4-3. 堅物の気遣い(4)

          *

「ユウキがマカベに目をつけられたのは何でだ?」

 ポロボの事件について知れたら、わかるのではないかと期待していたが、ショウの予想は外れた。ならばこれもヤマキに聞いてみるしかない。

「ユウキがマカベと国との間の取引材料になりえたのは、ユウキの能力を国が欲しがったからか? それとも、国がユウキを恐れたからか?」

 前者であれば、単なる商品として、後者であれば、マカベはユウキを国の弱みとしておどすために目を付けたということになる。

 だが、たった一人の風捕りにできることなど限られている。大技を持たない風捕りを、戦争再開と引き換えにしてまで国が欲しがるとは思えないし、たかだか十五の少女が国を脅す材料になるなどそれこそありえない。そんなことで国を動かせてしまうなら、国などとっくに滅んでいただろう。

 だからこそわからない。何故、マカベはユウキに目を付けたのか、そして何故、国はマカベの要求をのんだのか。

「てか、その前にあれか。この戦争再開は、マカベ家の要請なりなんなりで実現したって考えていいんだよな?」

「えぇ、私もスイセイもそのように認識しております。ただ、彼女が目を付けられた理由については――。私の推測を押し付けることは、きっとスイセイが嫌がるでしょうから、一つ、関係あるかもしれないお話をしておきましょうか」

 ショウは少しがっかりする。ヤマキなら確かな情報を持っているのではないかと思っていたが、やはりヤマキも推測止まりのようだった。

「何故、人々が風捕りについて黙っていられるのか、不思議ではありませんでしたか?」

 ヤマキはどうやら国が国民に課した制約と制裁について話そうとしているらしい。風捕りについて話すことを禁じ、それを破った者には制裁が下されるというやつだ。

「それは国が何らかの方法で聞き耳を立てていて、口外した者に制裁を下しているから、だろ」

 ショウはヤエで行った実験を思い出しながら口を開く。

 今思えば呪いなど信じてもいないことをよく口にしたものだ。それでもおおむね推測は間違っていなかったと今は知っている。

「ほう。それはどうやって?」

「それは、遠耳とおみみの能力者あたりが情報収集してるんじゃないかと」

「惜しいですね。遠耳はシュセン全体でも十名ほどしか存在していない稀少な能力者ですから、さすがに国民全員の会話を拾えなど、そんな酷な仕事はさせられません」

「じゃあ、誰が――」

 言いかけてはっとした。会話に聞き耳を立てるだけなら、遠耳でなくとも可能な特殊能力がある。

「そう。その役割を担っていたのは風捕りです。風捕りも音を拾えま――」

「ま、待ってくれ。風捕りって、じゃあ、風捕りは今……」

 慌てるショウとは対照的に、ヤマキは平然とした様子で答える。

「彼らのうちの幾人かは、今、特殊能力部隊にいますよ」

 ショウはぽかんと口を開けた。ずっと気になっていたことが、あっさりとわかってしまった。

「――生きて、いたのか」

 ショウは安堵の息を吐く。

 生きているかもしれないという情報はあっても、生きているという確証はなかった。風捕り狩りの難を逃れた者がいるのはわかっていても、そのあとは国に捕らわれ殺されてしまったと聞いていた。ゆえに今現在、生きている風捕りがいるかについては正直疑わしく思っていた。

 だが、実際はショウの持つ情報の中に間違いがあった。

「招集された風捕りは、殺されたんじゃなくて働かされていたのか」

「全員ではありませんが、そういうことになりますね」

「い、いるのか? ここに?」

「いえ、残念ながらすでに戦場です。お会いすることは難しいでしょう」

 戦場という言葉で一気に興奮が冷めた。風捕りはまたしても苦境に追いやられている。

 顔を上げてそれについて問おうとして、まだ先ほどの話が途中だったことを思い出した。何故だか今は、ヤマキの話を聞いた方がいいような気がした。

「風捕りが監視って……それは、風捕りが望んで引き受けたのか?」

 風捕りについて話してしまった人たちは、見せしめとして全員殺されたという。そんな厳しい制裁になったのは風捕りが一枚噛んでいたからかと考えて、思わずそんなことを聞いてしまう。風捕りからすれば、国民は皆、風捕り狩りを実行するなり、見て見ぬふりをするなりした憎き相手だ。うらんでいてもおかしくない。

