37:疑惑の初詣

(どうして? 実家にいるって言ったのに、どうして千歌ちゃんが)

 そこでもう一度確認を兼ねて、花乃は千歌の傍らの人物を見つめた。感情の起伏を露わにすることは滅多にないけれど、誠実な彼は学校でも有名だった。修学旅行でフリーになったと噂されたあとは、何人かの女生徒からアプローチを受けたらしいと夕子が言っていた。けれどそれにも応えず、浮かれるどころかどんな女性にも近づかなかった彼――高澄が、なぜ。

(どうして、高澄くんと千歌ちゃんが一緒にいるの……?)

 高澄がポケットから取り出した小銭を千歌に渡し、それを遠慮するでもなくあっさりと受けとった千歌が、なにごとかを話しながら賽銭箱の中に小銭を放る。二人で鈴を振り、

柏手 を打って目を閉じる。二人がこちらに移動してくる気配がしたので、花乃は慌てて背を向けた。

 早足で参道を逆行しながら、胸元に手を当てる。心臓が早鐘を打っている。二人が振った鈴の音が、がらんがらんと耳元でまだ響いている気がする――

(どうして? わたしたちにも言えない理由なの、千歌ちゃん)


 心をよぎった不穏なものを振り払うように、花乃はぶるぶると頭を左右に振り乱した。千歌が嘘をついてまで見られたくなかったものを見てしまった罪悪感と、千歌がついた嘘への不審がむくむくと膨れあがって、振り返ることが出来なかった。

「あっ花乃! どこ行ってたの、はぐれたかと思ったよ!」

 夕子と忍が鳥居の下で待っている。花乃は大きく息を吐き出して、動揺を気付かれないように笑顔をこころがけた。「ごめえん、ちょっと……屋台に気を取られちゃって」

「花乃ちゃんらしいなあ。じゃあ、帰りに何か食べてこうか」

「さんせーい! もちろん福原くんのオゴリよね!」

 わいわいと盛りあがり始めた二人のはざまで、花乃は背中の向こうに意識を凝らした。

『どうして』

(わたしが聞いちゃいけないことかもしれない……。千歌ちゃんなら、きっといつか話してくれる)

 今の花乃には、そう信じることが精一杯だった。

 二人がひくおみくじは、一体どんな結果が出るのだろうと思った。



 短い冬休みも終わり、再びやってくる新学期――けれどそれは、自分たちにとってはとても大きな意味を持った学期になることを、登校した3年生の多くが悟っていた。

 迎えたものは、最後の学期。

 長い高校生活のピリオドに向けての、最後のカンマを超えたのだった。


 しかし当然と言えば当然の如く、感傷や思い出や、そんなものに浸る余裕などないのが受験生というもの。なまじレベルの高い学園なれば、受験コースの生徒たちの憔悴ぶりもまた凄まじかった。廊下ですれ違う鬼気迫る顔の知人に怯えるのは、推薦コースの生徒たちの宿命である。

「おはよう、花乃」

 どことなく冷え切った教室に入った花乃を迎えたのは、いつも明朗な千歌の声だった。千歌も都内の大学を受験するらしいが、他の生徒に比べると随分と余裕のある表情をしていた。

 花乃は、少しだけ間をあけてから挨拶を返した。「おはよう……」

「あれ、どうかした? 元気ないじゃん。ああ、さてはヨシがヒステリーでも起こした?」

 わざわざ花乃の席の椅子を引いて待っていてくれる千歌に、花乃は緩く首を振った。

「佳乃ちゃんは強いから、受験でヒステリーなんか起こさないよ。昨日まで3日ほど予備校で直前カンヅメ合宿だったらしくって、さすがに疲れてたけど」

「ああ、センターまであと一週間だもんね。15、16だっけ?」

 明るく話しつづける千歌の顔を、花乃は無意識のうちにじっと見つめていた。高めのすらりとした背も、ふんわりと波打つ肩までの茶色い髪や切れ長なのにはっきりとした奥二重の瞳も、いつも羨ましいと思っていたものだ。間近で見る千歌はやはり美人で、自分と同い年とは思えないほど大人びて見えた。それは、花乃の心にあるわだかまりが見せるものかもしれなかったけれど。

「……なによ、本当にどうかしたの?」

 ひらひらと目前で掌を振られて、花乃ははっと我にかえった。「な、なんでもない」

 様子のおかしい花乃を怪訝な顔で見ていた千歌は、突如ぴんと人差し指を立てて笑った。

「ははん、さては忍君と何かあったでしょ! クリスマスとか初詣とかデートしたんでしょう?」

「――それは、わたしじゃなくって」

 千歌ちゃんでしょう、と開きかけた唇を噛んで花乃は微笑んだ。

「夕子ちゃんも一緒だったし。ね……千歌ちゃんは田舎、楽しかった?」

 千歌は一瞬だけ瞠目し、すぐに破顔した。何の隙もない笑顔で。

「うん、楽しかったわよ?」

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