水の夢 - 3 -

 「——と云うことで、ここはこう訳した方がより自然ではないかと思いますが……」


 俊樹は驚いていた。医者なのだから外国語は当たり前にできるのかも知れない。けれど瑞貴の英語はあまりにも流暢で、唖然とする。


 「椎名くん、わかりましたか?」


 まったく手を動かさない俊樹を瑞貴は不思議そうに見遣った。

 いけない。勉強を教えるためなのか、いつも事務机を離れない瑞貴が今は向かいに座っているので少し緊張している。


 「あ、ああ……こんな感じ?」


 「ええ。そしてこちらは……」


 驚くことに瑞貴の説明はまったく頭に入らず、自力で問題を解くという意味のない行為をしていた。

 しかし、こうしているとあの頃に戻ったような気がして悪い気はしない。それは瑞貴も同じようで、いつもの造りものめいた笑顔を浮かべていなかった。


 「ねえ、次の小テストで点数よかったらご褒美ほしい」


 不意に口を吐いた俊樹の言葉に瑞貴は眼を見張って少し考える素振りを見せる。


 「ご褒美、ですか? その内容によりますけれど……」


 じっと見つめる俊樹の真剣な眼差しに負けたのか、瑞貴は条件つきで了承を示した。


 「センセーの料理食べたい」


 「え、そんなものでいいのですか?」


 ご褒美の内容が意外だったのか、瑞貴は拍子抜けしたように首を傾けて聞き返す。


 「全然いい。てか前結局食べれなかったし」


 五年前に約束したことを瑞貴は忘れてしまったのか。ちくりと心が痛んだが、今改めてその願いが叶うのならば構わなかった。


 「はあ……。では、こちらの例文ですが……」


 約束を取りつけた俊樹は俄然やる気を出して問題を解く。更に余得で普段口数が少ない瑞貴の流暢な英語も堪能したのだった。

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