第8話 捨て子

「もう、妖精なんて見ないようにしますから、クビにしないで下さい」


 泣きながら訴えるジュリアに、セドリックは慌てて誤解だと言い聞かせる。


「クビになんかしない! だから、落ち着いて、そこに座りなさい」


 ケインズ夫人は書斎の椅子にジュリアを座らせると、出て行こうとしたが、キツくドレスを握り締めてる指が解けない。伯爵とセドリックは、内密に話を進めたかったが、ジュリアの怯えきった態度に、ケインズ夫人に同席して貰うことにする。


「ケインズ夫人、此処での話は他言無用だ。兎に角、ジュリアを落ち着かせてくれ」


 横に座ったケインズ夫人は、ぶるぶる震えているジュリアに、クビにされたく無かったら、ちゃんと話を聞いて答えなさいと喝を入れる。


 セドリックは脅してどうするのだ? と疑問に感じたが、ジュリアは涙を拭くと、しゃんと座り直した。メイドの扱いは女中頭のケインズ夫人に任せた方が良いだろうと、伯爵も落ちつかせた手腕に感嘆する。


 ジュリアが落ち着くと、乱舞していた精霊も静かになって消えていった。


 セドリックは青い瞳をジュリアに向けて、どこから説明したら良いものか悩む。ジュリアは妖精が見えなくなったのでホッとして、自分を見つめている若様の顔をチラリと見る余裕を持てた。


『凄い! 他のメイドさん達が言ってた通りのハンサムだわ。

 金髪に青い瞳……家のお兄ちゃん達と同じだけど、全然違うわ!』


 金髪というより黄色い麦藁色の髪を持つ家族を思い出し、クビにならないで良かったと考える。捨て子だった自分を育ててくれたのに、クビにされたら、また厄介を掛けてしまう。


 若様が黙っているので、ジュリアはどきどきしながら待つ。


「お前は精霊が見えるのだろ? それは何時から見えていたのだ?」


 ジュリアは妖精と精霊は同じものだろうかと、答えるのを躊躇う。


「しっかりとセドリック様の質問に答えなさい」


 ケインズ夫人に急かされて、慌てて頷く。


「精霊かどうかはわかりませんが、妖精は子どもの頃から見えてました。今度からは、綺麗だからと見とれて、ぼんやりしません」


 ぺこぺこと頭を下げるジュリアに、セドリックは溜め息をつく。


「ジュリアは妖精と呼んでるのか? それは両親から教えて貰ったのか? 他の家族で妖精が見える者はいないか?」


 他にも精霊使いがいるのではないかと、セドリックは期待して矢継ぎ早に質問する。


 ジュリアは辛そうな顔をして、自分だけですと小声で返事をした。


『私は捨て子だもの……』


 赤ん坊の自分を捨てた親への怒りが、空気を焼く。落ち着いて見えなくなっていた光の精霊が、ジュリアの怒りに反応して、部屋の壁にぶち当たった。


「ジュリア! 落ち着くのだ!」


 セドリックは自分の質問の何がジュリアを動揺させたのかわからなかったが、兎に角は落ち着かそうと肩に手を掛けた。


「精霊使いは精神を安定させなくてはいけない」


 ジュリアは間近に見るハンサムな若君に驚いて、自分を捨てた親への怒りが薄れた。


「精霊使い? 私がですか?」


 何のことだかわからない風情のジュリアに、伯爵とセドリックは困難な道になりそうだと溜め息をつく。




 少しジュリアが落ち着いてきたので、ケインズ夫人に紹介状を持って来て貰う。その間に、セドリックは王宮に手紙を書いて、ルーファス王子に今日は行かないことと、できたら精霊使いを屋敷に寄越して欲しいと伝える。


「ジュリアは精霊使いになれそうなのか?」


 下僕に手紙を渡したセドリックに、小声で伯爵は質問する。 


「まだジュリアは自分の意志で精霊を使っている訳ではありませんが、感情を読み取って精霊は動いてます。こんな強力な魔力を持つ人間が、我が国にいたとは……」


 二人はジュリアの出自に疑問を抱くが、ケインズ夫人が持ってきた推薦状は、ごく普通の物だった。領民の読み書きができる娘をメイドに推薦しているだけで、勿論のことながら精霊が見えるとも、魔力を持っているとも書かれていなかった。


『ジュリアの姉達をゲチスバーグ卿の屋敷で下働きとして雇いましたが、骨身を惜しまない働き者でした』


 真面目な子沢山の領民の娘が、何故このような魔力を持っているのだろうと、伯爵は不思議に思う。


「ジュリアの家族にも精霊使いがいるかもしれない。

 本人は自分しか妖精は見えないと言っているが、精霊使いは血を引くと聞いている。現地へ誰か派遣して、調査しなければな」


 自分のせいで、家族に迷惑が掛かると思ったジュリアは真っ青になった。


「家族は関係ありません! だって、私は捨て子だったのです。赤ん坊の私を捨てた親なんて、知りません!」


 激しい激情の渦に精霊達も巻き込まれる。書斎の机の上に置いてあった書類が、逃げ惑う精霊達が起こす風に舞い散る。


 セドリックはジュリアの肩をつかんで、落ちつくのだ! と叱りつけた。


 ケインズ夫人は唖然として、散らかった書斎を見つめた。


「こ、これは……ジュリアが散らかしたのですか?」


 セドリックも伯爵も、それどころではないだろうと呆れたが、真っ赤になったジュリアは謝りながら、床に散らばった書類を必死に拾い集める。


「そんなことはしなくて良い。椅子に座って、拾われた時の話をしてくれ。何か、親から聞いていないか?」


 ジュリアにとっては辛い話だが、家族に迷惑を掛けない為にと、淡々と話す。


「両親は私を他の兄弟と同じように育ててくれました。だから、両親からは何も聞いていません。

 でも、私だけ不細工だし、髪の毛や目の色も違います。何となく近所の人が拾い子だと噂をしていたので、学校に行く頃には知ってました」


 ケインズ夫人はジュリアの悲しい気持ちが伝わったので、肩を抱き寄せてやる。伯爵とセドリックも酷い話だと同情したが、理性的に押し殺して、何か両親の手掛かりは無いのかと質問する。


「手掛かり? 赤ん坊の私を捨てた親のですか?」


 怒りがぶり返してくるのを、大きな深呼吸で抑える。


「そうだわ、お母ちゃんがお屋敷をクビになったら、このペンダントを売って帰って来なさいとくれたの」


 メイドの制服の下から、ジュリアはペンダントを出した。ケインズ夫人はジュリアからペンダントを受け取り、伯爵に手渡す。


 母親は銀でできていると話していたが、そのペンダントはプラチナ製で、見事な細工が施されていた。


「これは男物のペンダントだな。どこかで見たような紋章だが……セドリック? お前は知らないか?」


 セドリックはペンダントの紋章を見て顔色を変えた。


「父上、これはイオニア王国の王家の紋章ですよ。これを持つのは、王家に使える精霊使いです」


 ジュリアは自分の父親が、外国の精霊使いだったのかと驚いた。そして、会って一言文句を言ってやりたいと考えた。


『精霊使いかなんだかしらないけど、女や子どもを捨てるなんて、クズよ!』


 母親にも文句を言ってやりたいが、ヘレナに来て他の屋敷のスキャンダルとかを小耳に挟んで、ご主人様と不謹慎な関係になりクビになったのだろうと少し同情もしていた。


 セドリックは何故か背中がぞくぞくッとした。

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