第20話 久しぶりの緑蔭城
ジュリアが乗っているだけで精霊達が集まり、船はあっという間にゲチスバーモンドに着いた。
『みんなありがとう!』
風のシルフィールドや海のウンディーネ達にお礼を言っているジュリアを祖母のグローリアは微笑みながら促す。
「さぁ、さっさと緑蔭城で潮風を洗い流しましょう。そろそろ収穫祭のお客様もいらっしゃる時期ですからね。身綺麗にしておかなくては」
お客様と聞いて少しだけジュリアは憂鬱になる。内乱の時に南部同盟の貴族や騎士達と一緒に食事を取るのが負担になった記憶が蘇ったのだ。
馬車でジュリアが浮かぬ顔なのにグローリアは気づいた。
「ジュリア、もしかしてお客様が来られるのが嫌なの?」
この地区を治めるゲチスバーモンド伯爵家としては寄子の子爵家や男爵家、そして領内の騎士や領主達を把握するのに収穫祭は重要なのだ。ましてジュリアはゲチスバーモンド伯爵家の跡取りなので、苦手では済まされない。
「私はお祖母様のように気の利いたことも言えませんし……それに……」
俯くジュリアが何を苦にしているのか、グローリアはピンときた。
「緑蔭城目当ての縁談なんて、ジュリアが気にしなくて良いのよ。そんなの強要されるゆわれは無いのですからね。この収穫祭に集まるのは、いわばゲチスバーモンド伯爵家の配下の人々です。暖かくおもてなししなくてはいけませんが、ジュリアを嫁になんて面と向かって言える立場ではありませんよ。ああ、勿論、貴女が好きになれば話は違ってきますけどね」
内乱の南部同盟の時と違い、今回の収穫祭に集まるのはゲチスバーモンド伯爵家の寄子の子爵家や男爵家、後は領地の人々だと聞いて、少しだけジュリアはホッとする。
「さぁ、着きましたよ。まぁ、またマーカス卿はセバスチャンに負けてしまったのね。大袈裟なお出迎えは無用だと伝えたのに」
緑蔭城の玄関前には召使い達が勢揃いしていた。ジュリアは初めて緑蔭城に来た時を思い出した。あの時は緊張したけど、今回は見知った顔が多く、帰って来たのだと安堵感が込み上げてくる。
「お帰りなさいませ。伯爵夫人、ジュリア様」
あれッ? ジュリアはシェフィールドに居たはずの
女中頭の顔を見て立ち止まる。祖母のグローリアはまだまだ教える事がいっぱいだと肩を竦める。
「執事のセバスチャンとメイソン夫人には先に緑蔭城に戻って収穫祭の準備をしてもらっていたのですよ。私達はぎりぎりに帰ったのだから、さっさと湯浴みして着替えなきゃね」
緑蔭城の跡取りとして知っておくべきことは山積みだ。他国でメイドとして暮らしていたジュリアには荷が重そうなので、グローリアスとしては緑蔭城の隅々まで熟知しているジョージが婿として相応しく感じる。
グローリアはメイソン夫人にお湯に浸かりながら愚痴る。
「他所の貴族に緑蔭城を任すぐらいなら、今、きちんと管理してくれている城代で良いと思うのに、アルバートは野心的すぎるわ。そんな名門の令息とジュリアが上手くいくかしら?」
メイソン夫人もマーカス卿なら気心もしれているし、安心して緑蔭城を任せられると同意する。
「でも、マーカス卿は真面目すぎるのよ。折角、シェフィールドに呼んだのに、さっさと帰ってしまうのですからね」
お仕えする方々の愚痴に頷いたりはするが、意見を求められているわけではないのをメイソン夫人は心得ている。グローリア夫人の侍女が着替えを用意する間、お側で相手していただけだ。それでも、グローリア夫人の言わんとする意味は理解できた。
下の女中頭の部屋に戻ると、せかせかと廊下を歩いていた執事のセバスチャンを呼び入れて相談する。
「メイソン夫人、忙しいので後にしていただけませんか?」収穫祭の客人がそろそろ到着しそうなのにと、セバスチャンは苛々している。しかし、ジュリア様が緑蔭城に滞在している時がチャンスなのだ。
「セバスチャンさん、どうにかしてマーカス卿とジュリア様を親密にする方々はないかしら?」
同じゲチスバーモンド伯爵家に仕えていても、セバスチャンは伯爵との関係が強い。そして女中頭のメイソン夫人は、やはり伯爵夫人であるグローリアの意思に沿った行動をする。
「そんなことは伯爵様は仰っていなかったですが……」
グローリア夫人も伯爵は違う考えだと愚痴っていたが、メイソン夫人はセバスチャンの抵抗を無視する。ジュリア様はメイド達を動かせば良いが、マーカス卿はメイド達と接点が少ない。執事や下僕達の協力が必要なのだ。
「グローリア伯爵夫人はジュリア様が幸せになるのを第一に考えておられます。それに城代のマーカス卿なら、世慣れていないジュリア様も安心して緑蔭城をお任せできますわ」
ゲチスバーモンド伯爵が野心を持つ名門の子息をジュリア様の婿にと望んでいるのを知っているセバスチャンだったが、緑蔭城のことを考えると城代として立派に管理しているマーカス卿が望ましく思える。他領の子息に緑蔭城を滅茶苦茶にされたくなかった。シェフィールドで贅沢に暮らす為に領地から金を絞り取る貴族も多いのだ。
「伯爵のお眼鏡にかなった子息が馬鹿な真似をなさるとは思いませんが、マーカス卿は立派な方です」
セバスチャンが、マーカス卿なら自分の意見も無視しないと心が動いているのにメイソン夫人は気づいた。
「そうですよ。高飛車な見知らぬ貴族に緑蔭城を勝手にされたくないでしょ。それにマーカス卿は、ゲチスバーモンド一族ですもの」
二人で一致団結して、ジュリア様とマーカス卿を親密にさせる事にした。
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