二四話

「み~~~つけた………」

 フラフラした足取りでドアから現れたのは、美穂子だった。

「み……ほこ……?」

 文也が小さく呟く。

「あれが、美穂子か?」

 イナリが怪訝な表情を浮かべ、臨戦態勢を取る。彼女も分かっているのだ。美穂子がいつもの美穂子ではないことを。教室を埋め尽くそうかという邪気の源は、美穂子からだった。

「典晶君! ポケコン!」

 ハロに言われ、典晶は我に返った。すぐさまスマホを美穂子に向ける。

 典晶は目を剥いた。画面に映っているのは、美穂子であって美穂子ではない。裸眼で見る美穂子は、外見上はいつもの美穂子のように思えるが、ポケコンを通してみる美穂子は、髪が逆立ち、渦のような黒いオーラを身に纏っている。そして、目が深紅に輝いていた。

「来るぞ!」

 画面の中の美穂子が動いた。手元にあった机を片手で持ち上げると、こちらに放り投げてきた。

「典晶!」

 スマホの画面を見ていた典晶は、それが現実に起こっていることとは思えなかった。気が付いたときには、イナリに飛びつかれて机を避けていた。

「しっかりしろ!」

「えっ? ああ……」

 軽々と机を投げる美穂子。見ると、彼女はヘラヘラと笑いながら手当たり次第に机を投げてきた。イナリは俊敏な動きで投げられる机を蹴り飛ばし典晶への攻撃を防いでくれていた。

「典晶君! 何とかなりそう?」

 叫びながら、ハロが美穂子に飛びかかる。翼をはためかせ、天井付近から勢いを付けて美穂子に剣を振り下ろす。美穂子は右手を突き出すと、黒い光をハロとの間に発生させ、彼女の攻撃を防いでいた。

「おいおいおい! どうなってんだよ! 美穂子の奴! あいつ、あんなトンでもスペックだったか?」

「分からない! けど!」

 ポケコンを通して、典晶には見えていた。美穂子の体からほとばしる邪気、それを象徴する黒いオーラは、教室を流れ、廊下に注がれている。その先に、黒井真琴の凶霊に取り憑かれた、理亜がいるのだ。

「みんなが憎い……! みんなが嫌い……! みんなみんな! 死んじゃえば良いんだ!」

 美穂子が吠えた。その声が衝撃波となり、典晶と文也は吹き飛ばされ、机と椅子を弾きながら床を転がった。

「典晶……」

 すぐさま駆け寄ってくれたイナリの顔は、真っ青だった。いつも美しく流れるような髪も、汗にまみれ、顔や首筋に張り付いている。

 典晶の頬を両手で掴んだイナリは、真剣な眼差しで典晶を見つめた。イナリの透き通るルビー色の瞳に、典晶の冴えない顔が映っている。

 イナリの手は熱かった。火傷しそうなほどに熱を持っている。典晶が持ち合わせない力強い瞳は、典晶に決断を迫ってくるようだった。

「覚悟だけはしておいてくれ。私は、美穂子と理亜を助けることも大事だが、何よりも典晶が大切だ。たとえ嫌われたとしても、私は典晶を守りたい。私は、美穂子と理亜を殺す!」

「イナリ……待て……」

「すまない、典晶、許してくれ。もう、那由多を待っていられる時間が私にはない。これ以上長引いたら、私は典晶さえも守れなくなる」

 強い決意を秘めた言葉。その言葉は、典晶の言葉全てを拒絶しているような響があった。

「美穂子、すぐに解放してやる」

 言葉静かに呟いたイナリは、ブルッと体を細かく震わせた。飛び出していた狐の耳が尖り、全身を毛皮のような燐光が纏う。イナリは獣のように両手を床に付き、獲物を狙う肉食動物の様に体をグッと縮めた。

「待て……!」

 典晶は手を伸ばしてイナリを掴もうとしたが、イナリは目にも止まらぬ早さで美穂子へ突進した。

 典晶の手は、イナリの残した風を空しく掴んだ。


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