第35話 さらばルキアス王国
シルビアは、ジュリアのお別れ会を何回も開いた。
「ヘレナの名所も知らずに、イオニア王国に行ったら、皆様に何を説明するの? 駄目よ、王宮と近くの公園しかヘレナの見所は無いと、誤解されちゃうわ」
ミリアム先生は、半分はシルビア自身が行ってみたい場所だと苦笑したが、折角できた友達との別れを、明るくお別れ会を開いて誤魔化そうとしているのだろうと許可した。王宮前の公園、昔の離宮、美術館をミリアム先生が付き添って、見学して回った。
そして、たまにはアンブローシア伯爵夫人やグローリア夫人も見学に加わり、気のきいたホテルでお茶を飲んだり、音楽会にも連れて行って貰った。グローリア伯爵夫人が孫娘に教養をつけさせる目的と、長年の離別の溝を埋めようと、馬車で出掛けている間、ゲチスバーモンド伯爵は、ミカエル国王に面会して、サリンジャーの帰国を願った。
「やはり、サリンジャー師は帰国されるのですか?」
短時間の面会を済ませたゲチスバーモンド伯爵が、ミカエル国王の執務室から辞した後、ベーカーヒル伯爵は話し合いの内容を確認しにきた。
「本人が帰国したいと言っているのだ、無理矢理ルキアス王国に留めるわけにもいかないだろう。それに、ゲチスバーモンド伯爵が一緒だしなぁ」
サリンジャーだけなら、もう少しルーファス王子の修行を続けて欲しいと、ごり押しもできただろうが、イオニア王国の豊かな南部を束ねているゲチスバーモンド伯爵に出てこられると、拒否などできない。
「こうなったら、ジュリア嬢を嫁に貰うしかないな!」
強気の発言をしたミカエル国王に、ベーカーヒル伯爵は呆れたが、ゲチスバーモンド伯爵が孫娘を外国になど嫁がせる気がなさそうだとは、気の毒過ぎて伝えなかった。
シルビアの計画したお別れ会も、最後になった。
「今日は、スペシャルゲストを御招待しているの」
可愛い鼻をツンと高くして、ルーファス王子とサリンジャー師を招待したと、得意満面なシルビアに、ジュリアは最後に会って、お別れを言えると喜んだ。
ルーファス王子には、一緒に修行させて頂いた御礼をのべた。
「ジュリア、こちらこそ楽しかったよ! イオニア王国に帰っても、どんな修行をしているのかとか、たまには手紙を下さいね。 サリンジャー師と、どんどん修行したら、もう足元にも追いつけないだろうけどね」
ジュリアは、今までサリンジャー師が一緒にイオニア王国に帰るとは知らなかった。
「えっ! サリンジャー師もイオニア王国に帰国されるのですか?」
パッと笑顔を浮かべたジュリアと違い、ルーファス王子とセドリックは複雑な顔をする。
「内乱状態の祖国から逃げ出した私ですが、水晶宮に監禁されている仲間の精霊使いを開放したいと、帰国を決めたのです」
ジュリアと話し合っているサリンジャー師に、中途半端の修行のまま放りだされる不出来な弟子二人は、今更ながら、もっと密に教えて貰うべきだったと後悔する。
「まだ、風のシルフィードしか実体化できないのか! 今まで何をしていたのだ? パーティーで令嬢とダンスばかりしているから、こんな好機を逃すのだ」
ルーファス王子は、父王にさんざんお説教されたのを、思い出して肩をすくめる。セドリックも、水のウンディーネの実体化が、成功したり、失敗したりの状態で、もっとサリンジャー師に習うことがあるのにと、残念に感じる。サリンジャーは、ルーファス王子とセドリックの修行を途中で打ちきって帰国することに、責任を感じていた。
「ルーファス王子、セドリック様、二人には基本しか教えてあげれませんでしたね。また、イオニア王国が平和を取り戻したら、水晶宮へ修行に来て下さい。それまで、お二人はシルフィード、リュミェール、ノームの実体化の練習を続けて下さい。ウンディーネとサラマンダーは気紛れですから、自分達だけで実体化させるのは危険です」
師匠から練習を続けるようにと言われたが、精霊使いがいなくなれば、呼び寄せるだけでも苦労しそうだと、二人は溜め息をついた。
しかし、横で話を聞いていたジュリアは、また水晶宮で一緒に修行できるかもと喜ぶ。
「イオニア王国に行ったら、二度とお会いできないかもと思ってました。そうですよね、内乱がおさまって平和になれば、行き来もできるのだわ」
単純に喜んでいるジュリアが、再会するまでに、巫女姫として精霊を使いこなしているだろうと想像して、真面目に努力しなくては、恥ずかしくて水晶宮などに顔を出せないと二人は思った。
「ずるいわ、お兄様が水晶宮とやらに留学される時は、私もジュリアに会いに行くわ! それまで、私を忘れないでね!」
シルビアはジュリアに抱きついて、別れを惜しんだ。
ベーカーヒル伯爵夫妻と、ゲチスバーモンド伯爵夫妻は、若い人々がジュリアと別れを惜しむのを、少し離れたソファーで眺めていた。
「本当に、早く平和になるとよろしいですわね」
アンブローシアは、無能だと悪い評判しか聞かないが、王座に就いているアドルフ王を、退位させるのは困難だろうと考えた。
「ええ、本当に……平和になったら、是非、お越しくださいね」
夫人達は社交的な会話をしていたが、ゲチスバーモンド伯爵の心は既に、内乱が続くイオニア王国へと飛んでいた。
最後のお別れ会の夜、部屋で従者のトーマスの世話を受けながら、セドリックはジュリアがイオニア王国へと行くのだと、凄く遅まきながら実感した。
『いつも、側にいたから、それが当たり前になっていた。しかし、イオニア王国に帰ったら……数年後でも、会えたら良いな……』
相変わらず、従者のトーマスは、無器用だと、脱いだ服がバサッと床に落ちたのに、セドリックは不審な顔をした。トーマスは、床の服を拾いもしないで、ぼんやりしていた。
「トーマス? どうしたんだ?」
振り替えって、トーマスが泣いているのを見て、セドリックは慌てた。
「何か、執事のヘンダーソンに叱られたのか?」
何時もなら見ぬ振りをしただろうが、セドリックもジュリアとの別れで、感傷的な気分になっていた。
「ルーシーが……私の愛しいルーシーが、ジュリア様とイオニア王国へ行くのです。私は料理助手のアンナと浮気などしていないと、セドリック様からもルーシーに言って下さい!」
トーマスの恋愛になんか興味の一欠片も無かったセドリックだが、止める隙も無い、泣き言を延々と聞かされる羽目になった。
「もう、充分だ! そんな言い訳は、ルーシーに直接した方が良いと思うよ。私と最後の夜を過ごしていては、時間が勿体ないぞ!」
トーマスを追い払い、やれやれとベッドに入ったセドリックだが、その最後の夜と言う言葉が心に突き刺さって、眠れなかった。
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