第20話 エドモンド公とジュリア

シルフィード達が帆に風を送るので、一日でオルフェン郊外の港に着いた。船長は、ジュリア様の精霊使いの能力に、笑いが止まらない。伯爵令嬢でなければ、常に船に乗っていて欲しいぐらいだ。

  

 港にはシェフィールドから出迎えの馬車が待っていた。荷物などは執事のセバスチャンに任せて、グローリアはジュリアと精霊使いの家族達と首都へと向かう。


「あれがオルフェン城ですよ」


 オルフェン城のがっしりとした城塞が辺りを威嚇している。ここにエドモンドお祖父様とレオナルド叔父様が一年も虜囚となっていたのだと、ジュリアは馬車の窓から覗く。


 今は戦場だった跡も片付けられ、首都シェフィールドを守護する出城としてそびえているが、ジュリアは目をつむって犠牲者の冥福を祈る。グローリアも、ここで命を落とした若者の顔を思い浮かべた。


「さぁ、シェフィールドはもうすぐですよ!」


 オルフェン城を通りすぎると、遠くにシェフィールドの街影が見えてくる。


「ほら、あの高い塔は水晶宮の通信塔ですよ。フィッツもあそこで精霊使いの修行をしたのです」


 内乱の間、シェフィールドには近づけなかったグローリアは、息子の若い日々を思い出して、涙を一滴ながす。でも、目の前のジュリアをしっかり見守らなくてはと、しゃんと座り直した。


「私も水晶宮で修行をするのかしら? サリンジャー師に教えていただいてましたが、まだ途中までなの」


 グローリアはそれは相談してみようと、気もそぞろで答える。


「本来なら、ゲチスバーモンド伯爵邸で着替えて王宮に行く方が良いのだけれど……エドモンド公は首を長くしておられるわね」


 それでも同行している侍女に化粧道具を出させて、髪のほつれなどをなおす。もちろん、ジュリアにも身支度を出きる限りでさせる。


「まぁ、船旅の後ですもの、これで我慢しましょう」


 シェフィールドの門を通り抜けると、精霊達は水晶宮へと飛んで行く。内戦が終わったのが、嬉しいのだ。



 馬車がガラガラと石畳を王宮へと急ぐ。ジュリアはお祖父様に会うのだと思うと、胸がドキドキして、身もブルブルと震える。


 指を組んで震えるのを抑えようとしているジュリアの手を、グローリアは両手で握りしめて言い聞かせる。


「エドモンド公は、エミリア姫の父上ですよ。とても穏やかで優しい御方です。そんなに緊張しなくても大丈夫ですわ」


 ジュリアの不安に気づいたマリエールも馬車の中に飛び込んで、抱きしめていると心が落ち着く。


『マリエール、ついてきてね』


『もちろんよ! 私はジュリアの側から離れないわ』


 精霊使いの家族達は、先ずは水晶宮へ向かうと決めてあったが、グローリアの馬車はそのまま王宮へと進む。


「まぁ、とても大きな王宮なのですね」


 ルキアス王国の王宮にジュリアは訪ねたが、本宮ではなく庭の奥にある離れにしか中に入ったことがなかった。圧倒されそうだと眺めていると、馬車は正面玄関に止まる。


 大理石の階段を金モールの付いたお仕着せを着た王宮の侍従が走り降り、恭しく馬車の扉を開ける。


「ゲチスバーモンド伯爵夫人、ジュリア嬢、エドモンド公がお待ちです」


 グローリアは、きっと一刻でも早く孫娘と会いたいとエドモンド公が首を長くして待っておられるのだろうと微笑む。


「さぁ、参りましょう」


 王宮の豪華さに目をパチクリさせている孫娘を促すと、伯爵夫人としての威儀を正して歩き始める。ジュリアはお祖母様の後から、侍従の案内に従って王宮の奥へと進んでいく。侍女達は他の侍従に控え室へと案内された。


 金の飾りが柱の上に付いている長い回廊を歩き、見事な彫刻の大きな扉の前に着いた。その手前の大きな部屋には何十人もの貴族達がエドモンド公との謁見を待っていたが、南部同盟の盟主であるゲチスバーモンド伯爵夫人に道を譲る。


