第3話
怯え切って後ろを首を捩じって振り返った商人は自分を掴んでいる相手のデカさとガタイのよさに更に怯えて慌てて目を背けた。男は商人の耳元で鞭を捨てろと小さく、しかしはっきりした滑舌で告げる。商人は泣き顔のままダランと手の力を抜いて鞭を捨てた。男は次に周りに通る大きな声で失せろ!と叫び野次馬を散らすとようやく商人の手を放した。商人はそのセイウチのような肥満体からは考えられないクイックネスを発揮して弾かれたように男から距離を取った。
「貴様、一体何のつもりだ?見慣れん顔だな、いいか貴様のやっていることは正当業務に対する妨害行為だぞ!今すぐ訴えてやる!」
膨らんだ風船のような顔で唾を飛ばしてがなり立てる。怒りで顔が真っ赤になっている姿はちょうど色付きのそれだった。しかし突如現れた男は商人の抗議をまるで意に介さず、ツカツカとミラーノとロイの元へ歩み寄る。改めて目の前に現れるとかなり大柄だ。着ているものもこの辺りでは見かけないカジュアルなものだった。そして何よりも目を引いたのは服の袖から覗いている黒いタトゥーだ。服で全体は見えないが首元からも同じものが覗いている。上半身のかなりの部分が覆われていると考えてもいいだろう。
「おいお前、ちょっといいか?」
ものぐさな雰囲気でダラダラとミラーノに近寄って手を伸ばす。その怠惰さがまとわりついたような緩慢な動きにミラーノとしてはイライラを感じずにはいられなかった。思わずサっと身を引く。そして警戒を解かずに言った。
「何よ?助けてくれたのはありがたいけどあたしにはあんたみたいな知り合いはいないわ」
相手はその攻撃的な返答に反応を示さずボリボリともみあげを掻いてパンツのポケットから写真を取り出した。そしてそれをミラーノに見せながら質問があると切り返す。
「このガキはお前で間違いないよな?」
手元の写真には屋敷の人間に無理矢理めかし込んで取らされた物調面の自分が映っていた。ある意味一番他人には見られたくないものだったのに、どうしてこんな見るからに粗野な男が持ってるのかしら?ミラーノは半ば逆上して噛みついた。
「どうしてあんたがこんなのを持ってるわけ?誰から受け取ったのよ?!ていうかあんた一体誰よ?」
矢継ぎ早に飛び出す質問と文句に眉を寄せて左手をバっとミラーノの鼻先に突き出し一言。
「ごちゃごちゃいっぺんに喋るなよ、クソガキ。早くばあさんになっちまうぜ」
「なんですって?!この失礼野郎、初対面の相手にそんな口を利けるなんてよっぽど低能なクズね!」
まるで番犬のようにガミガミ吠えまくるミラーノに対して男はそれこそ冷静そのもの。ただ一言小声でボソっと。
「・・・・死ねよ、クソガキ」
「なんですって?!ふざけんじゃないわよ!放せ、放しなさいよロイ。この、この」
いきなり相手に殴り掛かろうとするミラーノをどうにか間に合ってロイが抱き留める。腕の中で逃れようと必死にもがきまくるミラーノの腕や足がロイの体をガンガン叩いている。しかしロイの方も慣れたもので決して放さない。
「ミラーノ落ち着いてよ。どう考えても勝てるような体格じゃないでしょ?!」
必死に言い聞かせるロイを見て男は同情の笑みを浮かべる。
「大変だな、少年。そんなんのお守りだと」
「んって何よ?馬鹿にしてんの?」
「それほどではありませんよ。それより一体何が目的ですか。そんな写真持ち歩いて」
ロイは無理矢理話を進めようと質問をする。相手の方もさっさと本題に入りたかったらしく素直にそれに応じた。
「あぁ、誰が好き好んでこんなガキの写真なんか持ち歩くかよ。頼まれたんだよ、俺は。こいつの兄貴とかいう貴族の男に。確か名前はクロフォード・ファーマー?だったかな。とにかくこのガキ見つけて自分のところまで引っ張ってきて欲しいってな」