 だが、ヤマキは首を振った。

「まさか。風捕りの多くは職業柄、命の尊さをよく知っています。罪をつぐなわせたいと思う者はいても、殺したいと考える者はほとんどいないでしょう。それに風捕りたち自身、仲間の行いについて引け目を感じていましたから」

 特殊能力者は仲間意識が強いとはユウキから聞いていた。それが同じ特殊能力であればなおさらだ。ゆえに、風捕りたちは我が事のように心を痛めたのだろう。

「じゃあ罪悪感があったから監視役を引き受けたのか。でも、見つけたらその国民が殺されてしまうのに? もしかして風捕りはそれを知らなかったのか?」

「いいえ。ですが、拒否はできませんでした。――彼らは人質を取られていたのです」

 ヤマキは沈鬱ちんうつな表情で首を振った。

 そして語られた話にショウは絶句する。それはあまりにも残酷な話だった。


 風捕り狩りのあと、国は風捕りに招集をかけるかたわら、国民に風捕りと口にすることを禁じた。それは暴動を沈静化させ、再燃させないためであると国民には説明され、違反した者は厳罰に処すとも伝えられた。

 その対象が、今でいうところの「大人」だ。当時、十三歳以上だった者は全員処罰対象になり、それ以下の者でも知っている者たちは口止めされ、忘れるよう誘導された。

 その禁令が布告され、国内全土に広められたのち、多少の猶予を持って違反者の処罰が始まった。

 初めの頃は一日に何十もの人が殺されたという。その遺体は即座に家族の元へと送られ、それにより人々は違反するとどうなるかを知った。

 というのが、表から見た出来事。その裏では風捕りたちが、監視を強制されていた。

 風捕りが風を通じて会話を拾い、その情報を元に警察隊が出動し、違反者を捕らえるというのが一連の流れであったが、初めのうち、風捕りたちは捕まった国民が殺されていることを知らなかった。

 だが、それらが人々の間で話題になるようになると、風捕りもまたその会話を拾い、違反者が殺されている事実を知ることになった。

 自分たちが何の罪もない人々の死に手を貸していると気づいた風捕りたちは、特殊能力部隊を統括していた軍人に、猛然もうぜんと食ってかかった。

 自分たちは暴動を治めるために協力しているのであって、こんな残虐なことに手を貸すためではない、と。

 素直に招集に応じた風捕りたちの多くは、先の風捕りの暴走に強い罪悪感を抱いていた。だからこそ、自分たちで償えるならとやってきたのだ。それなのに、国民のためどころか真逆のことをやらされていると知り、その怒りが爆発した。

 風捕りたちは監視の継続を放棄した。だが、軍人が余裕さを失うことはなかった。それをいぶかしんでいるうちに、別の軍人がまだ幼い子どもを連れて戻ってきた。それは風捕りの子どもだった。

 ――やれ。

 男が指示した瞬間、子どもの首が飛んだ。風捕りたちは言葉を失った。

 ――お前たちに拒否権はない。仕事に手を抜いたり、口答えをしたりすることがあれば、都度、一人ずつ殺していく。子どもから順に、な。

 軍は風捕りが拒否することも予想済みだったのだ。

 監視役を命じられた風捕りの半数以上は女性。子どもの命を目の前で奪ったとき、よりショックが大きいだろう顔ぶれが集められており、風捕りたちはほぼ即座に従った。

 とはいえ顔ぶれが違ったとしても、最終的には従うことになっただろう。なにせ監視の任を負っていない風捕りの身柄も全てが軍の管理下にあったのだから。風捕り狩りで数が減ったとはいえ、それでもかなりの人数がいた。それらの命全てと引き換えにすることはできなかった。

