5-2. 思い切った手段(1)

          *

「失礼いたします、トウマです」

 重い足取りで向かった城内の執務室。返事はすぐにあった。室内に入ると軍部長官のナダが怪訝けげんそうにトウマを見ている。

「何故、お前が戻ってる」

「遊離隊長の指示によるものです。父には……副官には伝令を飛ばしてきました」

 トウマの父は軍部副官で、現在、戦場で指揮を執っている。さすがに無断では抜けられないため、スイセイの行動と合わせて帰還の伝令を飛ばしてきた。

 直接、伝えに行かなかったのは、急げばスイセイに追いつけるかもしれないと期待したためだ。だが、トウマがあの戦場を制するまでに半日。さらには別の戦場から異変の報告を受けたため、その対処に一日を失い、結局スイセイの足取りはわからなくなってしまった。

「それで?」

「……申し訳ございません。上手く抜けられてしまったため、センリョウに行く、としか伺っておりません」

 不甲斐ふがいないことではあるが、そうとしか言えなかった。当然、ナダの視線も鋭いものになる。

「その……色々とありまして」

 弁明くらいはしなければと思い開いた口からは、結局そんな言葉しか出なかった。

 面白半分にスイセイから指揮権を渡された直後はまだ良かった。自分でも悪くない采配を振るっていたと思う。だが、そこからスイセイがいなくなった途端、さばききれなくなった。

 見えていたはずの戦況は見えなくなり、バラバラに行動する隊員たちの把握に追われ、指示出すどころか、現状の把握さえ困難になった。

 さらに今回、別稼働部隊が殲滅せんめつされた。その調査に人を向かわせる必要もあり、すぐには戦場を離れられなかったのだ。

「まぁ、いい。お前はどうする?」

「お許しいただけますなら、遊離隊長の足取りを追って――引き続き、無茶をしないか監視したく思います」

 それはトウマが副隊長の任についてすぐに届いた指令だった。軍部長官からの指令など、遊離部に所属するトウマとしては必ずしも従う必要はない物だったが――とはいえ通常は従う――自分の家系や貴族としての付き合いが、それを断れなくしていた。

「無茶ではなく、余計なことをしないか、だ」

「はい」

「それから、順次やつの行動は報告するように」

 内通をそそのかすかのような命令。だが、それに対してトウマが思うことは特になかった。

 正直トウマは自分の実力が正しく認められさえすれば、後のことはどうでもいいと思っていた。トウマが最も嫌っているのは、金や身分で出世するようなやからの下で、理不尽な扱いを受けることだ。だから実力が確かな相手からの命令であるなら、従うのもやぶさかでなかった。


 ナダへの報告を終え、部屋を出たトウマはそこでとある人物に捕まった。人目を避けるため、場所を遊離隊長の執務室へと移し、トウマは口を開く。

「こんなところまで来て、どうしました?」

 トウマを待ち伏せていた男は、スイセイが普段、密偵として町に放っている者だ。トウマもある程度そういった者たちは飼っているがスイセイほど多くはなかった。

「罪人を移送する。ツヅナミまで迎えに来てほしい」

「は?」

 この男は遊離隊員でも警察隊員でもない。何故、この男から罪人の移送などという言葉が出てくるのかと疑問に思った。

「ツヅナミか……。管轄は第十二部隊でしたね」

「第十九部隊がメインだ。第十二部隊は単なるお目付け役でしかない」

 管轄の警察隊を口にすれば、すぐさま男の指摘が入った。

「あぁ、あのクズたちか……」

 第十九部隊は地方に派遣されている警察隊の中でも、特に素行の悪い者たちの集まっていた。あまりの素行の悪さに、お目付け役が派遣されることになったという、いわくつきの部隊だ。

 そんな部隊が管轄するツヅナミからの罪人の移送。そこに遊離隊が割って入る意味。それらからトウマは大よその状況を理解した。

「――なるほど。警察隊の上層部への報告は?」

「当然、止めてる」

「そうですか、よかった。それはスイセイからの指示で?」

「俺たちをなめんなよ。この程度のことで指示待ちなんかしてたら、とっくにお役御免にされてるさ」

 途端に男が不機嫌になった。トウマは言葉選びを間違えたことに気づく。

「すみません。別に侮っているわけじゃないんです。ただ、隊長の居所を確認できればと思って」

「あっそう。で、急がなくていいのか? 後味の悪いことになると思うが」

 遠回しにスイセイの居所など探ってる場合かと指摘され、トウマは諦念を見せる。後味の悪さに関してはともかく、この男がやってきたこともスイセイの計算のうちだとしたら、重要度はこちらの方が高かった。

「……そうですね。すぐに出ます」

「あぁ。そうしてくれ」

 男は用は済んだとばかりにあっという間に部屋を出て行った。トウマもあとを追う形で部屋を出るが、そのときにはもう男の姿はどこにもなかった。

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