第29話

「なかなかの計画だと思わないか?なぁ」

「こんなことよっぽど狡賢くなきゃ考え付かない。ジョーも酷いがお前も大概だ」

「ジョー、か・・・・・・お前、何も考えないのか?」

その名前を聞いて真の頭に1つの疑念が頭をもたげた。

「・・・・・・何が言いたい」

ブライアントが一瞬の不安さを見せてすぐに無表情な顔に戻る。だがここで真は確信する。自分たちは同じ疑念を抱いている。

「お前はさっき俺を褒めたがこの作戦の骨子を考えたのはジョーだ。さっき見せた動画?とか言うので分かるだろ?」

「まぁな。それがどうした?何か言いたいかはっきり言ってくれ」

「なら言うぞ。あいつが信用できるか?人の弱みをこうまでよく分析していくらでも対策を打ち出す。お前の話だと1発の銃弾も使わずにハポン要塞を落としたんだろ?それも完全に相手の心を操って」

「まぁそうだけど・・・・俺たちはその勝ち馬に乗ってるようなもんじゃないか?ここでお互いぶつかり合ってもどうしようもない。少なくともあいつは俺たちが今まで何もできなかったことを易々とやり遂げた」

「そうだ、だがお前はその過程で1度でも相談を受けたか?事前に情報を提供されたか?俺たちのことをホントに信用してくれたのか?俺にはこの疑問をどうしても解消できない」

お互いの間に短い沈黙が走る。相手の答えを待たず真はドアを開けた。

「さてと、お前は手はず通り俺が呼ぶまでここで待っていてくれ」


夜も更けてミラーノが起きている保証は無かったが一気に蹴りをつけたい。早速今回の計画の最重要ピースであるロイの部屋へと真は向かった。具体的な計画は伝えていないが行動を起こすことは伝えてある。突貫工事的だが今から部屋に押しかけてなし崩しでこっちの為に動いてもらうしかない。部屋のドアを何度か叩くと眠そうに目をこすりながらロイが出て来る。

「あれ真さんじゃないですか?一体こんな時間に何の用ですか?」

「取りあえず中に入れてくれ。それと着替えろ。今すぐ出かけるぞ」

「え、ちょっと待ってくださいよ。まだ心の準備が」

何を準備する必要があるんだ。お前は付いて来ればいい。そう言いくるめて急いで使用人用の制服に着替えさせ、その間今後の展望について細かく語っていく。

「それじゃいよいよミラーノに話すんですね?」

「まぁな、だけど最大の問題はミラーノが俺の話を聞いてくれるかどうかだ。それにあいつがまだ起きているのか?」

「正直何とも・・・・前は夜寝る前に度々会ってたんですけど、今じゃそれも禁止されていますから・・・・・・」

ロイは寂し気にそしてさり気に際どいことを言う。こんな空気を作る気なんて更々なかったのに、真は着替え終わるのを待って連れだって部屋を出る。

2人は最上階のミラーノの私室にたどり着くとまず真がノックをして反応を確かめる。

「あぁー、ミラーノ様?今お部屋にいらっしゃるんですか?」

返事は無い、ただの屍のようだとは言わないが。

「あの、真ですが。少々お話があってまいりました。失礼してよろしいですか?」

しつこくノックをし続けて話しかける。どうせ起きてるんだろと言わんばかりに遠慮がない。遂にイラついた声でミラーノが応じる。

「・・・・帰って!あなたになんて会う必要が無いわ。邪魔なのよ真!」

「会う必要が無いとはあんまりですね。そこまで臍をまげられては困りましたね。お客様が着ておりますのに」

そう言って真はタブレットを取り出して音声を再生する。声の主は恐らくミラーノがこの世で一番嫌いな人間だ。

「客?馬鹿言わないで私に客なんて・・・・」

「『ミラーノ、俺は今心底失望してるぜ。お前がそこまで馬鹿な女だったとは思いもよらないかった。俺はお前がもう少し賢いガキだと思ってたんだがな』」

「その声、あの時の男ね!?あんたの所為であたしがどれだけ苦労してるのか分かってるの?それに気安く名前呼ばないで!反吐が出るわ」

「『どうでもいい、面倒くさいガキだな』」

「なんですって?!」

「そういう訳です。ここの鍵を開けてもらえますよね?」

「・・・・・・・・わかったわ」

やきもきした調子でドアの鍵がガチャガチャと音を立てて外れた。

「さぁ、開けたわよ。早く入りなさいよ」

「それでは失礼しま、うぉあ、なんだ」

外側にドアを引くと拳を握って思い切り振りかぶったミラーノが姿を現した。開けた扉の勢いと共に体重を乗せて全力で真の顎辺りを殴りつける。寸でのところで避けた真によってミラーノのそれは空振りに終わった。だが、彼女はなおも殴りつけることを止めずに前後の見境なしに拳を武器のように振り回し続けた。