クロフォードという名前を聞いた瞬間今まではしゃいだように暴れていたミラーノ一気に大人しくなった。歯を食いしばって嫌なものでも飲み込んでしまったかのような顔を代わりに浮かべて黙りこくる。男はそこに一切触れずにただ言った。
「伝言をその通りに言うぞ。『ロイ君、妹が随分君を連れまわして迷惑をかけて済まないね。しかしこれから家族で非常に重大な話がある。引っ張ってでも連れ来てくれ。そしてミラーノ!心配している。あの話をしようじゃないか』だとよ」
「絶対 嫌よ!!!!!!」
話し終わるか終わらないかのタイミングで唐突にミラーノが大声を張った。その迫力に周囲の人間の注目を一気に集める。男は耳に相当響いたようで口元を歪め嫌そうな顔をして言い返す。
「・・・・・・話聞いてたか?」
まるで5歳児に話すかのような口ぶりで確認するが相手の反応も5歳児のそれと大差ない。
「誰が聞くもんですか、そんな話!!」
「引っ張ってでも連れてこいだ」
「あんたに関係ないでしょ!!大体あんたが一体誰なのか、そこ答えなさいよね」
「まだ聞くのかよ?クソガキ」
「そのクソガキって言うのやめなさいよ!」
そう言い返されると相手はミラーノの胸元辺りにチラっと視線を配って
「・・・・・・まだクソガキじゃねーか」
「ど、どこ見てんのよ!!」
バっと急いで胸元を手で隠すミラーノは顔を赤くする。その反応に男は首を左右に振って言う。
「うっせーな、その反応がガキだって言ってんだよ」
「キモっ、変態親父かよ」
「ミラーノ落ち着いて」
「ロイもロイよ!!さっきから落ち着けってしか言わないの?!」
今度はロイの怒りの矛先を向けるミラーノにうんざりしきった男は最後通牒を突き付ける。
「とにかくガキのデートごっこは止めてとっとと家に帰れ、バカ」
「そういう言い方も止めてくださいよ。ミラーノが・・・・それに別にデートじゃ・・・・」
「ごっこ、じゃないわよ。本気なんだから!!ロイ、そうでしょ?」
「えぇ、いやそういうわけじゃないけど、そもそもデートじゃないし・・・・」
「はぁ??ロイ、あなたね・・・・」
「うるせえぞ!!デートでもデッドでもどうでもいいんだよ。とにかくお前ら家に帰れ」
3人が一様に自分の言いたいことだけを言い出して一種のカオスが醸し出される。そこに今まで無視され切った商人のおっさんが割り込んできた。
「こら、貴様らが店の前で言い争ってるだけでこっちは商売あがったりだ。さっきのことはいいからここから消え失せちまえ!」
だが割り込んだ間が悪かった。ミラーノと男の間ではセイウチも可愛いアザラシの子供くらいの迫力も無くなった。男に首根っこをムンズと掴まれて宙づりにされるとかわいそうに、商人はヒィと怯えた声を出す。
「いいか、退くのはお前だ。どうして俺が退かなきゃならねー?あぁ??なめてんのか!?」
「いや、でもわたしのですね、店がここにありまして。どうにもならないといいますか・・・・」
完全に敬語に変わって立場が逆転している。借りてきた猫以上の大人しさだ。
「なら、店畳めや!見たとこ今日は客いねぇだろ?閉めちまえ」
完璧に原因は男たちだがこの無法者にはそんな倫理は一切通用しない。それどころか店を潰したうえ追剥まがいの要求まで始めた。
「そこの男は置いてけよ。ほら、代金くらいは払う。えっと」
そう言ってポケットをまさぐると出てきたのは子供が家事の手伝いをして稼げるくらいの額、銅貨3枚だった。それを掌に押し付けてギュっと握りしめさせる。そして脅しの笑みを見せながら凄む。
「文句、ねーだろな?考えてみろ。あの時あのまま首を絞め落とされてもしょがなかったところをこうして骨の髄まで絞り切るくらいで許してやるって言ってるんだぜ??」
「はいぃぃ」
数分後、鎖を外されて身軽になった黒い男と、対照的に脅しに着かれてヘロヘロの泣き顔の商人が出来上がった。
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