金竜とスタンビード
第34話 新しい世界への行き方
緊急メンテナンスは夜だったので、そのまま眠って朝からお仕事を片付けた。主なお仕事はイベントの景品として発行したチケットに関して。自分のアバターをフィギュアにしてもらえる権利を手に入れた人達から送られてきた画像データやスリーサイズなどの諸々の情報。それを元にしての制作が終わった。
なのでリビングに入る。するとテーブルの上にパジャマ姿の二人がぐでーと身体を横たえていた。
「はしたないよ」
「いや、お兄ちゃんの姿の方がやばいから」
「その、ちょっと怖いです。お願いですから、夜にその姿ででてこないでくださいね」
ボクの姿はパーカーとズボン。様々な色の塗装塗料で汚れている。頭はフードを被り、口元にはマスク。目はゴーグル。どうみても不審者だよ。お外にでたら通報待ったなし。
「塗装する時はしかたないよ。それよりもどうしたの?」
「や~イベントの順位が微妙だったの。まあ、途中参加だから仕方ないんだけどね~」
「それに学力テストの順位が下がってて……お小遣いが……」
「ゲームのしすぎだね。恵那も勉強しなきゃね」
「は~い。ゲームに持ち込んで勉強することにするよ」
「そうします」
叔母さんの予定がかわってこちらにまだやってきていないのも原因かもしれない。通信簿を渡してもいないしね。
「お兄様、そういえば昨日の夜から緊急メンテナンスをやっているみたいですが、なんでもキリング・マンティスが討伐されたとか……」
「まさか、おに、お姉ちゃんがやらかした?」
「なんで今言い直したの?」
「だって、ゲームだとお姉ちゃんだし」
「ゲームでもお兄ちゃんだよ!」
「それはおいておいて、どうなの?」
「そうですね、気になります」
「なっ、ナンノコトカワカラナイナ~」
そっぽを向くと、二人に両脇から抱き着かれて拘束される。柔らかい身体の感触といい匂いがしてきて困る。どうやらお二人はシャワーを浴びたばかりみたい。
「答えてよ~」
「誤魔化せてませんしね」
「わかったよ。ちゃんと話すね」
キリング・マンティスのことを話すと驚かれた。やっぱり爆撃は正解みたい。
「確かに空を飛べるのなら、上から物を落とすだけでも強力だよね。特に落とす奴をドリルみたいにして高速回転を加え、叩き落したらもっと強力になるよ」
「威力はそれでいいかもしれませんが、命中精度の問題もありますね」
「そっか。空からだと地上は狙い難いんだね」
「微調整すればいいんだけど、目視可能距離だと相手から狙われる可能性も高いよ」
「なるほど。それなら納得かな」
「解決方法はありますよ。それこそ戦争の時みたいに着弾観測をすればいいんです。本来は地上から撃った砲撃に対してするんですけれど……」
教えてくれた方法は二ヶ所から攻撃と着弾地点を確認して正確な位置を割り出し、攻撃を命中する役割があるみたい。確かに有用みたい。それに遠視のスキルも欲しいし、色々と必要なのがいっぱいある。
「まあ、これから考えるよ。それより、メンテナンスはどうなったの?」
「今日の17時解禁だよ」
「後40分くらいか」
「そうだよ。お兄ちゃんはシャワーを浴びてきたら?」
「臭う?」
「ちょっとね。恵那としては浴びて着替えてきてほしいよ」
「汗ではなくて、塗料とかフィギュアの素材の臭いですし」
「けど、お昼食べてないからお腹が空いたんだよね」
「またご飯を食べずに……わかりました。作っておきますから、入ってきてください。洗濯物とは別けて漬け置きしてくださいね」
「了解。お願いね」
「はい」
脱衣所に移動して服を脱ぎ、パーカーとズボン、下着を大きなバケツに入れて、中に入る。シャワーからバケツに水を入れて洗剤を入れて少し手洗いしてから放置。
お湯になったのを確認して身体に浴びていると、脱衣所の扉が開いて恵那が入ってきようとした。ちゃんと鍵を閉めているので問題ない。
「お兄ちゃん、背中を流してあげるから開けて~」
「要らないよ。まあ、後で髪の毛を乾かしてよ」
「は~い」
身体を洗ってから用意しておいた服に着替えてリビングに戻る。椅子に座ってドライヤーを使って恵那に乾かせしてもらう。その間に怜奈が作ってくれたご飯を食べてログインした。
※※※