 それに風捕りたちには、監視の精度の高さと罰則の容赦のなさが知らしめられれば、早い段階で違反者がいなくなるのではないかとの期待があった。そうなれば、監視を続けていても、国民の命を奪うことには繋がらなくなる。

 風捕りたちは結束して、会話を拾うことに務めた。だが、どんなに必死になっても全ての会話を拾うことはできず、それが明るみに出るたびに、子どもたちは殺されていった。

 結局、全ての子どもたちが命を落とすことになった。それだけでなく、老人や能力の弱い者から順に大人たちも殺されていってしまった。

 ショウは茫然とその話を聞いていた。あまりの衝撃に言葉が出なかった。

「全てです。当時、子どもだった風捕りは全員殺されてしまったのです。この意味がおわかりになるでしょうか。つまり、あなたの御友人と同じ年頃の能力者はもうどこにも存在していないのです。――国の認識では」

「じゃあ、ユウキは……」

 存在しないはずの年頃の風捕りということになる。国が知れば大きな衝撃を受けるだろう。何せ、全ての風捕りを管理していたはずが、そうでなかったのだから。

 だが、最も衝撃を受けるのは恐らく国ではない。

「監視役の風捕りたちは、子どもらを死なせてしまったことを非常に心の傷としています。そんな彼らの前に、その年頃の娘が現れたらどうなるでしょう。娘は彼らの弱みです。もし娘が何か命じたなら、彼らは死に物狂いでその命を果たすでしょう。使い道は色々考えられます。例えば、彼女を部隊の指揮官として死地へと送り込んだら――。国がその結果に期待してしまったとしてもおかしくありません」

 ユウキを通じて命令を下すだけで、風捕りたちが簡単に、しかも実力以上の力で持って事にあたってくれる。こんな都合のいい話はない。

「ユウキは、その人たちを動かすために利用されようとしていたのか……」

「と私は考えています。申し訳ありません。結局、私の考えに誘導したようになってしまいましたね。ですが、これもあくまでも推測です。それはお忘れになりませんよう」

 ユウキを極北の地に置いてきたのは、結果的に正解だったかもしれない。マカベ家に乗り込んでいたら、意に反して風捕りたちを働かせる役目を負わされていたかもしれなかった。

「あと一つ確認したいんだけど、特殊能力部隊以外に風捕りは? 人質にされたのは部隊の者だったのか?」

「おや、お気づきになられましたか。えぇ、部隊の者とは別の者です。多くはありませんが、生きておられますよ。今は里に」

 ヤマキは風捕りが特殊能力部隊にいると言ったが、他にいないとは言っていない。ヤマキの反応からするとあえて言わなかったようだが、意地が悪い。

「国の管理下ですから……間もなく、彼らも戦場に送られるでしょう」

 特殊能力部隊もすでに出発していると聞かされたことを思い出し、ぞくりと背筋を震わせた。

 戦争に風捕りが参加するのは、トーツの恐怖心をあおったり、仲間の士気を上げたりするためには欠かせないことだとわかっている。だが、もしシュセンが追い詰められるようなことにでもなれば、風捕りはいやがおうにも嵐を呼ぶことを求められるだろう。

 けれど、風捕りは運が味方しなければ嵐を呼べない。呼べなければ役立たずの烙印を押され、その瞬間、味方が味方でなくなるのだ。もしかしたら、撤退するための捨て駒にされる程度ならまだいいと思えるくらいの事態におちいるかも知れなかった。

「派兵を止めさせる方法は?」

「即座に結果の出る必勝法があるなら、でしょうか」

 ショウは首を振った。無茶を言う。そんな作戦があるならとっくに軍が実行しているだろう。

「あとは戦争を終わらせるしかありません。ですが無理でしょう。一度動き出してしまった戦は簡単には止められません。シュセンはもちろん、トーツにも」

 ショウは唇と噛みしめた。

 どうして風捕りばかりこんな目に合わなくてはならないのだろうと思った。そして、それに気づきながらも何もできない自分の無力さが許せなかった。

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