「この、この、このっ、ぶっ殺してやる」

「落ち着いてください。真ですって!!ちょ、ちょっと話聞いて!!」

「いないー?それじゃさっきの声は一体誰が・・・・あの嫌らしい声を聞き間違わないわ!」

は、は、と息を弾ませてミラーノはようやく周りを確認する余裕が出た。その場にいるのは身を屈めている真とロイだけだ。確かに世界一嫌いなあの男はいない。

「それは・・・・これです」

「なに、このスベスベしたガラス盤は?こんなガラクタで一体どうやったっていうの?」

「これはそのー正直自分にもよく分かりませんが、こういった次第で」

そう言ってタブレットを弄ってミラーノにさっきのを再生させてみせる。警戒と驚嘆がない交ぜになった瞳をミラーノは真に向ける。あんな音声まで入ってるんだからここまで状況を読んだって言うことなんだろう。余りの先見眼に鳥肌が立つ。

「話位は聞いてもらえないでしょうか?直ぐに終わります」

「わかったわ。それじゃ入って」

ため息を吐いて真を、特別な目配せを送ってロイを部屋に迎え入れる。部屋に足を踏み入れて開口一番真は部屋の惨状が目に入って来た。箪笥の服は総て外に投げ出されてボロボロに破られている。窓のカーテンは引きはがされて床に打ち捨てられ、机の上には本の代わりに椅子が無機質に乗っかっている。

「それにしても酷く荒しましたね。強盗が入ってもこうはならない」

「これまでに無い位精神的にまいっちゃって。このままじゃ鬱になりそう・・・・」

「それは確かに否定出来ませんね。酷いもんだ」

床に落ちているソックスを蹴とばして隅に追いやると机の上の椅子を下ろして勝手に腰かける。ミラーノはまだましなベッドの上に座り隣にロイを呼んだ。

「でしょ。だから兄様に・・・・」

「無理!」

次につづく言葉が完全に予想できたため早めに先手を打って潰しておく。ミラーノは憤慨した顔で綺麗な顔を膨らませ文句を垂れる。

「なんでよ!この様子を見ればいくら兄様でも理解してくれるわ。結婚は無謀だって!!」

「それなら、どうして最初からこの部屋の様子を見せつけない?そうすればいいだろう?」

言葉遣いを変わりため語で真は正論を言った。

「無理だって一番お前自身理解しているだろ?クロフォード説得には生半可な覚悟と半端な準備じゃ無理だって。あまり非現実的なことを俺に押し付けないでくれ」

「そう!!そうやって現実を見せつけに来たってわけね。もういいわ!あんたなんてやっぱり話す価値が無かった!出て行って!今すぐに!!」

プリプリしながらドアを指さす。真は両手を出してまぁ待てとミラーノを抑える。

「なんでそんなに自信たっぷりでいられるわけ?その自信元がしりたいわ!」

「そうか、それならこれを見てくれ。俺の自信の総てがわかる」

「何よ。またその板取り出して?」

真はロイとミラーノにタブレットを見せて動画を再生する。流石に今まで1度も見たことが無いものに対して興味津々という様子だ。音量を上げて再生ボタンをクリックするとジョーがどこかの椅子に座って撮ったであろうと映像が流れた。

「『よう、あーミラーノ?だったけか。久しぶりだな。俺の声と顔は覚えてるな。ジョーだ。よろしく。さてと、本題に入りたいんだがいいか?』」

「ミラーノ?いいか?」

ジョーが出てきて明らかに表情が険しくなったミラーノにちょっと配慮したがそんな必要はなさそうだ。ロイを連れてきて正解だった。あいつがいるだけで思ったより機嫌もよさそうだ。2人でベッドに寄り添って座っているなんて見せつけてくれる。

「続けてよ」

「『あー、あれだ。お前と俺の間にはこれまでいろいろなことがあった。が、総て水に流せ。今回はお互いにメリットがある取引を持ってきた』」

「随分勝手なクソ男ね。大嫌い」

死ねとはロイの手前流石に言わないようだ。だがその憎しみに満ち満ちた目ははっきりそう語っている。真が一応フォローするがそれが意外にも逆効果だったようで逆に噛みつかれた。

「ミラーノ、これは取引だ。公正な取引。君にも充分なメリットがある」

「馴れ馴れしく話しかけないで!あんただってどうせグルなんでしょ?そんな人の言うこと何も信用できないわ」

「つまり、信用が出来れば・・・・ここから先の取引の話も応じるつもりだってことか?」

「とても出来るとは思えないわ!」

大体目の前に現れない奴と何を語り合えばいいのと憤慨する。これはこの段階で話し合っても埒が明かない。それより話の続きを聞いてもらう方がいい。真はため息を吐いて動画の再生を続ける。画面のジョーは相変わらずふてぶてしい表情だ。

「『面倒な話し合いも考えたが、面倒だ!だから単直にお前への望みをずばり話そう。お前はその国から消えてくれればそれでいい。逃走に必要な準備は総てこっちでする。その後の生活の工面もな。連れて行きたい奴がいるのなら、そいつも一緒でも構わない。ただ消えろ!メリットはもちろんお前の兄貴から逃げられる。新しい生活と共にな。それで充分だろ!?これが俺の提示する条件だ。乗るか乗らないかは今決めろ』」