緊急メンテナンスが開けてゲームにログインしたボクは神殿に立っていた。ログアウトした場所なので、なにもおかしくない。それよりも視界に手紙のアイコンがでていることの方が気になる。メニュー画面を開いて確認すると運営からだった。
読んでみると、緊急メンテナンスのお詫びに関することで一定時間経験値増加チケットと、アイテムガチャチケットが付属されているみたい。
まあ、使うのはしばらくおいておいて今はおばあちゃんのお店に向かわないとね。そんなわけで神殿から歩いていると、やっぱりNPCしかいなくて少し寂しい。なにかできないか考えておこう。
「こんばんは!」
「やあ、来たね。キリング・マンティスを倒したようだし、まずはおめでとうと言っておくかね」
「ありがとう。それでこれでいいんだよね?」
「ああ、いいさね。アタシの弟子として認めよう」
その言葉と同時にクエストが達成され、ボクのステータスに魔女の弟子という称号と空間魔法が追加された。称号としての効果は
それと他にも称号が二つも増えていた。大空を飛翔する者と大自然を蹂躙せし者。
大空を飛翔する者は高度1000メートルに到達し、一定時間自由に飛行した人に与えられる称号みたい。能力としては空を飛んでいる間、消費するコストを10%削減する。
大自然を蹂躙せし者は天災規模の破壊を巻き起こした者に与えられる。効果としては植物系のあらゆるモンスターからの好感度5割減少。植物系のあらゆるモンスターに対する攻撃力200%上昇。
「弟子の証としてこれをやるさね」
「わぷっ!?」
おばあちゃんはボクの頭に魔女の三角帽子を被せてくる。その後で箒を渡してくる。
「つ、翼があるしいらないよ?」
「それでも魔女術を取るのはお勧めするよ」
「そうなの?」
「空中戦に使える魔法がいろいろとあるからねえ~」
「そっか、わかったよ。次のクエストとかある?」
「そうさね……学術都市ライブラリに行って、魔導書の書き方を習ってきな。それくらいだよ」
「どこ?」
「かなり遠くさね。だから、今は気にせずに進んでいくといいよ」
「わかった。ありがとう」
「またおいで」
「うん」
お店から出たら空間魔法について調べる。空間魔法のレベル1はワープゲートとリターンの二つ。どちらも使えるし、よかった。一応、ワープ先をここに登録しておく。
登録してから訓練所に出向いておじいちゃんに挨拶する。おじいちゃんは戦乙女のブリュンヒルデさんとお茶していたので報告するにはいいかな。
「こんばんは~」
「おお、丁度話しておったのじゃ」
「キリング・マンティスに勝利した話をしてもらいましょうか」
「うっ、うん……」
腕を掴まれて椅子に座らせられて全てを話させられる。テーブルの上にいっぱいお菓子が置かれ、紅茶も渡される。
「では、教えてください」
「やったことは簡単だよ。相手がいる場所を調べて空の上から土魔法で作った石を落としたんだよ」
本日2回目になる説明を行っていくとおじいちゃんには笑われ、ブリュンヒルデさんには呆れられた。
「金竜が自然を破壊するとは……」
「まあ、わしも若い頃は敵を滅ぼすついでに山を消し飛ばしたらしたしのお~」
「まあ、竜族は力は強いくせにまともにコントロールもしない種族ですしね……」
「成竜としては大規模な破壊をもたらす力を発して一人前といえるしのう」
「そうなの?」
「そうじゃよ。伊達に最強種と呼ばれておらぬよ」
「成長すればですけどね。そうじて生粋の竜族は成長しにくいですから」
確かに竜族はもともと必要経験値が多いみたいだしね。
「まあよいでしょう。それはそうと、ユーリにお願いがあるのですがいいですか?」
「いいですけど、なんですか?」
「メイシアと出会ったら、一度話し合ってみてください」
「よくわからないけれど、了解」
「ああ、それとユーリ。キリング・マンティスを倒したのなら、新しい街に進むといいぞ」
「うん。これまでありがとう」
「鍛錬は忘れずにな」
「うん」
「お土産をあげましょう。メイシアにも渡してください」
「助かります」
紅茶やクッキーを沢山もらってから二人と別れて外にでる。やっぱりアクアリードの街は寂しい。イベントのせいでプレイヤーが沢山外に出たからだと思う。とくに子供がぼーとベンチに座っているだけだ。風が吹くととても寒そう。
「あっ、いいこと思い付いた」
