第9話 モテ期?

 ジュリアはルーファス王子と王宮へと向かう。馬車の中にはルキアス王国の大使夫妻が同席していたが、ルーファス王子とジュリアの縁組みを後押ししているので、静かに見守っている。


「ジュリア、今夜の貴女はとても綺麗ですね」


「ルーファス様……困りますわ」


 馬車に乗る時にエスコートしたまま手を握られているので、ジュリアはドキドキしてしまう。同席している大使夫妻の目も気になるし、シルビアお嬢様を何となく裏切っている気分になるのだ。


「失礼しました。つい、手放したくなくて」


 ソッと手を放して貰ったジュリアだが、ホッとするのが半分、少しガッカリしたのが半分で、自分の気持ちが理解できない。何故なら、青い目を悪戯っぽくウィンクするルーファス王子はとても魅力的で、シルビアの悲しそうな顔も薄れてしまうからだ。


 二年前に社交界デビューしているルーファス王子は、ジュリアが自分に好意を持っているが、まだ恋愛感情とまでは言えないのに気づいた。常にお妃になりたいと願っている令嬢の熱い眼差しに慣れているルーファスにとっては、初なジュリアは新鮮に感じる。


「それにしても、シェフィールドの街はとても綺麗ですね。夜でも、リュミエールが明るく照らしてくれているし、羨ましいです」


「まだ長かった内戦の影響があちらこちらに残っています。でも、少しずつ回復しているのが嬉しいですわ。私も早く精霊使いになって、サリンジャー師を手伝いたいと思っているのですが、なかなか」


 ルーファスとしては、リュミエールに照らされた街が綺麗だとロマンチックな方向に持って行きたかったのに、ジュリアは精霊使いの修行を頑張らなきゃと別の方向を向いてしまう。


『なかなか手強いな! でも、口説き落とすぞ!』


 モテモテのルーファス王子は、俄然とやる気になる。しかし、生憎な事に馬車は王宮に着いた。



 今宵の王宮は、何時もよりも大勢のリュミエール達が張りきって煌めかしていた。ルーファスは、馬車から降りるジュリアを優しい態度でエスコートする。


 精霊達は、大好きなジュリアの到着で張りきって輝きを増す。


「わぁ、素晴らしいな!」


「本当に綺麗ですね。リュミエール、ありがとう」


 巫女姫としての能力を受け継いだジュリアが王宮に到着したので、リュミエール達がより明るく照らしたのだと、精霊を見る能力の無い大使さえここまであからさまだと気づいた。


「やはり、ジュリア嬢は巫女姫に相応しい御方だ!」


 しかし、ジュリアの能力に感嘆したのは、ルキアス王国の大使だけではない。元々、イオニア王国の貴族の中には精霊使いの能力を持つ者もいるし、リュミエールの反応にほぼ全員が気づいた。内乱を支える財力を持つゲチスバーモンド伯爵の遺産相続人であり、巫女姫になるジュリアには熱い視線が向けられる。


「ゲチスバーモンド伯爵の緑蔭城もいずれはジュリア嬢の物なのだ! それに、美しい!」


 独身の青年貴族達は、隣国のルーファス王子にエスコートされているジュリアに熱い視線を送る。



 王宮の舞踏会は、エドモンド王の新たな治世を世間に示すのに相応しい華やかさに溢れていた。レオナルド王子の妃を目指す若い令嬢達は美しく着飾り、お互いに牽制しあっているし、その親達も未来の王の外戚になるのを夢見て扇の影で話し合う。


「彼方の令嬢のドレスをご覧になりましたか? 気合いが入っていますね。家の娘も負けられませんわ」


「それにしても、ジュリア嬢は美しいですねぇ」


 年頃の令嬢を持つ親達は、レオナルド王子の姪であるジュリアはライバルでは無いので、おおらかな気持ちで褒め讃える。


「ゲチスバーモンド伯爵令嬢、ジュリア・ゲチスバーモンド嬢。ルキアス王国、ルーファス王太子殿下」


 隣国の王子にエスコートされたジュリアが、エドモンド王とレオナルド王子の前に進み出て、優雅にお辞儀をする。白いドレスとすらりとした姿は、まるで白鳥のように優美だと舞踏会の広間に溜め息が溢れた。