「ゲチスバーモンド伯爵夫人がお着きです」


 扉を護っている護衛に侍従が告げると、直ぐに開けられる。待っていた貴族達の視線が、伯爵夫人が同行しているジュリアに集まる。皆がエミリア巫女姫とゲチスバーモンド伯爵の息子の駆け落ち事件を思い出す。何人かは精霊使いの能力を持っていて、ジュリアの周りにいるマリエールに気づいた。


「さぁ、エドモンド公がお待ちですよ」


 貴族達に注目され、緊張して立ち尽くしているジュリアの手を引いて、豪華な謁見の間に入る。


 大広間には数段上に王座が置いてあるが、エドモンド公は未だそこには座らず、階段の下の広間と同じフロアーに椅子を置いて座っていた。しかし、ジュリアが入って来るのを見て立ち上がる。


「ゲチスバーモンド伯爵、あの子がジュリアなのだな!」


 エドモンド公は、ジュリアがこちらに歩いてくるのを待つのももどかしいと、自らも駆け寄る。


「グローリア伯爵夫人、よくジュリアを連れて来て下さいました」


 一応は、レディへの礼儀で頭を下げたが、目はジュリアから離れない。


「おお! ジュリア! 私がお前のお祖父さんだよ!」


 内乱の気苦労で白髪がめっきり増えた茶色の髪と、ジュリアと同じ緑の瞳に涙を浮かべて、孫娘を抱き締める。


「エドモンド公……」


 ジュリアは抱き締められていても、本当に自分のお祖父様かしらと、未だ心の底では不安も感じる。


『ジュリア、この人はエミリアのお父さんよ! だから、貴女のお祖父さんだわ!』


 マリエールが姿を表し、ジュリアの不安を打ち消す。


『おお、前に手紙を届けてくれたシルフィールドだな。この前はありがとう! お前はジュリアに名前を預けたのか?』


 エドモンド公も精霊使いの能力を持っている。ジュリアの腕の中におさまったシルフィールドに話しかける。


『名前を預けたんじゃ無いわ! 本当はマリエールと名付けられたのに、ジュリアだと言うので貰ったのよ! 赤ちゃんの時に助けてあげたのだから、名前を貰っても良いでしょう?』


 マリエールの話に驚いているエドモンド公に、ゲチスバーモンド伯爵が説明する。


「息子のフィッツジェラルドは、アドルフ王の追っ手に囲まれた時に、赤ん坊のマリエールだけは助けたいとシルフィールドに託したのです。しかし、最後の言葉を告げる前に亡くなったのでしょう。ゲチスバーモンドではなく、ルキアス王国のゲチスバーグへ運ばれたのです」


 エドモンド公は、孫娘が何故ルキアス王国で育ったのか、その理由を知り、自分の愛娘の最期を想い涙をこぼした。


「ジュリア、お前はルキアス王国で苦労したと聞いている。これからは、何も心配しなくても良いのだよ。お祖父様と呼んでおくれ」


 金褐色の髪を撫でながら、エドモンド公は何不自由なく暮らさせようと約束する。


「お祖父様……私を拾ってくれた両親に、他の兄弟と同じように育てられましたわ。だから、苦労したとは思っていません」


 グローリアは、呆気に取られているエドモンド公にクスクス笑う。


「エドモンド公、ジュリアは大人しい娘ですが、言い出したら頑固なところもあります。フィッツジェラルドに似たのかしら?」


 亡き息子の面影をジュリアの中に見つけ、グローリアは目頭をハンカチで押さえる。


「いや、エミリアも日頃は大人しかったが、一度決めたら頑固であった。ジュリアは二人に似たのであろう」


 ジュリアは育ててくれた両親を弁護しただけだったのに、頑固と言われて驚き小さくなる。


「申し訳ありません、失礼なことを言うつもりは無かったのです」


 グローリアは、まだまだジュリアは教育しなくてはいけないと溜め息をつく。少し、強気になったと見直したのに、卑屈な精神が残っている。


 エドモンド公も真っ赤になって身の置き場も無さそうにもじもじするジュリアに少し驚いたが、グローリア伯爵夫人に目配せされたので平静を装おう。


「今は、他の貴族達とも会わなくてはいけません。グローリア、一度屋敷に帰りなさい」


 孫娘と離れ難そうなエドモンド公は、ゲチスバーモンド伯爵に恨めしげな目を向けるが、夜にゆっくりと話せます! と言いきられて諦める。アドルフ王の後始末と、新王として他の貴族達との関係を深めることが重要なのだ。

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