2-4. 屋根裏暮らし(3)

          *

 外に出ると夕日が町を赤くめていた。ムラのある白粘土の塗り壁が複雑な陰影いんえいを描き、町を美しく浮かび上がらせている。

 多くの人々が家路を急ぐ中、ショウは人々の流れを逆行する形で商業区を目指していた。足取りに迷いがないのは、ここが、チハルに落ち着く前にショウがしばらく滞在していた町の一つであるからだ。

 そのショウの目的地は情報屋だった。一口に情報屋といっても二種類に分けられている。一つは堂々と看板を掲げている一般的な情報屋で、もう一つはコネや自力で見つけ出した者しか利用できない隠された情報屋だ。

 前者はいわゆるなんでも屋で、道案内やもの探し、仕事の仲介などの情報を主に取りあつかっている。個人情報や商売の損得に関わるような情報はなく、健全な情報屋として町に浸透していた。

 一方、後者はというと、公序良俗を無視したような金銭次第で何でも売買する情報屋だ。個人情報を含めどんな情報でも扱う代わりに高額で、悪人、わけあり人御用達の店とささやかれている。ただ、多くの人たちはその存在を噂では知りつつも実在するとは信じていなかった。興味本位で探すだけでは絶対に見つけられない店だったからだ。

 そしてショウが向かっているのはというと、その隠された情報屋の方だ。ショウの人探しの執念しゅうねんがこの情報屋への道を繋いだ。結局前回は、この情報屋の情報をもってしても探し人を見つけ出すことはできなかったのだが――。

 今回はどうだろうか。追手の状況でも、風捕りのことでも、なんでもいいから知ることができればと思っていた。


 そして歩くこと十数分。町の小さな明かり屋へとたどり着いた。周囲はどこも店仕舞に慌ただしく、ただこの店だけが静かにたたずんでいた。

 というのも、明かり屋というのは通常、他の店よりも閉店が遅いからだ。明かり屋では明かりの販売だけでなく、帰宅が遅れてしまった人々への貸出もしている。そのため、他より遅くまで開いているのが一般的だった。

「ちは」

「いらっしゃい」

 ショウが明かり屋の入口をくぐると、店の奥にいた男が応対する。

 店の商品の大半は家庭で吊るして使うランプだった。他にも置き型や持ち歩き用、観賞用の洒落しゃれたものなどが机や棚に所狭ところせましと並べられている。

 ショウはそれらをゆっくり見て回った。時折、背中に店番の男の視線を感じる。

 そうして店内を一通り見終わると、ショウは最後に店番の男のところへ向かった。

「他にはないか?」

「どのようなものをお探しで?」

「他の明かり屋にはないものを」

 店番の男は探るような目でショウを見て、それから一つ頷いた。

 この一連の流れには実は重要な意味があった。何を隠そうこの明かり屋こそショウの目的地なのだ。明かり屋はただのかくみので本業は情報屋。正しい行動とやり取りをすることで、明かり屋が情報屋へと成り代わる。

「じゃあ、倉庫のものでも見てみるかい?」

 店番の男はショウをカウンターの裏、倉庫の入口へと招いた。

 倉庫に入ってすぐの場所には店に並んでいたのと同じような商品が雑然と置かれていた。店番の男はそれらに構うことなく、間をうようにして奥へと進んでいく。そしてその最奥には一つのドアがあった。

 店番の男はショウにそのドアを示すと黙ってきびすを返す。ショウはその背を見送ることなくドアを開け、部屋へと足を踏み入れた。

 小さな部屋だった。正面に布の山があり、そこからちょこんと年配の男性の顔が出ている。一見、布の山にしか見えないこの塊はどうやらこの男の衣装だったようだ。ショウの記憶と重ならないところからすると、服の趣味がどこかで変わったのかもしれない。

