって歩き出した。最初は黙って歩いていたが、美奈子が口火を切った。
「なかなかきれいな家だったね。雨漏りにはびっくりしたけど。」
「そうだね、でも今回は…」
「うん、今回は見送ろうね。やっぱり酒の勢いで決めちゃいけないね。」
「本当だよ、さ、帰ってもうひと眠りしよう!」
「その前にお昼ごはん食べようよ、お腹すいた。」
美奈子の提案にのり、その日はお昼を食べてから帰宅した。
それから、1か月ほど経ったある晩のことだった。
私が会社から帰宅するとワンルームの部屋に明かりがついていた。
「やばっ電気つけっぱなしで家出ちゃったんだ。サイアク、電気代も馬鹿にならないのに、もう。」
一人暮らしってどうしてこう独り言が増えるんだろう。夏なんかは窓を開け放しているのに独り言を大きな声で言ってしまい、それに返事をするようにどこかの部屋から咳払いが聞こえ、羞恥でもだえたことがある。
とにもかくにも、晩御飯を食べ、シャワーを浴び終えて、ベッドに寝そべりながら雑誌を読んでいるときだった。
ぽたっ
「ん?水?」
うつ伏せになっていた私は膝の裏に何かが落ちてきたのを感じて、上を見上げた。いつも見ている白い天井だった。
「なんだろ、気のせいかな?」
気にせず雑誌に戻る。
ぽたぽたっ
「やっぱり水!?」
起き上がって、膝の裏をのぞき込む。ふくらはぎにすーっと水滴が転がった。
「なんで?どこから?」
私はもう一度天井を見上げた。どこも水が落ちるような要素はない。そこで、ふと東村山の一軒家を思い出した。
「いいいいや、ま、まさかね。」
夏なのに寒気が止まらない。
「寝よう。もう寝よう。」
怖さを隠すように大きい声で言って、私は布団にくるまった。電気は消さない。
肌寒さを感じ目を開けると朝だった。起き上がってびっくりした。
「なにこれ、なんでっ!???タオルケットがびっしょりじゃない!やだ!!!!!」
怖くて半分泣きながら布団から這い出た。
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