訓練所に戻り、人形師の講師もいる裁縫の訓練室に入る。ここでいっぱいの布を買ってミシンを借りて沢山のぬいぐるみを作っていく。
作ったぬいぐるみにAI作成を使う。まだ勉強中なのでインターネットのページを開いてプログラムの電子書籍を読みながら、行動を入力していく。調べたらネットにどんな動きのプログラムが必要か、書かれていたのでその通りに打ち込んで試してみる。
ぬいぐるみが動いたけれど、すぐに倒れた。
前に進む。右足を動かす、左足を動かすなど必要なコードを書き込んでいく。片手や片足を動かせる程度にはできた。歩かせてもすぐこけるので、起き上がるようにくんだら、またこける。どう考えても人形操作を使った方が良い。
指示を出せばその通りに動くのなら、それはそれで楽になるけどそんなものは……あっ、ボタンを設置すればいいのか。セットされた行動を一連の動作して行う奴。
試してみたけど、これだけじゃ足りなかった。ぬいぐるみは骨格がないのですぐ倒れる。中に芯としてウルフやアントの骨を入れて骨格を形成する。そこに動作プログラムを組んだAIを搭載する。公開されているプログラムを改造して、ぬいぐるみ用に改造する。
熊のぬいぐるみがくるっと回ってターンする。倒れても起き上がるプログラムを組んだ。これでだいたい勝手に動くようにしておく。
すでに夜中の3時になったので眠って次の日に入る。次の日も次の日もぬいぐるみを作っては動作テストをして、トライ&エラーを繰り返す。NPCのソースコードをみたいけれど、それはできない。ただネットにあった学習機能とかいのもあったのでそれを搭載する。こちらにはモンスターの核である魔石を使う。これに学習機能を埋め込んで適当に街に放つ。
それを九日間、お金を払って時間を加速させて繰り返し、街に沢山のぬいぐるみを放つ。訓練所の近くでベンチに座ってぼーとしている女の子にぬいぐるみを抱かせ、周りにもぬいぐるみをおいておく。
近くで地面に書いた円を飛んでケンケンパをして遊んでいる子供の近くににぎやかしようのぬいぐるみを置き、地面に追加で円を書いてそちらでぬいぐるみも遊ぶようにする。
露店の屋根の上やカフェのテーブルの上や、椅子の上にもぬいぐるみをおく。椅子の方はAIを搭載した奴で人がきたら、ジャンプして回転しながら退いて席を譲る。彼等にはカップと皿を持たせる。当然、中身は樹脂で固めた奴だ。
デフォルメされたウルフのぬいぐるみが街を駆け巡り、エプロン姿の熊のぬいぐるみが箒を持って掃除する。
「なんということでしょう。あの寂しく、がらがらだった道路は今ではファンシーなぬいぐるみ達が溢れる可愛らしい街並みになりました。客がいないのに呼び込みの同じ言葉を発する露店の人達のもとにもぬいぐるみのお客さんがよっていき、お話を聞いていきます」
お金を持っているわけではないから、買わないけれどこれは決して無駄じゃない。相手がどういう言葉を振ればどんな話しをするのか調べて対応するプログラムを組んだ。それを数十体に組み込んで店員に質問しては話しを聞いて帰るということを繰り返す。これだけで随分とかわる。本当に勝負したようにみえる。
「ふぅ、頑張った」
額を拭いながら頑張ったボクは大きなアクアリードの街が随分とかわった。足りない素材も色々とあったけれど、街に出て狩れば素材はどんどん集まるので楽ができたのでよかった。これで寂しくはないと思う。ボクもスキル上げができたしうはうはだよ。
次の日。ボクはやることがなくなったので、そろそろキリング・マンティスが復活したかと思うので街の外に出て翼を広げ、空を駆けて森に行ってみる。森は燃え尽きたままだったので、迷うこともなかった。
焼け落ちた森の中、上空を駆けながらキリング・マンティスがいた場所に向かう。といっても、しばらく飛んでいるけど襲ってこないので、復活はしていないみたい。それに地下もなくなっている。
「進めないか。地下も攻略しようと思ってたんだけど……」
まあ、それはいいや。何かないかと空を飛びながら低空飛行で調べるけど、焼けた地面だけでモンスターもいないし、地下の入口もない。仕方ないので翼を動かしながら重力操作で上空に下を見たままで上昇していく。
一定の高さに登ったので上昇を止めてみるけど、やっぱり入口なんてない。埋まったのかもしれないし、もう一回隕石を落としたら穴を開けられるかな?
