4-2. 交錯する思惑(2)

          *

 ぼうっと座っていると、突然、日の光が顔面を直撃した。ショウは咄嗟とっさに目を細め、その元凶へと視線を向ける。

 使用人がカーテンを開けているところだった。逆光で見えないにもかかわらず、振り返った使用人の顔に視線がきつけられる。

「ショウ様。お久しゅうございます」

 その使用人はゆっくりとショウのそばに寄り、膝をついた。父よりもずっと年上の男性。深い皺の刻まれた顔面に、慈愛の籠った笑みが浮かぶ。

「勉学と鍛錬、どちらがよろしゅうございますか?」

 唖然としているショウの様子など意にかいさずに、有無を言わせぬ口調で尋ねてきた。そんな使用人の態度は無礼と言えるものなのに、気づけばショウの口元は緩んでいた。

「相変わらずだな、ヤスジ」

「時間は有限でございますからね」

 それはかつての家令だった。留守がちな父に代わって、ショウを厳しくしつけてくれた男だ。すぐにショウを甘やかそうとする世話係ににらみを利かせ、ショウに対してもショウを泣かせるほど厳しく接してきた。

 それでも嫌いになれなかったのは、家令がショウのことを想ってくれているとわかっていたからだろう。

「いたなら、もっと早く顔を出してくれればよかったのに」

「私はご友人ではございませんからね。用がなければ伺いません」

「用?」

 家令の言葉に引っ掛かりを感じて尋ねた。

「えぇ。他の使用人に泣きつかれましたから。このままではショウ様がご病気になってしまわれる、と」

「あ……」

 この三日ほど、食事もそこそこにじっと部屋に引きこもっていたという自覚はある。ショウは気まずげに視線をそらした。

「不健康な生活はお許しいたしません」

 そしてヤスジが再び問う。

「それで、勉学と鍛練、どちらになさいますか」

「いや――」

 薄く笑みを浮かべたヤスジはじっとショウの答えを待っていた。

 こうして思考がはっきりとしてくると、これまでぼうっとしていた自分に驚かされる。現実から目を背けていた時間。その間にも周りは動き続けていたのだということに気づき、ショウはわずかに焦りを感じた。

 時間は無限ではない。絶望などという勘違いで時間を無駄にしてはいけなかった。ショウにはまだやるべきことがある。

「いや、今はいい。やらなきゃいけないことがあるんだ」

「さようでございましたか」

 しっかりとした眼差しをヤスジに向けると、ヤスジは大きく頷いた。

 見知った顔が見られただけで、信頼している人物が来てくれただけで、こうも心が軽くなる。自分は一人じゃないのだと力を貰った。

 正直、父と向き合う覚悟はまだない。何年越しという長い期間、ののしり続けてきた相手である。今すぐ素直になるというのは難しかった。

 だからこちらは後回しだ。幸い、当てはもう一つある。

 ――隠されると暴きたくならねぇか?

 ――どうせ復讐すんだろ?

 面白がるような男の声。ショウに何かをさせたがっていたようなのに、ショウが復讐とはどういう意味かと聞き返すと、さっと態度をひるがえした。

 ――それがわかったら来いよ。そんときゃ歓迎すんぜ。

 わかったとも。ショウは心の中でそう答える。

 風捕りは国民によって虐殺された。だから、それを実行した国民や止められなかった国に対して復讐したいと考えてもおかしくない。というか、スイセイは復讐して当然と考えているようだった。

 だが、ユウキはそれを望んでいるだろうか。うらんではいるかもしれないが、だからといって復讐をしたいと思うかというと、それはまた別の話のような気がする。スイセイとはその点も含めてしっかりと話したほうがいいだろう。

「ヤスジ、遊離隊ゆうりたいって知ってるか?」

「えぇ。治安局三部のうちの一つ、遊離部の隊でございますね。国内外問わず、治安維持のために活動する精鋭部隊であると伺っております」

「会えるかな」

「遊離隊の者に、でございますか? そうですね……遊離隊は基本的に城に詰めておりますから、登城の許可証が必要ではないかと。宿舎まででしたら、最も簡易的な許可証で十分かと存じます」

「そうか。――って、それじゃあ、簡単に会いに行けねぇじゃん」

 ショウは登城許可証など持っていない。最も簡易的なものでいいと言われても、その入手すらショウには難題だった。ぱっと思い浮かぶのは裏ルートでの入手だが、残念ながらセンリョウに情報屋の知り合いはいない。

 他の伝手つてとして思い浮かぶのは子ども時代の友人だ。皆身分ある家の生まれであったから、誰かしらは城に務めているはずだが、跡継ぎとしての責務を放棄して家出をしたショウに、会ってくれるとは思えなかった。

 となると残された手段は――。

「何をおっしゃいます。お父上がいらっしゃるではありませんか」

 ショウがそれを思い浮かべるのと、ヤスジが口にするのはほぼ同時だった。

 ショウはヤスジを睨んだ。ヤスジはもちろん父との不仲を知った上でそう言っている。だが、他に手段がないのも事実だった。ショウはやけになって立ち上がる。

「くそっ、もうどうにでもなりやがれ。――ちょっと行ってくる」

「いってらっしゃいませ。旦那様は昼までは書斎におられるそうです」

 何もかもわかっているというように、ヤスジはにこやかにそう告げた。ショウは振り返ることなく、それこそ逃げるようにして部屋を飛び出した。

 ヤスジには完敗だ。

 子ども時代を知られているというのは、弱みを握られているのにも等しい。考えも、行動も、何もかもがお見通しで、とても頭が上がらなかった。

 けれど、こういった勢いでもなければ父を訪ねる決意はできなかった。ヤスジはそれがわかっていたからこそ、あのタイミングで父の名を出したのだろう。

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