「ふむ。遅かったな。馬車には乗らなかったとみえる」

「何?」

 ショウは咄嗟に身構えた。

 この言葉から導き出されるのは、明かり屋がショウたちの動きを知っていたということだ。それは、どこからかの依頼を受けたからではないだろうか。どこからか――そんなものはマカベ家しかない。

「まぁまぁ、そう警戒なさるな。そのようなつもりで言ったのではありませぬ」

「この状況でそれを信じろと?」

 明かり屋は困ったように首をすくめる。

「お前さんたちをよろしく頼むと言い置いていった御仁がおりましてね」

 ショウは目を細め明かり屋を見た。嘘を言っているようには見えないが、ショウには心当たりが全くない。

「誰だ?」

「いえいえいえ……私の口からはとても」

 なおも言葉をにごす明かり屋にショウは苛立つ。だが同時に引っかかるものがあった。

 明かり屋の口から言えないような人物、となれば相手は大物だ――と考えてようやく思い当る。それに該当するのは闇屋やみやであるアキトしかいない。相手が闇屋だというなら明かり屋のこの反応も頷けた。

 ならば安心だ。相手が情報屋である以上、油断はできないが、少なくとも罠が張られているということはない。

「じゃあ、こっちの状況は知ってるんだな? 追手がどうなったかわかるか?」

「夜明けと共に私兵たちは下げられたようですな」

「そう、なのか……?」

 思いのほかあっさりとした引き方に、ショウは唖然とした。となるとマカベ家は、チハルの外には全く出て来なかったということか。

「けど……。途中、馬が追い抜いて行ったんだ。あれは?」

「マカベ家の伝令でしょう。追手ではありませぬ。一騎はイリス方面、最東の港町ツヅナミへ、もう一騎は海岸ルートを南へ。まだ移動を続けているところから致しますと首都センリョウを目指しているのではなかろうかと。どちらも途中の町村は見向きもせず素通りしておりますゆえ、お二方とは別件やもしれませぬが」

「――本当にそう思ってるか?」

 ショウは疑い深く尋ねる。時期が良すぎるのだ。情報屋ともあろう者が、それを気にしないはずがない。

 明かり屋はショウの言葉に笑みを深めた。

「もちろん、無関係とも思っておりませぬ。ただ、今のところ注視するようなことではありませぬ。それよりもっと気になることがありますゆえ」

「っていうと?」

「鳥が一羽飛びまして」

「は?」

「手紙でございますよ」

 言われてようやく気づく。

 シュセンでは長距離の手紙は鳥につけて飛ばすのが一般的だった。手紙の配達を担っている業者が定期的にまとめて飛ばす鳥の他、商家など各地に拠点を構える家々では、自分たちで鳥を飼育し場所を覚えさせて手紙を運ばせている。

 それ以外にも、鳥使いと呼ばれる特殊能力者がおり、急ぎの手紙はその能力者の扱う鳥たちによって各地へと送られていた。

「手紙って、この町に?」

「いいえ」

「じゃあ、どこ、に――」

 ふっと明かり屋を見て眉をひそめる。

 薄く浮かべられた笑みと冷たい眼差し。すぐに明かり屋に答える意思がないことがわかった。

 だが、その態度にも疑問を覚える。確かに情報屋との情報交換は駆け引きしながら行うのが普通だが、ここまで駆け引きなしに教えてくれていたにもかかわらず、急に口をつぐむというのもおかしな話だった。