「ルーファス王子、ジュリアは今夜が社交界デビューなので宜しくお願いします」


 祖父の顔になったエドモンド王に託されて、ルーファス王子はにっこりと微笑んで、ジュリアをエスコートして王の前から連れ去る。次々と、社交界にデビューする令嬢が王と王子に挨拶しに来るので、ジュリアばかりに気を使ってはいられない。


「グローリア伯爵夫人、こちらは宜しいから、ジュリアに気を配って下さい」


 王妃不在の王宮で、エドモンド王の側に仕えているグローリアに、ジュリアの後見人役を専念するようにと頼む。


「ええ、エドモンド王の仰る通りに致しますわ。あの娘を外国に嫁がせたくはありませんもの」


 賢いグローリアが言いたい事を理解しているのに満足して、エドモンド王は落ちついて、令嬢達の挨拶を受ける。この中から、息子の嫁、将来のイオニア王国の王妃を探さなくてはいけないのだ。


 ジュリアは、正式な挨拶が終わってホッとしていた。


「そんなに緊張されなくても、エドモンド王は貴女のお祖父様ではありませんか?」


 ルーファス王子は、王の前からジュリアをエスコートして広間に連れ出すと、クスクスと笑う。


「それは、そうですけど……やはり、私が伯爵令嬢だとか、エドモンド王の孫だとか信じられない気持ちですの。これは全て夢で、目が覚めたらベーカーヒル伯爵家でメイドをしているのではと思ってしまうのです」


「こんなに綺麗なメイドが仕えているだなんて、セドリックが羨ましいですね。心配で、私は毎日ベーカーヒル伯爵家に行かなくてはいけないな」


「心配? 何故かしら? ベーカーヒル伯爵家の人達はとても親切な方ばかりですのに?」


 恋心を理解していないジュリアを口説くのは、かなり大変だとルーファスは、作戦を変えることにする。婉曲に言っても理解してくれないなら、直接的な口説き文句にするまでだ。


「こんなに綺麗なジュリアをセドリックだけでなく誰の側にも置いておきたく無いのです。常に見張っていないと、誰かに誘惑されてしまいますからね。ほら、狼達が舌舐めずりしていますよ」


 唖然とするジュリアに、周りを取り囲むイオニア王国の独身の貴族達が貴女を狙っていますよと教えてやる。


「まぁ、ルーファス様、お口が悪いわ。狼だなんて……きっと、緑蔭城がお目当てなのでしょう。祖母にも注意を受けていますわ」


 ジュリアが、祖母から注意を受けていると聞いて、ルーファスは複雑な気持ちになる。領地目当ての下らない貴族に恋をするのを注意するだけでなく、きっと外国の王子にも気をつけるようにと忠告されているだろう。


「何だか、皆様の視線を感じるのですが……ルーファス様にエスコートされているからでしょうね」


「私が貴女をエスコートしているから注目されているのは確かですが、強力なライバルとして見られているのですよ。さっきから、視線が突き刺っています」


「まぁ! まさか……」ジュリアは、ソッと周りを見る。どうやら、視線の中心は自分のようだと驚く。


『これは……どの人にも一度は訪れるというモテ期? まさかねぇ?』


 精霊達は、恋バナが大好きだ。まして、巫女姫にもなれる程の魔力を持つジュリアの『モテ期?』という浮わついた気持ちに過激に反応する。


 舞踏会の広間に夜なのに虹が掛かり、庭の薔薇は咲き誇る。舞踏会に参加した人々が驚いていると、シルフィードが薔薇の花びらを天井から撒きだす。


『ジュリア! 社交界デビュー、おめでとう!』


 薔薇の花びらと共に、マリエールがジュリアの腕の中に舞い降りた。


『まぁ、マリエール! ありがとう』


 精霊達に祝福されて、舞踏会が始まった。

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