入口がないなら作ってしまえばいいわけだし……よし、やってみよう。今度はある程度の高さからなので大丈夫。土魔法で作った岩の形を螺旋状にする。恵那が言っていた通り、ドリルにしてから重力操作で四カ所を調整して別々に引っ張って高速回転させる。地面に落とすと地面を削り取っていき、少しすると大きなクレーターができた。もう一発放つと今度は穴ができた。そこはなんだか黒い靄がでてる。その中に岩を作って落としてみたけど音がしない。どうやら随分と深いみたい。
「多分ここに入ったらいいんだよね……よし、男は度胸!」
高度を
黒い霧に身体が纏われつかれるけど、そのまま落下していくと光がピカピカしている。
「ひゃぁっ!?」
不思議に思っていると、それは雷だった。どんどん轟音が鳴り響く。怖くなって更に加速して下へ下へと飛んでいくと、黒い霧……黒い雲から出れた。
「うわぁっ……」
下には広大な森があり、どんどん迫ってくる。とても大きな木や巨大な木も複数あって密林と呼ぶにふさわしい場所。このままじゃ墜落しちゃうから、重力操作と翼でコントロールして上空で停止する。
「地下に行くつもりが……空に出ちゃった……どうしよ?」
途方にくれながら、ふと空をみるとそこには黒い霧のような雲はすでになく、綺麗な青空しかない。
「もどれ、ない?」
少し呆然としたけれど、よくよく考えたらワープゲートやリターンがあるから帰るのはいつでもできる。
これからどうしようか?
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その日、
「美味そうな奴が現れたっ!」
「喰らえ、喰らえ、極上の獲物だっ!」
「――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ‼‼‼」
高位モンスター達は極上の獲物に思いを馳せて行動を開始する。幼い金竜は食べるだけで存在の格を上昇させて進化への道が開かれるからだ。
「む、これは我等が王、金竜が新たに現れた気配がする」
「うむ。力は小さい。幼いぞ……これはまずい」
「急いで保護しろっ! 全軍を使えっ! 喰われる前にっ、殺される前に救助しろっ! 我等の希望だっ!」
竜族の国、ドラゴニアは全軍を持って探しにかかる。保護するために全ての竜族に命令を飛ばす。
「金竜が新たにこの世界に現れた。奴は我等の邪魔になる。殺せ」
「竜族共にみつかる前に捕らえ、献上いたしましょう」
「奴等を滅ぼすために多大な犠牲を払って重症を負わせたのに、息を吹き返すかもしれんしな……なんとしても先に滅ぼせ」
「こちらも全軍を持ってあたりましょう」
竜族と敵対している巨人の国ティターン。ドラゴニアの王である金竜に重症を負わせ、王の死を持って攻め込む予定だった彼等の計画は狂った。
どの陣営も考えることは一つである。
「「「探せっ! この世界の果てだろうがありとあらゆる犠牲をはらってでも見つけ出して手に入れろっ!」」」
モンスターは進化のため、巨人族は竜族を滅ぼすため、竜族は生き残るため、各陣営は盛大に動く。それにより、関係なかった勢力も否応なしに巻き込まれていく。運営が想定していたよりも早い段階で動き出す。こちらの世界は全てのNPCにAIが搭載されており、彼等は独自の考えをもって動いていく。プレイヤーは彼等に協力してもいいし、しなくてもいい。全ては自由なのだ。
もちろん、世界を動かすのは金竜だけではない。人族の勇者、聖女、魔族の魔王、神族の神王、獣人族の王などなど。その中には当然プレイヤーも含まれる。しかし、一番最初に行動するのは世界中に散らばり、勢力としてもそれなりに大きなモンスターの集団である。
そんな家中の人物はのんきにハイキングをしていた。運営の予定を台無しにしたというのに。
「なんで普通にいかないんだよっ!」
「普通に正規ルートでいけばばれることなんてなかったのに!」
「これ、スタンビードが起こりますね」
「実際、いろんなモンスターが生息域から移動を開始しています。竜族も他国へ一方的な通告だけをして、空から探しだしました。同盟関係にある国々にも通達をだして探す協力を求めています」
「とりあえず、スタンビードから対処だ。姫様が現れたのは迷いの密林。近くにある街はアクアリードとアースリードですね。どちらに行くかはわかりませんね」
「わかりました。どちらにせよ、予定していたイベントを変更する。告示をスタンビードに変えて襲撃を予想させるぞ。それにここまで振り回されたんだ。利用させてもらおう。ある高貴な存在を狙い、多数のモンスターなどが襲い掛かってくる。参加者は彼女と街を守るシナリオだ。どの勢力にいったとしてもこれから動きがでる」
「イベントの変更とか、すごい面倒だが……入れ替えればどうにかなるか」
「それではお仕事を開始します」
運営の人達は今日も頑張っていく。そう、次に始まるのはスタンビードの裏で行われる壮絶な鬼ごっこである。
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