「――自分で考えろってことか」

 ショウはため息をついた。おそらくここまでの話や見聞きしてきたことの中から導き出せるということなのだろう。

 不安をあおる言い方をされたのが気になるが、そういうことならこの話は一旦保留だ。まだ他にも聞きたいことがある。

「じゃあ、もう一つ。明かり屋は、風捕りって知ってるか?」

 ショウが言い切るのも待たずに明かり屋はずぶずぶと布にうずもれていった。布の山から目だけを残した状態でもごもごと答える。

「いいえ、存じませぬ」

 それはとても知らないという態度ではなかった。ショウが追及しようと口を開きかけたとき、さらに明かり屋が続けた。

「以前にも似たようなことをお聞きになりましたな」

「あ……いや、前とは違うんだ。あの時は、風捕りのリョッカという女性の居場所を知らないかって聞いただろ? 今度は風捕り自身について知りたくて」

「――それを知ったからといってその女性が見つかるとも思えませぬが」

 想定していたのと違う話の流れにショウは目を白黒させる。だが、ふと明かり屋の言葉に隠された情報に気づいた。

「それは、リョッカは他の風捕りたちと一緒にいるわけではないってことか……?」

 明かり屋は答えなかった。だが、この考えはおそらく間違っていないだろう。

「――御幾おいくつでしたかな?」

 ポツリと明かり屋が尋ねた。ショウは目を瞬かせて明かり屋を見る。

「知ってるだろ? 十七だよ」

「そうでしたね。お連れの方は?」

「十五って言ってた気がする。――歳がどうかしたのか?」

 明かり屋は再び口を閉ざす。だが埋もれた布の中で何やらぶつぶつとつぶやいていた。

「お可哀想に。さぞや苦労されたことでしょう」

 ショウは眉を顰める。明かり屋がただで同情などするはずがなかった。

「何か企んでいるのか?」

「いいえ」

「じゃあ、何を考えたか言えるな?」

「相変わらず強気な方だ。無鉄砲と言った方がよろしいか。……私はただ、十五年前のお生まれなら、それはそれは大変だったでしょうと思っただけにございまする」

 十五年前と言われて思い当たるのは、荒内海あらうちうみの大戦が終わった年だということくらいだ。確かに物資は不足していたかもしれないが、それはユウキに限った話ではない。

「おまえは苦労しなかったのか?」

「――えぇ。同じ苦労はしておりませぬ」

 明かり屋はそれ以上の説明はしなかった。真意を探るようにその目を覗き込むも、明かり屋の瞳が揺らぐこともない。こういう職種の男たちに本気で隠されてしまったら、ショウがいくらあばこうとしても、絶対に暴けない。あきらめるしかなかった。

「で、本当に風捕りについて知らないのか?」

「えぇ、存じません」

 明かり屋は再びきっぱりと言い切った。

 もう少し教えてほしいというのがショウの本音ではあったが、全く情報が得られなかったわけではない。むしろ、かなり都合してくれたほうだろう。

 情報屋は人を選ぶ。不相応な情報を与えないよう常にこちらをはかっているのだ。おそらく、アキトの口添えがなければここまでの情報は得られなかった。そのくらいはショウにもわかっていた。

 ――明かり屋は風捕りを知っている。

 それはショウの中では確信となっていた。本当に知らない、もしくは知らないふりをするのであれば「それは何だ」とか「特殊能力か何かか」といった返しをしてくるだろう。情報屋であればなおのこと知りたがるはずだ。

 そしてもう一つ。こちらは単にショウが深読みしすぎているだけかもしれないが、無言でもなく、言えないでもなく、知らないと答えたことにも意味がある――かもしれないと思う。理由は不明だがその答えからは、明かり屋は「知らない」という立場を取る必要があった、という考え方もできた。

「とりあえずは助かった。追手とか、マカベ家の動きに変化があったら教えてくれ」

「かしこまりまして」

 ショウは無駄に力の入ってしまっていた肩から力を抜いて明かり屋に背を向けた。そして、ドアノブに手をかける。

「あなたもあと八年か九年早くお生まれであればようございましたね」

 油断していた背中に明かり屋の声がかかった。ショウは咄嗟に反応できず、間抜けな声をあげる。

「へ?」

「いいえ。どうぞお気をつけてお帰りを」

 それが本当に最後だった。ショウはその真意をただすこともできず、その場を後にする。


 明かり屋を出ると、夕日はいつの間にか地平線へと沈んでいた。群青ぐんじょうに染まった町と空とが静かにショウを出迎えた。

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