第10話 メイド?

「伯爵様がジュリアをお呼びだ」 


 執事のヘンダーソンに呼ばれて、ジュリアは女中頭のケインズ夫人にしがみつく。


「ケインズ夫人、お願いです! ついてきて下さい」


 ルーファス王子に会うだなんて無理だと、女中頭にしがみつくジュリアに、召使い達は何事だろうと騒ぎだす。


「こら、ルーファス王子様をお待たせするわけにはいかない」


 執事として、伯爵の命令を速やかに実行させようと、ジュリアにサロンへ行くように命じる。半泣きのジュリアの両肩をがっしりと持って、ケインズ夫人はしっかりしなさいと喝を入れる。


「ルーファス王子様の前で失礼な真似などしたら、ベーカーヒル伯爵様の恥をかかせることになるのですよ。さぁ、ハンカチで鼻をかんで、しゃんとしなさい」


 差し出されたハンカチで、涙と鼻水を拭くと、ケインズ夫人にパンと背中を押されて、ヘンダーソンさんについてサロンへ向かう。


 召使い達は蜂の巣をつついたような大騒ぎだったが、ケインズ夫人にお茶の用意を! と命じられて、働きだす。しかし、働きながらも、全員が何事だろうと妄想を膨らませていた。




 一方のジュリアは、心臓が口から飛び出すのではないかと思うほど緊張してサロンへ入った。


『ひぁあぁ~! あの方がルーファス王子様なのね~』


 此方を眺めるルーファス王子の濃い青色の瞳と目が合い、顔を真っ赤にしてお辞儀をする。


 ルーファス王子とサリンジャー師は、ジュリアがサロンに入った途端に、精霊達の姿がより鮮明になったのに驚いた。真っ赤になって、お辞儀したまま固まっているジュリアが、メイド服を着ているので、先程のセドリックが言った言葉を思い出す。


「本当にメイドなのか?」


 ルーファス王子の呆れた声で、ジュリアは穴があったら入りたいと思い、より深くお辞儀して顔も見えなくなる。サリンジャーはジュリアのまわりに精霊達が集まって、くるくると舞う姿をうっとりと眺めていた。


『平和だった頃のイオニア王国を思い出す』


 伯爵はこれでは話ができないと、ジュリアに椅子に座るようにと話しかけるが、とんでもない! と真っ赤になって首を横に振る。メイドが王子様の前で椅子に座ることは、非常識極まりないと断るジュリアを持て余した。


 ルーファス王子はクスリと笑う。


「では、私が命じるから、椅子に座りなさい」


 キョトンと顔をあげたジュリアの驚いた大きな緑色の瞳に、ルーファス王子の悪戯っぽい濃い青色の瞳が重なる。


 セドリックもジュリアが落ち着いてくれないと、話もできないので、椅子に座らせる。セドリックにエスコートされて、椅子に座ったジュリアを、やっとルーファス王子とサリンジャー師はゆっくりと観察しだす。


 カチコチに緊張しているので、顔色は青ざめているし、ガリガリに痩せているから、着飾った令嬢を見慣れているルーファス王子には綺麗だとは思えなかった。サリンジャー師もジュリアが美少女だとは思わなかったが、緊張して見開いている大き過ぎる緑色の瞳は澄んでいるし、何より精霊に愛されていると評価した。


 椅子に座ったジュリアは、背筋をしゃんと伸ばし、両手の拳を握って震えるのを抑えようとしていた。


「サリンジャー師、ジュリアは精霊使いなのでしょうか?」


 わざわざ屋敷まで出向いて貰った用件を、セドリックはずばりと切り出した。


「ジュリアというのか……これほど、精霊に愛されている娘はイオニア王国にも、そうそういないだろう。きちんと修行すれば、優れた精霊使いになれる」


 ルーファス王子は、自国のメイドに精霊使いになれるほどの魔力を持つ者がいたのかと呆れる。


「他にも精霊使いになれる魔力を持つ者を見落としているのかな?」


 セドリックは自分もジュリアの家族が、同じような魔力を持っているのではないかと期待したので、ルーファス王子の気持ちはわかった。


「ジュリア、サリンジャー師はイオニア王国の精霊使いだったのだ。お前の親が持っていたペンダントを見せてくれないか?」


 一瞬、サリンジャー師が自分を捨てた父親なのかと、ジュリアは誤解した。


「イオニア王国の精霊使い? では、私のお父さんなのですか?」


 怒りがこみ上げて、ジュリアのまわりの精霊達が逃げ惑う。


「ジュリア! 怒りをおさめなさい! 精霊達が可哀想だよ。

 私は結婚もしていないし、お前の父親でもない。それに、ジュリアは何歳なのだ? 私は未だ26歳なんだぞ、こんなに大きな子供がいるわけない!」


 イオニア王国の精霊使いだからといって、自分を捨てた父親とは限らないのだと、ジュリアはシュンとする。


「サリンジャー師、すみませんでした。私は13歳だから、サリンジャー師の子供では無いですよね」 


 13歳の子供がいるほど、自分は老けて見えるのかとガックリしたが、ジュリアがペンダントを渡すと、顔色を変えた。


「このペンダントは! ジュリアは13歳だと言ったな!」


 いつもは穏やかなサリンジャー師の深刻な顔に、ルーファス王子とセドリックも驚く。


「ジュリア、このペンダントは何処で手に入れたのだ?」


 サリンジャー師はジュリアの椅子の前に跪いて、顔を覗き込んで真剣に質問する。


「私が拾われた時に、首に掛かっていたそうです。サリンジャー師、何かご存知なのですか?」


 サリンジャー師はジュリアの質問に答えず、何処で拾われたのかと、震える声で尋ねた。


「ゲチスバーグ村です」


 ああ! と頭を抱えて、サリンジャー師は床にヘナヘナと座り込んだ。


「何て酷い間違えなのだ! 精霊達は君をゲチスバーモンド伯爵の元に届けるべきだったのだ!」


「ゲチスバーモンド伯爵?」


 ジュリアが唖然としていると、サリンジャー師は立ち上がり、肩に手を置いて驚愕する事を告げた。


「君は、フィッツジェラルド・ゲチスバーモンドの娘だ!」


 ルーファス王子とセドリックは、どこかで聞いたことのある名前だが、何故、ジュリアの父親がわかったのかとの疑問にとらわれた。しかし、父親のベーカーヒル伯爵は、イオニア王国の内乱が起こった原因になっている、フィッツジェラルド卿とエミリア姫との駆け落ち事件を思い出して、顔色を変えた。

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