アホか!こんな滅茶苦茶な交渉の仕方があるか!?真は心中でジョーに最大限毒づいて恐る恐るミラーノを見る。こりゃ説得どころじゃないかもしれない。

「・・・・・・馬鹿げてる。それしか言えないわ」

慎重にそして神妙に2言だけ発した。何も裏付けもない中でこれ以上の答えを求めることは出来ない。それにしても野郎、場をかますだけかましていきやがる。これを後全部俺に丸投げするんなら別料金でバイト代が欲しいくらいだ。

「この国の最高権力者は誰?この国の軍事司令官は?この国の官憲のトップは?この国で一番身分の高い貴族は?総て私の兄、クロフォード・ファーマーよ!それをどこに逃げるの?どこで匿ってもらうの?どうやって生き延びるの?現実を見なさいよ。バカ!!なめんじゃないわよ。わたしは子供じゃない。全部理解できてる。それなのに余計な希望を持たせるようなこと言うな!」

やっぱり怒った。予想の範疇だがこいつが怒りだすと後に引くから、ホントにひくくらい引くからな。そんな中ずっと再生しているにも拘わらずずっと沈黙を保っていたジョーが再び喋り出した。どうやら爆発も読んでいたらしい。だったら爆発しないやり方も読んでほしいものなんだがな。

「『さて、一通りのぼやきもあったところで続けるか?まぁどうせどこに逃げるとか言う与太話だろう?まぁ現実この国にはそんな逃げ場は無いな。だが、だ。逆を考えてみよう。

ないんだよな?それなら、この国じゃなければ?そう。俺達の遥か南に広がる巨大山脈を越えた先にあるのは?』」

「そんな・・・・それじゃ、まさか」

あり得ないとミラーノが口を塞いだ。確かにそれが普通の反応だ。

「リッジマンデだ。俺達の目的の最終到達点は」

ジョーとはもって真がその先を続ける。だが当然のごとくミラーノが反駁する。

「それでもそこは現在反乱軍が占拠してるのよ。そんなところにのこのこ私やロイみたいなのが行ったら・・・・どんな目にあうことか」

「『まぁ、心配もあるだろうがそれは大したことじゃない。こっちにはリッジマンデ出身者が二人いる。身の安全は保障されている。それに・・・・・・』」

「『仮にそこに拘って残ったところでもう片方の選択の先には完全な絶望だろ?やるかやらないか、その賭けだ。後はお前に任せる。それじゃ、いい返事を期待している。じゃーな、ロイ、そしてミラーノ』」

長いようで短い動画が終了すると暫くの沈黙が続いた。ミラーノの答えを待っているがこのじゃじゃ馬、珍しく押し黙ってしまったままだ。

「で?」

「何?」

「返事だ。わかってるだろ?」

多少苛立ちながら真は答えを求める。ここまで話してはっきとした答えがもらえないのはいくらなんでもいただけない。今すぐに回答を求めたいところだ。

「そんな直ぐには決められない。これは私個人の問題でもあるけど、ロイにとっても大事よ。だってもし失敗したら・・・・」

ロイの手に自分の手を重ねて相手の目を見つめながらミラーノは言う。

「リスクを背負わなきゃ大きな見返りは期待できない。それを織り込み済みでロイも協力を申し出てくれたんだ」

今度は真がロイの方を見て言った。板挟みとは正にこれのことだ。ミラーノは何となくこの話し合いの趣旨を理解した。真がどうしてロイをここに連れてきたのかも。逆に言えばロイをコントロールできればもっと話し合いを優位に進めることが出来る・・・・・・ここはロイの情に訴えかければいいのね。ごめんねロイ。あたしってかなり打算的かも。

ミラーノはロイに体を寄せて甘い声を出す。ビクッと身を震わせて少しのけ反るロイも可愛いわと思いながらミラーノは迫って言った。

「それでも嫌よ。とっても怖い」

「お前、それはさっきから・・・・・・」

あからさまなやり方に終に真が半ギレした。さっきから同じことしか言わない上にロイを手玉に取って俺を逆に言いくるめようってことか?そうはいくか。真が更に口撃を続けようとした時ロイがズイと現れた。

「ちょっといいですか」

真を少しばかり強引にミラーノから離して部屋の隅の方で背を向けて口元が見えないようにしてロイが声を潜めて提案する。

「すこし、僕らを二人きりにさせてもらえませんか?」

「・・・・・・勝算は?」

「知りません。でも何とかやってみます」

少し悩んで真が小声で言い返した。特にいい案があるわけでもない。ここは一つこいつに任せてみるか。

「30分やろう。けりをつけろ」

真は若干の不安も残しながら部屋を出て行く。ロイがしくじった時のことを考えて最終段階の用意をするつもりだった。

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